新たなる刺客

 濃い霧が立ち込めていく海の上、全ての船に鎖を繋ぎ、バフを共有して固まって行動するという作戦を取っていたレヴリス達だったが、自由に動けないという性質上、それは同時に進行が遅くなるということでもあった。


「クラマスッ! 霧がやべぇぞッ! この感覚ッ、ただの霧じゃねえッ!」


 叫ぶサブマスターことカルブデッド。


「これ、幻の霧なのですっ! 普通の霧なら結界の中にも入ってきてた筈なので……結界が割れてから流れ込んできたってことは、幻の霧ですっ! 幻覚に気をつけるのですっ! 目で見たものをそのまま信じちゃダメなのですっ!」


「はぁッ!? 幻覚に気を付けるだと? 無理だろうがそんなの……いや、やっぱ簡単だな」


 レヴリスの忠告にニラヴルは少し混乱したようだったが、すぐに持ち直して自分の両目を潰した。痛みが無いからこそできる芸当ではあるが、レヴリスは流石に引いているようだった。


「しゃあねぇか。俺も目、潰しとくわ」


 続いてカルブデッドも目を潰したのを見届けた後、レヴリスは普通に目を瞑ることに決めた。


「こうすれば惑わされねぇってのは確かだが、気配察知とか何となくの感覚で戦うってのは難しそうだな」


「……私は魔力視認があるので結構何とかなります。そもそも、幻の使い手の私に幻で喧嘩を売ってくるなんて百年早いのです」


 多少萎えた様子で文句を言いながらも周囲の状況を確認するレヴリス。当然とも言えるが、幻の霧に飲まれて船団は完全に混乱に陥っている。


「プレイヤーは勘付いてる人も結構居ますけど、雇った現地人勢はダメですね。完全に制御が効きません」


 其処彼処で仲間に斬りかかる者や海に飛び込む者が発生しているが、レヴリス達は彼らに正気を取り戻させることは完全に諦めたようだった。


「だったら……この霧を出してる奴をぶっ殺すかさっさとこの海を抜けちまうかしかねぇよな?」


「そうですね、今のところ船に襲いかかる魔物というのは殆ど居ませんけど、この霧のせいで戦力はガタ落ちしちゃってますからね。さっさと抜けちゃいたいです」


「俺も何も見えずに戦うのは勘弁だな」


 霧から抜け出す方向で意見が固まった三人だったが、それを止める者が一人。



「────駄目だ。霧の魔物はここで殺しておく」



 毅然とした態度でそう宣言したのは、死闇の銀血シルバーブラッドの一員でもなければ、プレイヤーですらない、浅葱色の髪を持つ男だった。服も同じ青系の色で統一されている。また、腰には剣が携えられている。


「え、やるんすか? 面倒臭いんでさっさと抜けちゃいましょーよ」


「うるさいぞ、リジェル。今回の件は俺主導で進めろと指示が出ている。文句を言うな」


 そして、それに追随するように現れたのは灰色の髪を持つ軽薄そうな男だ。暗い赤色の服を着ており、武器の類は見受けられない。


「えっと、誰ですか?」


 思わず尋ねたレヴリスを青色の男は鼻で笑った。


「フッ、自分の傘下に入った者すら碌に把握していないとはな。どうせ協力を申し出る者ならば無条件で受け入れていたんだろう? だから、こんなゴロツキだらけの船団が出来上がるのだ」


「全く、失礼ですねっ! そもそも、誰なんですかって質問に答えてないですけどっ!」


 ぷりぷりと分かりやすく怒るレヴリスを見て青色の男はまたフッと笑った。


「お前は次元の旅人なんだろう? 解析スキャンすれば良いだろうが」


「……嫌な人なのです」


 不機嫌そうな顔でレヴリスが男を解析スキャンした。すると、レヴリスの表情は驚愕に染まった。


「ディネルフ・アーキュラスッ!?」


「フッ、やっと気付いたか」


 満足そうに男は頷くと、シュッと表情を直してレヴリスの目を見た。


「帝国十傑、『凍獄』が一人。ディネルフ・アーキュラス」


 それは、この世界に蔓延る強者どもの中でも高みに座する帝国十傑の一員。凍結を司る異能を持ちし、傲慢なる美丈夫。


「……これ、私見逃してたって本気ですか」


 思わず素の声で呟くレヴリス。場に緊張感が走るが、それを素知らぬ顔で破る者が居た。


「いやいや、え? マジっすか? あの、俺はスルーっすか?」


「え? えっと、すみません。何がですか?」


 ショックを受けたような顔で天を仰ぐ灰色の男は、溜息を吐くとさっきのディネルフと同じようにシュッとした顔でレヴリスを見た。


「帝国十傑、『魂牢』が一人。リジェルライン・エルノンス」


 魂牢。その二つ名でレヴリスは思い出した。


「あ、分かりましたっ! 二つ名の方は聞いたことあるのですっ!」


「お、分かってくれたっすか? いやぁ、俺ってば派手な功績とかが無いからか知らないっすけど、全然知名度無いんすよね。完璧さんとか、マグマとか、カチコチ先輩とかは有名なんすけどねー」


 穏やかな空気のリジェルラインだが、冷静に考えれば状況は危険。レヴリスは緩みかけた頰を引き締めた。


「おい、リジェル。その呼び名はやめろと言っただろうが。そもそも、お前の方が先に所属していただろう」


「フヘヘ、良いじゃないっすか。あと、別に実際に先輩かどうかなんて関係ないんすよ。カチコチ先輩って、呼びやすいじゃないっすか? そんだけっす」


 カチコチ先輩ってディネルフのことなのか、とか。この三下っぽい男の方が先輩なのか、とか。色々突っ込みたいところはあったが、レヴリスはそれを堪えて取り敢えずこの危機的状況の打破に向けて声を出すことにした。


「あの、この霧を出す魔物を倒すって言ってましたけど、そのまま走り抜けるだけじゃダメなんです?」


 確かに、さっさと倒せれば被害は少なくなるだろうが、それが出来る保証がない中で実行するのは危ないと考え、レヴリスは尋ねた。


「駄目だ。この海域に幻の霧を放つ魔物は存在していなかった。つまり、この霧を放出している者はネクロとやらの手下ということになる。故に、ネクロの戦力を削ぐ為に殺すのだ」


「……なるほど、なのです」


「それに、俺の能力はお前もある程度知っているだろう。俺は氷を、凍結を、冷気を操れる。海の魔物など総じてカモにすぎん」


 理由と実行を可能に出来る根拠を聞いてレヴリスは頷いた。また、この発言で本当に彼らはネクロを狙っているのだと確認できたことも大きく、レヴリスは安堵の息を吐いた。


 瞬間、霧の奥に見える魔の島から煮えたぎる赤く巨大な結晶が飛来した。

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