凍てつき凍える四階層

 四階層ボス部屋の扉の前、二十九人も居た人員は既に十二人も減らされ、十七人となっていた。


「……この向こうのボス、絶対氷属性なのです」


「あぁ、扉の隙間から滅茶苦茶冷気が来るな……今思ったんだが、毒ガスとかを扉の隙間から流し込んだら勝ちじゃねえの?」


 男の言葉に首を振ったのはシンだ。


「……やめたほうがいい。この塔はかなり侵入者に気を使っている。恐らくだが、出来る限りフェアに戦おうとしているんだろう」


「あ? そうだとして、なんでこっちまで気を遣わねえといけねえんだよ。フェアな戦いがしたければ勝手にやってればいいだろ。知ったこっちゃねえ」


 シンを睨む男を、レヴリスが遮る。


「ズルはダメなのです。こっちが暗黙のルールを超えるような手に出れば、向こうもなりふり構わずに来るはずなのです。塔の入り口側から攻めてくるとか、そもそも扉を物理的に封鎖されて閉じ込められて、逆に毒を流されるとか、どう足掻いてもこっちが有利になる未来は無いのです」


「……チッ、そうかよ」


 不貞腐れたように返事を返した男を一瞥し、レヴリスは何も言わずに扉の前まで立った。


「一応聞くのですけど……誰か中を確認するための犠牲になる気はないですよね?」


 三階層で犠牲になった二人と同じ役割を担ってくれる人がいないか探すレヴリスだが、当然手は上がらない。


「態々犠牲を出さなくても、ちょっと開けて中を見ればいいんじゃないのかしらぁ?」


 ネックいーんの言葉に、レヴリスは首を振る。


「それもさっき言ったズルになるかもしれないのです。」


「ふぅん? 面倒ねぇ……」


 コホンと咳払いを挟み、レヴリスは向き直った。


「そういうわけなので、一旦今ある情報のこの冷気だけで作戦を立てたいのですけど……ぶっちゃけ、氷属性に対する耐性バフをかけるのと、氷属性の魔物が相手だと仮定して火属性を付与しておくくらいしか無いのです」


 氷属性の魔物に火属性が強いとは限らないが、そういう傾向があるのは事実なので、備えておいて損はないだろう。


「じゃ、氷属性のレジストと火属性のエンチャントだけ頭に入れとけば一旦オッケーですね!」


 船で待機せず自分の意志でここまで来た非PKのエンチャンター、ふよよんが能天気そうに言う。


「はいっ! じゃあ早速各自バフやエンチャントをお願いするのです」


 レヴリスの言葉に皆はスキルやアイテムを使用していく。


「……さて、そろそろ良いのです? 準備が出来てない人はいないですね!」


 皆の様子を見渡し、確認したレヴリスは分身を一体生み出すと、扉の前に立たせた。


「取り合えず、陣形はさっきと同じでバリアを張りながら侵入。敵が沢山いるようならアサシン組が後衛を、ファイター組が前衛を抑えるって感じでよろしくなのです」


 皆が頷いたのを見て、レヴリスは分身に命令を下す。


「じゃあ、行くのです……三、二、一、開けますっ!!」


 冷たい扉が開き、部屋から凍えるような冷気が溢れ出してくる。単なる空気は結界を容易に通過し、プレイヤー達の体を冷やす。


「さっむ……ッ!」


 温度の感覚に制限をかけていないらしいプレイヤーが呟くと、漸く他の面々は体が凍えて動かしづらい事に気付いた。


「雪、氷……吹雪……」


 扉の向こう側に満ちていたのは雪や氷の粒が飛ぶ吹雪、部屋の奥を覆い隠すような白の嵐はこの部屋の主の姿さえ朧にしていた。



「……カタ…………カタ、カタ……」



 纏うは外套、握るは杖。そして青く透き通った水晶のような体。その何れもが凍てつき、冷気を放っている。


「あれは、人……いや、骸骨か?」


「……解析スキャンしてみろ、凍てつく骸骨の王フロストスケルトン・キングだ。間違いない、アデント雪原のエリアボスの一体だ。名前はクレスらしい。どうでも良いが」


「部屋の地面に雪が積もってる……それに、寒さで体が動かしづらい」


「あいつ……最初に森に居たのと同じ奴か?」


「まだ、攻撃はして来ないな……どうする?」


 敵は一体。そして種族も判明している。暫く考えれば、戦い方も思いつくかも知れない。男は足を止めて尋ねた。


「何かされる前に行動した方がいい。どうせ奴の魔物なら普通とは違う。常識に則って作戦を立てたところで瓦解して混乱を招くだけだ」


「じゃあ、どうすんだよ?」


 答えたシンに、男は更に尋ねる。


「シンプルだ。シンプルに、この陣形のまま突撃する。前衛後衛を意識して戦うだけで十分だ。お前たちPKのような協調性がない奴らに出来るのはその程度だろう」


「……一言多いなテメェ。だが、文句はねぇ」


 チラリと周りを見ると、他の面々も文句は無さそうだ。


「よし、話も決まりましたし……突撃なのですっ!」


 まだ生きているレヴリスの分身を先頭に、吹雪の奥のクレスに突撃する侵入者達。


「うぉおおおおおおおッ! 行けええええええええぇえッ!!! ……あれ?」


 気合い十分に突撃していた先頭付近の男が足を止める。


「おい、急に止まんじゃねえ……あ?」


「……おかしいわねぇ」


「確かに、動いては居なかったはずだが」


「俺はしっかり見ていたが……突然、消えた」


 そう。クレスの姿が忽然と消えたのだ。



「────透過魔術なのです。あの消え方は、間違いないです」



 レヴリスは表情も変えずに呟いた。


「でも、透過魔術の透明なら問題無いのです」


 レヴリスには『姿現し』がある。彼女の前で通常の透明化は意味を為さない。


「そう何度も私を惑わせると思わないことで、す……?」


 困惑したように言葉を濁らせるレヴリス。その原因は、突如再出現した消えたはずのクレスだ。その見た目は間違いようもなく、さっきの骸骨と同じだ。そして解析(スキャン)の結果も変わらない。


「透明化を、解除した……?」


 腑に落ちない。理由が分からない。だが、目の前で起きている現象は紛れもなく現実。それが幻術でないことはレヴリスが知っている。


「違う」


 多くの者が混乱する中、シンが一歩前に出た。


「あれは分身だ。本体はまだ……」


 瞬間、最後尾のメイジ組が一人、氷の杭に貫かれた。



「……カタ、カタカタ」



 後方で、骨の揺れる音がする。


「透明なまま、だ……一人、間に合わなかったな」


 空気に消えていく粒子を見ながら、シンは眉を顰めた。

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