竜の秘め事
契約は確かに完了したが、その条件は酷く歪で、しかもどこかで聞いたことがあるものだった。
「別に良いんだけどさ……理由を聞いても良いかな?」
『良かろう。付いて来い』
その条件とは、極力この島……もとい、この島の頂上を離れたくないというものだった。
『ここだ。入ることは許さんが、ここから見るだけならば許そう』
竜の後ろを歩くと、竜が住処にしているであろう洞穴に辿り着いた。暗い穴の奥には、何かが仄赤く灯っているのが見えた。
それは一見すると炎のようだが、炎にしては光量が控えめすぎるし、ただの灯りにしても不自然だ。何より、距離がありすぎるのでここからでは良く見えない。
『あれは、女神だ』
竜は馬鹿なことを言い始めた。
『この穴倉の奥で灯っている光こそ、女神である』
「……なるほどね」
余りにもおかしな話だが、同じようなことを一度体験しているので僕は異を唱えることなく頷いた。
『ほう? ここまで早く信じるとは思わなかったぞ』
「んー、同じ状況を一度体験したことがあるからね。その時は女神がそのままの姿で居たから、もう少し分かり易かったけどね」
竜は意外そうに目を細めたが、直ぐに表情を戻した。
『まぁ、あの灯火そのものは女神ではない。あれは憑代のようなものだからな』
なるほどね。流石にあのままの姿じゃないか。
『しかし、驚いたな。まさかイトと同じ境遇の神と……その神の名はなんと言うのだ?』
「エリューシカって言ってたかな。氷と雪解けの女神、だったはず」
一応、ラヴも似たような境遇なんだろうけど……あぁ、これが片付いたらラヴにも会いに行かないとね。
『ふむ、名は知っているな……まぁ良い。そのことは今晩、イトにも伝えておこう』
「因みに、君の女神様は何の女神なの?」
エリューシカで言うと氷と雪解けだが、そのイトという女神は何を司っているのだろう。
『イトラ。灯火の女神、イトラ・セルバディエンだ』
灯火……見たまんまだね。ていうか、イトラなんだ。イトって呼んでるのは略称なんだね。それより、さっきから聞いてると信仰していると言うよりも親しい間柄にあるって感じだね。
「君とその女神様はどんな関係なの?」
『盟友、契約者……そんなところだな。勘違いしているかも知れないが、信仰している訳ではない。契約に基づいてここを守っているだけだ』
ふーん、流石は竜ってだけあるね。神とも対等な雰囲気がある。
「へぇ、竜とここまで親しい女神なんて珍しいんじゃない?」
『ふむ? そうでもないと思うが……まぁ、イトが特別下界に寄り添っている女神なのは事実だな。かの邪悪神が天界を襲ったという時も、イトは下界に居たから助かったのだからな』
下界に寄り添っている女神、ね。
「下界に降りる神って珍しいの?」
『いや、そうではない。ほぼ常に下界に降臨している女神というのが珍しいのだ。偶に信者に顔を出したりする程度なら珍しくもないが……人や動物、魔物。下界の生き物全てに寄り添って希望の灯火で有り続けた神は、イトくらいであろうな』
その言葉には、竜が口に出すのは珍しい敬意が含まれていた。
「良い神様だったんだね」
『ああ、そうだ。特に人からは良く信仰されていたな。今も、女神イトラを崇める村や町は珍しくないだろう』
どこか自慢げに語る竜。やっぱり、仲良かったんだね。
「そういえば、あの灯火は憑代のようなものって言ってたけど……本体はどこにいるの? 神界?」
『うむ。あの灯火はあちらとこちらを繋ぐ道のようなものだ。あれを通してイトは物を見て、声を聞き、言葉を話すことができる。だが、邪悪神に察知されぬよう気配を極限まで削った結果、あの灯火に込められた力は決して多くなく、自力で動かすことは出来ぬ仕様になってしまったのだ』
あー、気付かれないために低い力で作った結果、欠陥品みたいになっちゃったんだね。
『やむを得ぬ事態に困り、迫る邪悪神に焦ったイトはこの灯火を我に託したのだ。もはや、我と交信することしか出来ぬ代物だが、あれが消えればイトが下界と繋がりを持つことは当分無くなってしまう』
竜はふぅ、と息を吐いた、
『故に、我はこの灯火を名も知れぬ島の奥にしまい込み、火を絶やさぬように炎の息を浴びせ続け、信仰を絶やさぬように祈り続けているのだ。いつか、邪悪神を打倒する為にな』
「なるほどね。うん、話は良く分かったよ。でも、一つ聞きたいことがあるんだ」
竜は閉ざした眼を開き、爬虫類特有の目で僕をジロリと見た。
「その女神は人から結構信仰されてた凄い神なんだよね? なのに、なんで神界から下界に干渉する力も無いのかな? 普通、その灯火を使わなくても信者に語りかけたり出来るんじゃないの?」
熱心な信者は神と直接交信できると聞いたことがある。それも、結構信憑性が高い話だったはずだ。
『簡単な話だ。女神イトラは下界に力を還元し続けていた。故に、常に手元に残る力は最小限だったのだ。そもそも、下界に降臨し続けるということ自体がかなりの力を使うことだ』
「……なるほどね」
どこまでも人に、下界に寄り添う女神だったんだね。いや、死んではないんだから過去形にするのは変か。
「まぁ、僕もその邪悪神とやらを倒せるように頑張るよ」
『クハハッ、人の身で神を滅ぼすなど、大きく出たな小僧?』
楽しげに問いかける竜に、僕は微笑んだ。
「大丈夫だよ。だって、神殺しには前例がある」
それはこの世界のお伽噺での話だが、それでも僕は笑みを浮かべた。
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