略してミラプロ

 死闇の銀血シルバーブラッドの拠点を去った僕は、態々この治安の悪い場所に来たので、ついでにミラクルム・プローディギウム魔道具店に寄ることにした。


「ふぅ、もうすぐ着くね。まさか、ここまでに三回も襲われるとは思わなかったけど」


 襲われると言っても、僕の着ている暗星の外套ダークスター・ローブを奪いに来ているだけで、殺す気までは無さそうではある。


「そうですね……全く、同じ壁の中に住んでるのに何でこんなに治安の差が出るんでしょうか」


「さぁ、色々難しいんじゃない? ここら辺の人は居住費とか払わずにそこらの建物に住み着いてるみたいだけど、治外法権的な扱いをするしかないとか。金を払わせようとしても当然無理だし、勿論彼らを全員追い出すと人が溢れちゃうし、暴動も起きるかも知れないし、かと言って少しずつ追放していってもそれはそれで反感を買うよね。追い出すのが無理となれば、根本的にこの場所の治安を治すしかないだろうけど……方法が思い付かないなぁ」


 彼らに金を配ったところで、当然無駄だろう。後は騎士団とかを配置して暴力事件を減らしたりは出来るかもしれないけど……まぁ、やっぱり根本的には解決できない。


「それと、この地区を纏めている者達の影響も強いでしょう」


「あぁ、そういえばそんな話もあったね。怖いねぇ」


 と、もう魔道具店は目の前だ。角を曲がり、お馴染みの目立つ看板が見える。


「あ」


 その時、店の扉が開き、そこから一人の男が吹き飛んできた。明らかに荒くれ者って感じの装いだ。


「うわっ、危ないですね!」


「既視感がありますね」


 咄嗟に避けたエトナの横を通過し、向かい側の壁に思い切りぶつかる男。そして、開いたドアからひょっこりと少女が顔を出した。


「ちょっと、そんなところで突っ立って……って、アンタらじゃない」


「うん、久し振り。今日は折角近くに来たからね。なんか買って行こうかなって」


 その少女は僕らを睨みつけると、記憶を思い出したのかホッとしたような表情で小手招きした。


「だったら、そんなところで突っ立って無いでさっさと入りなさいよ」


「うん、ありがとね。失礼するよ」


 壁にもたれかかったまま気絶している男を尻目に、僕は店に入った。


「お、ミラが珍しく店先で穏やかに話してると思えば、アンタらですか」


「やぁ、ベレット。元気にしてた?」


 意外そうに僕らを見たのは青髪の男だ。襤褸一歩手前の色褪せた薄い茶色の服を着ている。また、片手はポケットに突っ込まれ、髪はボサっとしている。だが、腰に剣を携えているので用心棒としての役割はアピール出来ているだろう。

 そんな彼の名はベレット。本名をヴェレッド・ヴェルエール、古より生きる極めて強力な吸血鬼だ。だが、その事実をミラが知っているかは分からないので、下手に触れない方が良いだろう。


「勿論、元気ですよ。知っての通り、丈夫なんでね?」


 ニヤッと笑うベレット。吸血鬼アピールだ。


「そういえば、アンタ達。闘技大会、優勝したらしいじゃない」


「俺は観客席から見てましたよ。正直、マジで凄かった」


 遠回しに祝福するミラに僕は微笑み、頷く。


「うん、お陰様でね。これも使ったよ」


 僕は桃抄の記憶ロザース・メモリーを見せて言った。


「あぁ、回復できる腕輪ね。まぁ、自信作ではあるわよ」


 ふんっ、と踏ん反り返って言うミラに、僕は微笑んで頷いた。


「……さっきから、その、生暖かい視線やめなさいよ」


「あはは、ごめんね。なんか、最近人の敵意とか悪意とかに晒される機会が多くてさ。善良な子を見てるとさ、ほら、微笑ましい気持ちになるんだよね」


 こう言うと、ミラは顰めっ面になったので僕は話題を変えることにした。


「そうだ。敵意や悪意と言えば……さっき吹き飛ばされてった人が居たけど、どうしたの?」


 尋ねると、ベレットは苦い笑みを浮かべ、ミラはため息を吐いた。


「……アイツらね。アレ、黒斑クロブチの奴らなのよ」


 クロブチ? 何だっけ、それ。聞いたことはあるんだけどね。


「あー、もしかして知らないですか? 黒斑ってのは、ここら辺を実質的に支配してる奴らですよ。昔は、まぁ、悪い連中じゃなかったんですけど……どうも、上が代替わりしたらしくて、そこからロクでも無い奴らになっちゃったみたいで」


 あぁ、それだ。何なら、さっきまでその話してたね。


「へぇ、代替わりね……じゃあ、大変なの?」


「んー、そこまで大変じゃないですよ。まぁ、最近は特に鬱陶しいですけど。潰したいくらいに」


 潰したいくらいに。なんて、君が言うと怖いんだけど。


「それは……なんか、出来ることはあるかな?」


「んー……いや、大丈夫ですよ。。今決めたんで」


 あぁ、うん。そっか。


「えっと、一応聞いとくけど……一人で大丈夫だよね?」


「勿論。久し振りに本気出すんで」


「……うん、助力は必要無さそうだね」


 あのストラレベルで強いんだ。僕とメトとエトナが三人でかかってようやく勝てたストラと、同レベルで強いらしいんだ。

 そんな彼が本気を出すと言っているんだから、僕は不要だろう。


「ちょっと、アンタ達なに話してんの? 買うならさっさと買いなさいよ」


 と、そこで店の奥からシュワシュワしている黒い液体の入ったコップ達を乗せたお盆を持ったミラが現れた。


「それと、ほら。カークっていう飲み物よ。美味しいから飲みなさい」


 言われるがままに僕はシュワシュワしている黒い液体を飲んだ。


「いや、これアレじゃん。ポテチとかと一緒に嗜む例のアレじゃん」


 うわ、この世界にもあるんだね。感動だよ。まぁ、僕炭酸苦手なんだけど。

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