泉の先へ
気が付けば、リジェルラインは泉のほとりに居た。しかし、その泉は先程までいたあの泉では無く、全く知らぬ緑色の泉だった。
「これ……一回俺、死んでるっすね」
自身の体の状態を見て、気付かぬ間に自分が一度死んでいることに気付いた。
「やっと、起きましたか」
泉の方から声がしたので見ると、そこには泉の精がやけにスッキリとした表情で立っていた。
「あー、ここ……どこっすかね?」
問い掛けるリジェルラインに、泉の精は淡々と答える。
「遠くです。私の泉を通る力で連れて来ました」
抽象的な答えに、リジェルラインは小首を傾げた。
「……もうちょい詳しく、聞いて良いっすかね?」
「物凄く遠くです。遠くも遠く。気が遠くなるほど、遠くですよ」
話にならない、とリジェルラインは思った。が、ここがあの島から離れてしまった以上やれることも限られているので、とにかく状況を確認することにした。
「あー、地名とかあるっすよね?」
「無いですよ?」
「じゃあ、大体で良いんで何処らへんとか教えてもらえないっすか?」
「教えないですよ?」
ダメだ。リジェルラインは首を振った。当然の話だが、この精霊は協力する気も無いと察したからだ。
「……答えないと、殺すっすよ?」
「無駄ですよ。これは分体ですから」
ニコニコとして答える泉の精。どうやら、問答は無駄らしい。
「あぁ、ですが……一つだけ良いことを教えてあげますね」
「なんすか?」
どうせどうでもいい話だろうと、リジェルラインは雑に聞き返した。
「貴方の体に埋め込まれていた……というか、同化していた発信機器を外しておきましたよ」
リジェルラインの表情が固まった。
「お、まえ……まさか」
「えぇ、帝国に位置を知らせる発信機器を外しておきました」
顔色が、悪くなっていく。
「出来る訳が、無い。お前、嘘吐くなっす」
「ふふ、嘘じゃないですよ? 泉を通る際にあの発信機器だけを置いてきたんです。泉を通るものは私が選ぶことが出来ますからね? 勿論、服を剥ぐことも出来ましたが、私が見たくないのでやめておきました」
最早、泉の精の言葉はリジェルラインには届いていなかった。リジェルラインは膝を突き、俯き、体を震わせていたからだ。
「いつもはそれで封印されても、閉じ込められても、遠くに転移させられても、助けが来たんでしょうね。ふふ、魔術の力とは凄く便利なことです。ですが、それに頼り切りになっていると……足元を掬われますよ?」
「こ、こ……どこ、っすか」
やつれたような表情で、もう一度リジェルラインは聞いた。
「遠くです。海を越え、山を越え、また海を越え、山を越え……それを繰り返した先にある大海の、中心付近にある島です。あの島のように危険な魔物が沢山居る訳ではありませんが、ここにある自然はあの島よりも人に厳しいのですよ」
貴重な情報だ。リジェルラインは、黙って耳を傾けた。
「例えば……ここの泉、とても酸っぱくて人が触ると溶けちゃうんです」
それは、酸っぱいとかの次元では無いだろう。リジェルラインは思ったが、黙った。それと同時に気付いた。自分が一度死んでいたのは、その泉のせいなのだろう。
「それに、ここら辺に生えてる植物は大体が毒を持っていますし、それを食う動物も毒があります。というか、植物の毒が分解されずに体に巡っています」
食糧問題は絶望的。泉の水も飲めそうに無い。リジェルラインは海に出ることを考えていた。海の生き物を鎖で捕えて食えばいいだろう。飲み物は一応使える水魔術でなんとかなるはずだ。
「それと、この島の近海も凄く酸性が強いんです。その影響か分かりませんが、ここら辺に住む魚や海の魔物達もとても食べられたものではありません。善意で忠告しておきますが、魚一匹でも丸々食べると死ぬと思いますよ」
「……そうっすか」
リジェルラインはその忠告は聞き流すことにした。何故なら、リジェルラインは……というか、帝国十傑のメンバーはそれぞれ状態異常などに対しての耐性を獲得できる装備を与えられているからだ。あの発信機器と同じように、それは体と同化している。
「あの、発信機器と同じように、同化……まさか」
「ふふ、気付いてしまいましたか」
リジェルラインは一縷の望みに縋るように、恐る恐る泉の精を見た。
「勿論、そういうのも全部外してありますよ。私は使わないので、ネクロにあげても良いですね。こうして帝国十傑の一人に大きな罰を与えられたのは彼のお蔭もありますから」
リジェルラインは、絶望した。
「助けは、来ない……食べ物も、無い……」
「えぇ、そして当分はこの島から出られないように妨害してあげますよ。大丈夫です。私は分体ですから、付きっきりで居てあげますからね」
容易には、逃げられもしない。
「お前も……ネクロも……いつか、殺してやるっすよ」
「ふふ、そのいつかは、いつになるんでしょうね?」
リジェルラインは鎖を発射するが、泉の精は水の壁で防いだ。
「……」
とても長い退屈の予感を、リジェルラインは絶望と共に感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます