猛毒の正体
バタリと倒れ、粒子と化したケイル。それを見たレヴリスが悲鳴をあげる。
「け、ケイルさんがやられたのですっ! この四体以外にも敵が居るのですっ!」
必死に叫ぶレヴリス。しかし、それに答える暇がある者は居ない。
「グォオオオオオオオッ!!」
「くッ、危ないのですっ! ほら、これでも食らうのですっ!」
飛びかかってきたロアを回避し、レヴリスはインベントリから袋を出して中身をぶちまける。紫色の粉が舞い散り、ロアの体に吸い込まれていく。
「グ、グォ……グォオ?」
ロアの視界はぐにゃぐにゃに歪み、レヴリスが三つにも四つにも見えている。
「グッ、グォオオオオオオオッ!!」
思いきって一番近くに見えているレヴリスを攻撃してみるが、霞となって消えてしまう。
「グ、グォ……グォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
流石に困っていたロアだが、何かを思い出したように咆哮をあげると、平常通りに動き出した。これは、咆哮スキルに含まれる気付けの効果だ。
「薬も効かないですか……だったら」
今度は魔術で、とロアの正面に立ち幻惑の魔術をかけるレヴリス。ロアは違和感に首を傾げたが、また咆哮をあげると平常通りの動きに戻った。
「やっぱり大胆な幻はダメなのです……それに、解除されてしまうのもダメなのです」
レヴリスは溜息を吐き、胸に手を当てる。
「継続的に小規模な幻覚となれば……これしかないのです。魔力消費が激しいですけど、致し方なしなのです」
レヴリスの周囲に紫色の光の粒子が溢れ始め、漂ってから数秒で空気に消える。そしてまた現れ、消える。その循環がレヴリスを中心に行われ始めた。
「
空中を漂っては消える紫色の光る粒子。ロアはそれに構うことなく、レヴリスの
「グォォ……」
振り下ろした斧の僅か先に立つレヴリスを見て、自分が外したのだと勘違いしたロアは、咆哮で幻覚を解こうとすることなくレヴリスに再度斬りかかる。が、また少しズレた位置に斧は振り下ろされる。
「よし、これで私が引き付けておけば……勝てる筈なのです」
言いながらも
「やっぱりリスクも無い攻撃で殺すのは難しいのです……だったら、予定通り時間稼ぎに徹してやるのです」
肩を掠めていった
「ほら、掛かってくるのです。私は結構強いのでッ!?」
レヴリスは突然その場から飛び退いた。ロアは一歩も動いていないにも関わらずだ。
「今……何かが、入り込んだのです」
「……お前を試してやるのです」
幸い、今ならロアは襲いかかられても回避できる上に、正体不明の何かはまだ仕掛けてこない。行動を起こすなら今がチャンスだろう。
「
レヴリスの姿が薄く消える。相手が透明ならば、こちらも透明になれば良い。魔力消費に関してはポーションを湯水のように使うことに決めたらしい。
「
レヴリスの体から、もう一人のレヴリスが分裂する。これをレヴリスの本体に見せかけて攻撃させて、透明な本物のレヴリスが正体を探る。
「……来た」
ロアが飛びかかって偽物に攻撃するが、客観的な視点から見てラジコンのように回避させるのは簡単だ。それに、幻もある。
そして今、偽物のレヴリスに何者かが触れて、彼女の服の中に滑り込んだ。
「今ですっ!」
幻に精通し、正体を隠すことに長けているレヴリスは、その逆に正体を探ることも得意だ。生命を治療する医者が、生命の弱点を良く知っているように。
「掌握。
正体不明で透明な何かが偽物のレヴリスに攻撃を加えた瞬間、偽物の体が弾けて紫色の僅かに発光する煙に変わり、その煙が透明な何者かを覆うようにピッシリと張り付いた。
「……ヴェノムスライムの、エノム」
なんて雑なネーミングだ、と一瞬考えたがそんなことはどうでも良い。それよりも、この種族名が問題だ。レヴリスはジリジリとソレから距離を取った。
「……厄介過ぎるのです」
ただでさえ厄介な猛毒を持つヴェノムスライムが、透明化。洒落にならない、とレヴリスは思った。
「弱点を、突くのです」
だが、基本はグリーンスライムと似通った性質を持つヴェノムスライムなら火属性と斬撃が良く通るはず……と、考えてレヴリスは首を振った。
「やっぱダメなのです。あいつと同じだったら、効かないのです。多分絶対効かないのです」
しかし、そこでレヴリスはミュウの例を思い出した。あれは確か、弱点属性が全く弱点ではないという最悪の仕様だった筈だ。あれと同じならばこのエノムにも火と刃は効かない。
「……あ、不味いのです」
と、レヴリスを見失ったロアが別の獲物へと飛びかかっていくのが視界に入った。
「グォオオオオオオオッ!!」
「ぐわあああああああッ!!」
似たような声をあげながら、仲間が一人倒れる。致命傷を受けたようだ。更に出血で継続ダメージを受けている。しかし、まだ治療は間に合うだろう。
「い、急いでこれを飲むのですッ! ほら、はやッ!?」
インベントリからポーションを取り出して駆け寄っていくレヴリス。しかし、その先を水の刃が通り抜け、死にかけの命を刈り取っていった。
思わずポーションを取り落としてしまうレヴリス。赤い液体が血のように地面に広がっていく。
「くっ……このままじゃ不味いのです」
水の刃を発射した張本人である
「透明で狙われない間に出来ることは……ッ!?」
ぶちまけられたポーションの上で考え込むレヴリスに、恐ろしい大斧が振り下ろされた。間一髪で回避したレヴリスだが、肩の辺りを掠ってしまい、右腕の動きが悪くなった。急いでポーションを飲みたいところだが、その暇は無い。
「グォォ……」
「な、なんで……」
ロアは確かに、見えない筈のレヴリスを睨んでいる。その時、レヴリスは自分の周りを舞い続ける光の粒子に気付いた。
「ぁ……私、馬鹿なのです」
舞い散る光の中心。踏みつけられて跳ね飛ぶポーションの飛沫。そして、匂い。ロアは漸く当たらない敵の正体に辿り着き、満を持して斧を振り上げた。
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