二階層の主
一回層と同じように、ケイルが黒い扉に手をかける。
「じゃ、開けまーす」
あっさりと両開きの黒い扉が開かれ、その向こうにいる存在が彼らを見た。
「グォォォ……」
そこにいたのはオーガだ。但し、普通とは少し違う。暗い赤色の肌は通常よりも暗く、喉元は黒い粘性が高い物体が纏わり付いており、そこを起点に血管のような赤黒い線が身体中に幾重にも走っている。
「オーガ、それもゾンビだ」
「ならば楽勝だろう……と、言いたいところだが普通ではなさそうだな」
十七人の侵入者が、第二層の主が待ち構える部屋へ続々と突入した。
「……グォ」
これで全員か、とでも言うようにロアが一鳴きすると、侵入者全員を呑み込んだ扉はバタリと閉じた。そして、それはもう内側から開くことはない。
「おい、さっさと終わらせるぞ」
ズカラが前に出て、その一歩後ろに部下の二人が並ぶ。
「ただのオーガ、それもゾンビなら苦労はねえが……試してやる」
言葉と同時に顎をクイッと傾けると、後ろの部下二人が前に出た。
「
「
闇の槍が心臓めがけて飛来し、闇の棘が地面を伝って足元から襲う。
「グォ」
しかし、その程度の攻撃がロアに通用する訳もない。ロアは少し屈むと、前に向かって跳躍し、棘と槍の両方を回避しながら二人に向かって飛びかかった。
「なッ」
「跳んだッ!?」
驚く二人、足が竦んで避けられないが、代わりに武器を構えた。
「避けろ、間抜け」
そのままロアが振り下ろす斧を武器で受け止めようとした二人だが、ズカラが引っ張って二人を後ろに転ばせることで事なきを得た。
「な、なんて威力……」
戦慄する二人だが、確かにそれ程の威力がその一撃にはあった。とても壊せそうにない塔の床に大きな凹みを作ったのだ。また、そこを中心に罅が伸びている。あれを食らえば間違いなく即死だっただろう。
「グォォ……」
恨めしげにズカラを睨むロアは、そのまま目の前で斧を振り上げた。それを見たズカラは十センチ程度の真っ黒い棒を取り出して握った。
「安直だ、なッ!?」
黒い棒がグインと一メートル程に伸びる。これでロアの斧を受け止める気らしいが……ロアが斧を振り下ろすと同時に、氷の槍がズカラの太腿を貫いた。
しかし、ロアの斧は軽く持たれているだけの黒い棒に触れると、その箇所から激しい光と轟音が響き、ロアの斧は受け止められた。光の後にはジュワジュワと蒸気が立っていく。
「ぐッ……氷魔術か? 奇怪な」
「グォオ……?」
ズカラは足を抑えながらも後ろに飛び退いた。ロアは自分の斧を受け止めた黒い棒に首を傾げている。
「チッ、痛いなクソ」
ズカラはプレイヤー達の後ろに隠れると、氷の槍を抜き、ポーションを服の内側から取り出して飲んだ。明らかに大きさが合っていないが、収納用の魔道具を使っているのだろう。
「ズカラさん。さっきのはどうやって防いだのです?」
「斧を防いだのはこれだ。代わりに足はやられたがな」
レヴリスの問いに、ズカラが黒い棒を見せながら言った。
「それ、何なのです?」
ズカズカと躊躇もなく聞いてくるレヴリスにズカラは呆れながらも答える。
「どこで作られ、どこから運ばれたのかは知らんが……魔力を込めることでこの棒に触れた物の勢いをゼロに戻すことができる。高かった」
「……なるほど。ありがとうございます」
レヴリスは興味深そうにその棒を眺めた後、視線をロアに戻した。
「ふむふむ、ロアさんですか……知ってるのですよ」
ロアはネクロの従魔として闘技大会に出場していた三体の内の一体なので、レヴリスはある程度の情報を持っていた。
「凄まじい跳躍力と膂力に、氷魔術。それと、自己強化系スキル」
ロアの能力を羅列し、考え込むレヴリス。
「うん、問題ないのです」
導き出した結論は、正面突破。この戦力差ならば搦め手を使うまでもなく勝てると考えたらしい。
