アボン荒野より殺意を込めて

 結晶の内側、現れた三体の魔物。生存したロア。侵入者たちは苦い顔で一歩後退り、武器を握り締める。


「なん、だ……こいつら」


 誰かが声をあげた。それと同時に、結晶がバリンと割れて彼らの姿が鮮明に見える。


「蠍、ミミズ、鳥……なのです?」


 蠍。強固な甲殻を持つ大蠍おおさそりだが、その背中は罅割れ、黒く染まった傷跡からは黒い炎が噴き出している。名前はアスコル。ネクロがアボン荒野にてアンデッドに変貌させた魔物の一体だ。


「あのミミズ、恐らく大蚯蚓ジャイアントワームでしょう」


 ミミズ。巨大で柔らかく伸縮性が高い体を持つ大蚯蚓ジャイアントワームだが、砂色の体にはマダラ模様になった黒い打撲痕が幾つも残っている。名前はレタム。ネクロがアボン荒野にてアンデッドに変貌させた魔物の一体だ。


「あれは……岩禿鷲ロックバルチャーか。チッ、面倒そうだな」


 鳥。風魔術を巧みに扱い石よりも硬い頭で突撃するのが特徴の岩禿鷲ロックバルチャーだが、胸には大きな穴が空いており、その空白は黒いドロドロとした何かで埋められている。名前はボルドロ。ネクロがアボン荒野にてアンデッドに変貌させた魔物の一体だ。


「しかも、全部ゾンビだと……ッ! 死者を冒涜するとは許せんッ! やはりネクロは殺すッ!」


 熱血漢が自分を棚上げした正義面で語る。しかし、彼が言う通りロア達は全員がアンデッドだ。光属性の力を使えれば優位が取れるだろう。


「おい、プリーストは居ねえのか」


 ズカラが問いかけるが、沈黙が包み込む。


「……一応、自分はモンクっすけど」


「僧兵か。らしくない見た目だな……だが、モンクじゃ足りないな。俺の知る限りだと、モンクの得意分野は回復と支援と物理攻撃。そして囮だ」


「まぁ、その通りっすね〜」


 溜息を吐くケイル。碌に弱点を付けるような者は居ないことが分かったが、だからと言って敗北が決まった訳ではない。寧ろ、人数差で言えば俄然有利だ。十七対四、余裕と言ってもいいはずだ。


「じゃあ、俺タンクやるから、よろっす」


 ケイルが自身に防御系のバフをかけ、体に微弱な聖なるオーラを纏わせる。続けて金属製の杖を掲げ、自身を覆うように小さな結界を作り出すと、そのまま四体の魔物に突っ込んだ。


「ほら、かかって来いってば。どんな攻撃も受けてやるからさ」


 ケイルが挑発する。ロアの目がギロリとケイルを睨む。


「グォオオオオオオオッ!!」


「ハハハッ、流石にそれは無理だわッ!」


 跳躍、続けて振り下ろされる斧をケイルはギリギリで避ける。


「っと、危ないっすねぇ。でも俺、魔術には強ぇから」


 その合間を潜り抜けてケイルに襲い掛かったのはレタムが放った水の刃。回避後の隙を狙われたケイルは流石にもう一度避けることは出来なかったが、彼だけを包む小さな結界がそれを防いだ。


「クァアアアアアアッ!!」


 が、体勢を立て直したところにボルドロの突撃が襲う。なんとか金属製の杖で受けるが、凄まじい速度で凄まじい硬度の結晶化した頭をぶつけられたケイルは結界を破られ、一撃で遠くまで吹き飛ばされてしまう。


「ぐふッ、物理には強くねぇんだわ……結構減っちゃったか」


 HPゲージを見て嘆くケイル。だが、ここで漸く詠唱やバフなど各々の準備を済ませた者たちが攻撃を始める。

 ナイフに魔術、剣に槍。拳に呪術まで好き放題の攻撃が展開され、四体の魔物を襲うが、アスコルが土魔術で作り出し、結晶化させた壁によって大抵は防がれてしまう。

 それを潜り抜けた攻撃も、ロアの強靭な肉体と大斧によって防がれ、与えた傷もレタムの回復魔術によって修復されてしまう。


「思ったよりやべぇ……ま、回復も終わったしさっさとタンクに戻っちゃうか」


 回復を終え、壁際から立ち上がり、前線に向かおうとした瞬間……服の中に何かが潜り込んだ感触がした。


「ん、なんか……ぐッ、げふッ、おぇッ!?」


 目眩、吐血、嘔吐。平衡感覚が失われた、視界はぐるぐると回り出し、体から力が抜けていき、HPも急速に減っていく。


「もぅ、どく……?」


 ステータスを見ると、そんな表記が。ゼロに近付いていく体力。ケイルが最後に見たのは、自分の服から紫色のスライムのようなものが這い出て、透明になって消えていく様子だった。

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