心狼 vs 凍獄【5】

 一歩一歩、近付いてくる人狼にディネルフは忘れていた恐怖という感情を思い出した。


「随分、逃げ回ってくれたよなァ?」


「……使うしか、無いのか」


 少しずつ、少しずつ、距離が狭まり、人狼から放たれる鼓動の音が大きく聞こえる。


「だがもう、これで終いだよ」


「帝国十傑の一人……人類の遥か上に立つ俺が、縮こまって助けを待って震えているだけなど、許されるのか?」


 目の前に立った人狼が、燃え盛る氷の鉤爪を振り上げる。しかし、ディネルフはそれをどこか他人事のように見ながら、青褪めた表情で震えている。


「死ねやァッ!」


「あぁ……屈辱だ」


 遂に振り下ろされる鉤爪に、ディネルフは苦悶の表情でこう呟いた。



「『────閉ざせ、永久氷塊封印』」



 凶悪な鉤爪がディネルフに触れる瞬間、ディネルフの体が凍りつき、体を覆う氷が氷山のように膨れ上がっていく。


「……おいおい、なんだァこりゃ?」


 氷山のように成長していくそれは、その鋭い頂点部分で炎氷のドームをギリギリと削っていき、時間をかけて突き破った。


「……氷山、だなァ?」


 それは少し小さいが、氷山と呼ぶに相応しい代物だった。そして、その透き通った氷山の中心にディネルフは居た。

 さっきの氷の巨像にも似ている技だが、一つ違うことがある。それは、全てが永久凍土エターナルフロストで作られているということだ。あの巨像は脱出用に通常の氷で道が作られており、それ故に神狼拳で一撃破壊されてしまったが、この氷山にはそれが無い。


「……オラァッ!」


 思い切り鉤爪を振り下ろすも、その氷山は砕けない。神呪の炎は燃え移ったが、氷が溶けていく度にそれを補強するように氷が足され、修復される。


「攻撃してくる様子はねェが……完全に防御を固めてるってとこか?」


 それは正に、生存に特化した形態。自分自身を巨大で堅牢な氷塊へと変化させてしまうことで、全ての外敵から身を守る。それが、永久氷塊封印だ。


「あー、神狼拳でも壊せるか分かんねェな。つーかこれ、あいつの意識とかはあんのか?」


 しかし、この形態には一つの大きな弱点がある。それは、ディネルフ自身の力でこの氷山から出ることは敵わないということだ。

 さっきも言った通り、氷の巨像には脱出用の通路が通常の氷で作られていたが、この氷山は完全な永久凍土エターナルフロスト製。自分でも壊せず、溶かせない。それ故に帝国から使用を制限されていた力なのだ。


「オラァッ! ……やっぱ硬ェなこりゃ」


 更に、もう一つディネルフがこの技を使いたがらなかった理由がある。それは、彼自身の高いプライドによるものだ。

 言ってしまえば、この技は完全に他力本願。誰かが助けてくれるのを待つという、それだけの技だ。しかし、プライドの高いディネルフはそれを嫌っている。もとより他人の力に頼るのが好きではなく、常に孤高であることを選んで来たディネルフにとって、この技に頼るのは最大級の屈辱だった。


「まぁ、取り敢えず逃げては居ねぇみたいだからなァ……ネクロに相談しつつ、ここで見張っとくか」


 と言いながらも、エクスは殴るのを辞めず……寧ろ、殴り続けながら監視を続けることにしたのだった。






 ♦︎……ネクロ視点




 まるで魔王でも潜んでいるかのように陰険で邪悪な部屋に閉じ込められているネクロは、従魔達の報告を聞いていた。


「泉の精が魂牢を戦線から離脱、暫くの間は復帰を阻止。エクスが凍獄を追い詰め、現在ほぼ無力化させた上で監視中。他にも撃破報告多数、ね」


 順調だ。良いことだ。とても良いこと、なんだけど。


「順調、すぎるんだよね」


 はっきり言って、困る。このままでは、困る。


「まだ、誰も塔に辿り着いてすら居ないんだけど」


 塔に近付く者が居れば、赤竜のディアンが塔を守る為に現れるって構想にしてたのに、そもそも塔に辿り着けないなんて計算外すぎるよ。

 赤竜に襲われながらも命からがら塔に入り込むっていう。僕のドラマティックなアイデアが無に帰してしまいそうだ。


「帝国十傑も二人やられてて、闇クランのサブマスターもイシャシャにやられちゃったし……これ、塔の地下まで辿り着く奴いないでしょ」


 あー、どうしよう。


「ていうか、頂上まで辿り着けるかすら怪しいところだよねぇ」


 一応、頂上には本人たっての希望でチープとその配下としてオデュロッドとアクテンが待ち構えているが、暇を持て余した挙句に終わってしまいそうだ。


「……僕が確認できてない中にまともな戦力が居ると良いんだけど」


 そもそも、プレイヤー相手の対人戦を主体にしているクラン相手っていうのを考慮しておくべきだった。多分、魔物との戦いはそこまで得意じゃないだろうに、僕が本気を出し過ぎてしまったみたいだ。


「魔の島……流石に大人気なかったかなぁ」


 この島に来るまでにどれだけの(敵の)犠牲を出してしまったのだろう。後悔先に立たずとは言うが、それでも後悔はしてしまうものだ。


「ねぇ、二人とも」


 両隣の二人に問いかけると、視線がこちらを向く。


「ここにどのくらい敵が来たら、君達二人でも勝てないかな?」


 エトナは考え込む素振りもなく、即答した。


「沢山です!」


 おっけー、アホの子は放っておこう。僕は賢い方に視線を向けた。


「ニラヴルという双大剣を使う者を平均とすると、最低でも五十人は必要かと」


「……うん」


 最低でも、五十人……確かに、この部屋にいる間は僕たちにバフがかかってて有利だけど、五十人かぁ……ネルクスも居ることを考えたら、百人くらいは必要かなぁ……はは。


「良し、決めたよ」


「ん、何をですか?」


 僕は決意に満ちた表情で、口を開いた。


「魔の島、塔以外の戦力の殆どをディネルフの監視の為に集めよう」


 危険な帝国十傑の監視を強めつつ、塔へのアクセスを良くする完璧な作戦だ。これで、せめて塔には辿り着けると願おう。……頼むから、罠で全員死ぬとかはやめてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る