精霊と鎖
選択を迫られた精霊は、あっさりと答えを導き出した。
「嫌です」
その返事を聞いたリジェルラインは不満げな顔をした。
「なんでっすか、どうせ俺は殺せないっすよ。だったら、もう良くないっすか? ネクロってのにそこまでの恩がある訳じゃないんすよね?」
「えぇ、そうですね。ですが、ネクロへの恩以上に貴方達への恨みがありますから」
そこまで聞いて、漸くリジェルラインは諦めたように両手を上げた。
「はぁ〜、しょうがないっすねー。そこまで言うなら、ここで殺してやるっすよ」
リジェルラインの目に、冷酷さが宿った。
「……
小声で呟いたリジェルラインは両手から一本ずつ青い光の鎖を召喚し、手に巻きつけて握った。
「じゃ、本気で行くんでよろしくっす」
一歩踏み込み、リジェルラインが跳躍した。そのまま両手の鎖をぐんと伸ばし、それぞれ左右の木に引っ掛けてターザンのように……いや、パチンコの弾が射出されるかのように泉を高速で超えた。
つまり、下に居た泉の精を潜り抜けて泉の向こう側まで移動したということだ。
「ッ!? 逃がしませんッ!」
まさかの逃亡に焦りながら無数の水の触手を伸ばし、リジェルラインを捉えようとする泉の精。
「無駄っすよ。俺、本気なんで」
リジェルラインに迫る水の触手達だが、それらは突如空中から現れた無数の
「なッ……手の平以外からでも出せるのですか!?」
先程までは手の平からしか鎖を出していなかったリジェルラインが突然空中からも鎖を召喚し始めたことに驚く泉の精。
「別に、手の平からしか鎖は出ないなんて言ってないっすよ」
が、そんなことは知ったことかとつまらなそうな表情で言い放ったリジェルラインは、そのまま泉の精に背を向ける。
「だったら、何故今まで隠していたのですかッ」
「ん? 隠して無いっすよ。手の平以外から鎖を出すのは疲れるし面倒臭いんでやってなかっただけっすから」
背を向けたまま返答し、森の奥へと歩いていくリジェルラインだが……突如、目の前の地面から水柱が噴き出した。
「ッ!? なんすか、これ」
「……外れましたか」
思わず立ち止まり、精霊の方に振り返るリジェルライン。だが、その様子を見ても容赦無く泉の精は畳み掛ける。
「うおッ、ちょッ、なんすか、これッ! 危ないっすねッ、いや、死にはしないんすけどッ、危ないっすねッ! で、なんすかこれッ!?」
泉から迫る水の刃、そして何故か地面からも次々と噴き上がる水柱に、陸地でも関係無しと現れていく水の触手達。
「何でッ、陸からも水が出てくるんすかッ!?」
発生から射出までの時間がある以上、鎖での防御には限界がある為、少しずつ傷が増えていくリジェルラインはそう尋ねた。
「何故、ですか。ただ、泉の周りの地中にも水を染み渡らせただけのことですが」
「だったら、何で最初っからその手段を使わないんっすかねッ!」
立場が逆転したように同じ質問をするリジェルラインに、泉の精はフッと笑った。
「最初から水を染み渡らせていた訳では無いからですよ。貴方から不死の話を聞き始めた時から、逃げられないようにこうしていたのです」
「あぁ、そうっすかッ! でも、こんなことして俺をッ!? がッ、ぐッ、死ッ!?」
苛立ちを露わにするリジェルラインの首を、水の刃が刈り取った。
「……はぁ、本日二回目の死亡っすよ。って、早い早いッ、早いっすよッ! 復活してから攻撃までがッ! 容赦って言葉を知らないんすか!? アンタはッ!」
「知りませんね。慈悲深い泉の精と名高い私ですが、屑にかける容赦というものは知りません。それに、私が貴方を殺せないことは分かっています。ただ……足止めくらいならば、出来ます」
その言葉を放つと、泉の精は深くへと沈んでいき……陽光を反射し、閃く水刃。
「ぐはァッ!?」
リジェルラインの胴体が真っ二つに裂かれ、また死体が消えて蘇る。
「あァッ、そうっすかッ! そっちがその気ならァッ!? なッ、くッ、邪魔っすよッ!」
怒りに身を任せ、泉の精への攻撃にシフトしようとしたリジェルラインだったが、その体を水の触手達が拘束する。
「チッ、何する気っすかッ! どうせ俺を殺すなんて出来やしないっすよッ!」
掴まれる度に鎖で水の触手を無効化していくリジェルラインだが、次々に生まれては襲い来る触手相手では流石に分が悪いのか、少しずつリジェルラインが泉の方へと引き戻されていく。
「ぐッ、目がッ!? 舐めるなっすよッ! 視界が封じられようが状況が分からなくなる程、十傑は甘く無いっすよッ! 魔力で、勘で、感覚でッ! 全部分かるんすよッ!」
隙を突いて目を潰され、喚き散らすリジェルラインだが、状況は一切変わらない。少しずつ泉へと運ばれていくだけだ。
「あぁッ、クソッ! 当たれッ、当たれっすッ!!」
やたらめったらに鎖を飛ばすリジェルラインだが、泉の奥底に姿を隠している泉の精に当たるはずもない。
「邪魔ッ、邪魔っすッ! あぁもうッ、鬱陶しッ!? がッ、がぼッ、がぼぼぼッ!?」
押し寄せる波、引き裂く刃、拘束する触手。それら全てを使い、やっとリジェルラインは泉へと引き摺り込まれた。
「漸く、ですか」
泉の中でもがき苦しむリジェルラインを冷たい目で見ながら、泉の精は水面へと浮上してきた。
「がッ、がぼッ、何するッ、気っすかッ! がぼぼッ、溺死させてもッ、意味ッ! がぼッ、がッ、無いっすよッ! がぼぼぼッ!」
「えぇ、その程度は分かっています。もう少し貴方の苦しむ様を見ていても良いのですが……余り時間をかけても、しょうがないですか」
射殺すような視線で水面ギリギリから泉の精を睨むリジェルライン。目が見えずとも他の感覚で姿を捉えられるというのは事実なのだろう。
「がぼッ! 隙を見せたっすねッ、
一瞬の隙、リジェルラインは全力で顔を水面より上に出し、手の平を泉の精に向けて鎖を放った。
「この泉の中において、私に隙など有りません」
今までで最速のスピードで迫る鎖だったが、それは予期されていたかのように噴き上がった水柱に防がれた。
「……と、完全に読み取れましたか」
「がぼッ、何をッ、言ってッ! ががぼッ!」
五月蝿く喚き散らすことしかできないリジェルライン、苦し紛れに泉自体を鎖で固定しようとするが、予想していた通りそれは出来なかった。
そして、全ての準備を終えた泉の精がリジェルラインに感情のこもっていない視線を向ける。
「────では、行きなさい」
泉で足掻くリジェルライン。その姿が、忽然と消えた。
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