森を荒らす者

 黒い結晶と化した腕。それを、メトは隣の大樹に叩きつけた。


「……うーわ」


 ドスッ、メギッ。芯に響くような重低音が鳴り、チリチリと葉が燃えていた大樹の幹は折れ、地面に倒れた。


「ありがとうございます。これで、更にマスターのお役に立つことが出来ます」


「……うん」


 僕は微妙な感情を抱きながらも、取り敢えず戦力の増強として喜んでおくことにした。


「あ、ネクロさん。向こうからなんか来てますよ。結構強めです」


「ん? 向こう? ……あ、エリアボスだね」


 森の奥から配下を引き連れて走ってくるのは、この森のエリアボスである爆猿王バクエンオウだ。能力は、基本的に配下である爆猿の上位互換で、強力な爆発を操ることができる。


「ウキィイイイイイッ!!」


 群れの一番前を堂々と歩く爆猿王は、メトを見て威嚇するように大きく鳴くと、かなり大きな大木の隣に立った。


「ネクロさん、何がしたいんですかね? アレ」


「さぁ……なんか、隣の木と自分を交互にアピールしてるけど」


 僕らが首を傾げていると、爆猿王はその拳に力を溜め始めた。腰を深く落として、その傍に置かれた拳は紅蓮の光を放っており、段々とその輝きは増していく。


「ウキィッ!!!」


 眩しいと言えるくらいに紅く輝く拳を、爆猿王は思い切り隣の大樹にぶつけた。


「おぉ、凄いね」


 爆猿王の拳を中心に巻き起こる凄まじい爆発。当然、その餌食となった大樹は幹の真ん中は消し飛び、根は真っ黒に焦げ、枝が生えている上の部分は嘘みたいに吹き飛んでいった。


「……私でも、あの木ぐらい倒せますよ」


「エトナ、張り合わなくて良いから」


 ……とはいえ、あの猿キングはメトに張り合っているようだ。


「ウキィィッ! ウキィイイイッ!!」


 メトを見ながら、殆どが消し飛んだ大樹と、メトの折った大樹を交互に指差している。恐らく、自分の折った木の方が大きいぞ、とアピールしているのだろう。


「……マスター、不快です。あの猿を排除しても良いですか?」


「あはは、気持ちは分かるけど落ち着いてよ。にしても、あのアピール……もしかして、求愛かな?」


 僕が言うと、メトは凄まじい勢いで振り向き、僕を睨みつけた。


「マスター、冗談でもやめて下さい。不快です。不快です。不快です」


「ごめん、分かった。分かったから、ストップ、落ち着いてね」


「そうですよ、メトさん! お猿さん相手に怒ってどうするんですか」


 別に、冗談じゃないんだけどね。ほら、男子小学生みたいじゃない? あの猿の王様。


「まぁ、殺すかどうかは兎も角……原型は残してよ」


「……善処します」


 そうじゃないと、アンデッドにも出来ないからね。一応、ウィスプには出来るけど……流石に、エリアボスをウィスプにするのは勿体無い。

 だから、その安心できない返事やめてね。官僚の言う可及的速やかに、ぐらい信用できないから。


「取り敢えず……ほら、なんかあの猿たち、楽しそうにしてるから。今が隙だよ」


 唯一焼け残っている大樹の根の上に立って踊り狂っている爆猿王と、それを囲んで回りながら踊っている爆猿の群れ。

 正に馬鹿としか言いようが無いが、絶好の隙だ。今の内にメトの能力で拘束すればほぼ勝ちは決まりだろう。


「……ん? あれ、メト。どこ行くの?」


 しかし、メトはスタスタとあらぬ方向に歩いていく。そして、ここら辺で最も大きな……樹高五十メートルに届きそうな程の見事な大樹の前に立った。


「大地よ、目覚めよ…………鍾鋼グラウィス・ドゥラム


 地面が蠢き、変質し、次々に金属と化してメトの腕輪に呑み込まれていく。メトを中心に地表を金属が駆けていく様は、まるで銀色の波のようだ。

 猿たちは踊りをやめて木の上に避難し、若干怯えながらメトを見ている。


闘争心ファイティング・スピリット闘気の拳ファイターズ・フィスト


 メトの全身に、黒くなった腕に、赤いオーラが纏わり付く。


「結晶化」


 そして、ピシリと黒い腕が結晶化する。猿たちは完全に怯えたような目でこちらを見ている。



「────覇王拳」



 メトの黒い結晶の腕から、黒いオーラが湧き上がり、赤い闘気と混ざり合う。結果、赤黒いオーラとなったそれを纏ったメトの拳は、直径六メートルはある幹をへし折り、五十メートルはある高さの大木を吹き飛ばした。


「……ふぅ」


 唯一残った根の上に立ったメトの目が、同じく根の上に立つ爆猿王を睨む。しかし、その根の大きさは比べ物にならないレベルだ。


「ウッ、ウキィ……」


 キョロキョロと周りを見渡す爆猿王だが、他の猿たちは残らず木の上に避難してしまっている。困り切った猿の王は、取り敢えず根の下に降りた。


「…………ウキッ!? ウキッ、ウキィッ!」


 恐怖のあまり、そのまま後ろを向いて颯爽と逃げようとした爆猿王の背後から銀色の塊が飛来する。それは、爆猿王の肩の上を通り過ぎてその先の木にぶつかり、その幹をへし折った。一体、今日でどれだけの木が犠牲になるのだろうか。


「……」


 爆猿王を睨みつけながら、ゆっくりと近付いていくメト。


「ウッ、ウキッ、ウキィィ……ッ!」


 腰を抜かした猿の王は、逃げ場を失い……頭を地面に擦り付けて、遂に平服した。


「マスター、勝ちました」


 ……うん。

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