「様子見は終わりなのですっ! みんな、全力で総攻撃です!」
レヴリスの号令に従い、PK達が武器を構えて突撃する。
「熱剣ッ!」
「
「うぉおおおおおおおッッ!!!」
「卑王の護符、クラリアの呪印」
バフをかけ、スキルを使い、雄叫びを上げ、全力で突撃するPK達を前にロアは一歩も動かずに斧を構え、代わりに口を大きく開いた。
「グォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
鼓膜を破るほどの雄叫び、同時に発せられる威圧感と、増していくオーラ。
「ぐ、ぅ……ぁ……」
精神が強くない者、又はMNDが高くない者はロアの咆哮にあてられ、膝を突いて嗚咽を漏らす。自分の非力を呪いながらも、直ぐに立ち上がることはできない。
「……明らかに、強化されたのです」
膝を突きはしないまでも体を僅かに震わせるレヴリスが気付く。レヴリスの言った通り、ロアは強化された。咆哮の高位効果、同時に使用した
「おい……テメェら、何ビビってる」
だが、そんなロアにも怯まずズカラが前に出た。
「確かに威圧感はある。強化もされてるらしい。だが、この戦力の差ならそう簡単に負けることはねぇ。ちっと考えりゃ分かるだろうが」
黒い棒を構え、一メートル程に伸ばした。
「おい、行くぞ。立てなきゃ殺す」
ズカラが声をかけると、腰を抜かしていた部下の二人が一瞬で立ち上がり、武器を構えた。
「「はッ!」」
その様子を表情も変えずに見たズカラは、ロアに視線を戻す。
「アイツの攻撃は俺以外に受けられねぇ。この棒が無い限りアイツの攻撃は回避するしか無いってことだ。分かるよな?」
「はいッ」
「分かりますッ」
同時に返事をする二人に、ズカラは頷き、棒の先をロアに向けた。ロアは戦意を滾らせた目でズカラに視線を返す。
「出来るだけアイツの斧は俺が受ける。つまり俺が囮だ。テメェらはそれを後ろから突くだけで良い……おいッ、旅人どもも聞いてんなァッ! 良いか、言う通りにしやがれよ」
意外にも自ら囮役を引き受けたズカラに、ロアは斧を向けた。
「グォオオオオオッ!!」
跳び上がる。跳び上がり、振り下ろす。落下地点にはズカラ。振り下ろされる斧の先にいるのは、ズカラ。
「ッ! 来いッ!」
横に構えた棒で斧を受け止めるズカラ。斧が棒に触れ、一瞬で斧の運動エネルギーが奪われる。光が溢れ、音が破裂し、高音の蒸気が湧き上がる。
「グォ」
しかし、それは織り込み済みだとでも言うようにロアは斧を手放していた。ロアは防がれた斧を見ながら、着地と同時にズカラの腹部を蹴りつけた。
「ぐふッ!?」
吹き飛ばされるズカラ。しかし、斧を手放し、無理に蹴りを含めた着地の硬直が残っているこの瞬間。他の者からすれば好機でしか無かった。
「行けェエエエエエエエッ!!」
体勢を直し、斧を拾おうとするロア。しかし、それは僅かに間に合わない。
「
「
「……
「豪炎斬ッッッッ!!!」
「座天の奇符、アクロネの呪印」
同時に無数の攻撃がロアに殺到する。煮え滾る斬撃、幻の刃、必殺の剣、燃え盛る斬撃、聖なる呪いの札。他にも馬鹿にできない攻撃力の技たち。どれも高火力で、ロアを傷付けられる力を持っている。それらが全てロアに命中してしまえば、ロアは間違いなく致命傷を負うだろう。
「死ねェエエエエエエエッ!!!」
誰かが叫んだ。それはきっと、彼らの総意だったに違いない。
「……ぇ」
しかし、その想いは阻まれた。拒まれた。弾かれた。
「……か、べ?」
それは結晶の壁。ドーム状に形成された結晶の壁だ。その内側には、居なかったはずの三体の魔物がロアを守るように立っていた。
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