※アボン荒野の三銃士【1】

 俺は堕苦蘇ダクソ、俺たちは賦蕗武フロム。各地を旅している冒険者のパーティーだ。

 先ず、上級騎士エリートナイトの俺だ。燻んだ銀の全身鎧に魔術がかけられた青い布を縫い付けたものを装備し、所々が欠けている鋼の巨大な剣を持っている。ボロボロの装備に見えるが、これでも効果はかなり強いので重宝している。

 次に、鵐螺菩ブラボ狩人ハンターの上位職である血の狩人ブラッドハンターだ。目元だけが空いた黒装束で全身を隠し、ノコギリ鉈という奇妙な専用武器を持つ。これは血の狩人ブラッドハンターの能力で敵の血をノコギリ鉈に吸わせることで、一時的にだが形をより凶悪なものに変形させられる。

 更に、サブウェポンとして短銃を持っており、弾丸は水銀に自分の血を混ぜた特製のものを使っているらしい。

 最後に、狭鬼爐セキロ。職業は中忍で、内側に鎖帷子が仕込まれた焦げ茶色の和装を纏っている。左手を金属製の義手にしており、樋の彫られた刀を使う。寡黙だが、色々と多彩な男だ。


 そして、俺たちは今、ファスティアから南下したところにあるアボン荒野という場所に来ている。


鵐螺菩ブラボ、噂って本当なのか?」


 俺は隣を歩く銃使いの仲間に尋ねる。すると、鵐螺菩は静かに頷いた。


「間違いない。スクショもかなり上がっている。曰く、ここのエリアボスのゴブリンキングよりも強力らしい。詳しい能力なんかは俺も知らないが」


 と、言ったところで鵐螺菩は狭鬼爐セキロに目線を向けた。


狭鬼爐セキロ、気配はあるか?」


 鵐螺菩の問いに、狭鬼爐は首を振った。


「……雑魚以外は無い」


 その言葉を聞き、一先ず安心して歩を早めた俺たちだったが、それから直ぐに狭鬼爐が立ち止まった。


「……待て。何か、来る」


 真剣な表情で刀を構える狭鬼爐。俺たちはそれを見てそれぞれ得物を構えた。俺は大剣。鵐螺菩はノコギリ鉈と短銃だ。


 鬱陶しい日差しが襲う荒野を、静寂が包み込む。遠目にゴブリンが数匹見えるが、奴らはさっき殺戮したのでビビって様子を見ているだけだ。


 ……来ない。高まっていた緊張の糸が、僅かに緩んだ瞬間だった。



「────上だッ!!」



 普段は静かな鵐螺菩が、珍しく声を荒げた。真上から、石より硬い頭を持つ岩禿鷲ロックバルチャーが飛来している。


「パリィッ!!」


 剣士系の一部の上位職にのみ許されたスキルを発動。岩禿鷲ロックバルチャーの何故か結晶化している頭と巨大なだけが取り柄の俺の剣がぶつかり、ギリギリで弾くことができた。


「チッ、奴らだッ! 例の三匹だッ!!」


 例の三匹。アボン荒野の三銃士と呼ばれるそれは、岩禿鷲ロックバルチャー大蚯蚓ジャイアントワーム大蠍おおさそりの三匹がアンデッド化したものだ。更に、解析スキャンすれば分かるが奴らは名前を持っている上に誰かの従魔であることが分かる。


 そして、今俺たちの上から飛来したクソ鳥は正に噂の岩禿鷲ロックバルチャーと同じ特徴を持っていた。胸元に大きな穴が空き、そこからドロドロと黒い何かが蠢き溢れているのである。


「警戒しろ。堕苦蘇、狭鬼爐。禿鷲がいると言うことは、他の二匹も居るということだ」


「あぁ、分かってる」


 鵐螺菩の忠告に言葉を返し、頷く。狭鬼爐も無言で頷いている。そして、俺たちは三人で背中合わせになりながら周囲を警戒し始める。

 奇襲に失敗した鳥は空中を旋回して隙を狙っているから今は大丈夫だが、他はどうだろうか。


「狭鬼爐、他の奴らがどこから来るか分かるか?」


 問いかけると、狭鬼爐は刀を正眼に構えて目を瞑った。


「……下だッ」


 焦ったように言う狭鬼爐。俺たちは慌ててその場から飛び退いた。


「イィィッ!」


 奇妙な叫び声と共に、さっきまで立っていた場所から水の刃が飛び出し、虚空を切り裂く。それから、ひょっこりと大きな蚯蚓が頭を出し、直ぐに地中に戻っていった。


「……直前まで気付けなかった。恐らく、気配を消せる」


「気配を消せる、か……厄介だな」


 と、一息吐いた瞬間。また空から岩禿鷲ロックバルチャーが降ってきた。


「パリィッ!! 危ねぇッ、クソ鳥がッ!」


 背中を向けていた鵐螺菩を吹き飛ばし、頭が結晶化した鳥に大剣をぶつける。マジで危ねぇ、ギリギリで間に合ったか。


「あいつ、異常に速えな。多分、なんかのスキルを使ってる」


「そうだろうな。しかし……困ったな。敵は空と地中。これでは、どっちにも攻撃できない。正に手も足も出ない状態だ」


 鵐螺菩が言いながら、大空を飛び回り隙を狙っている岩禿鷲ロックバルチャーに短銃を向けた。


「やめろ、無駄になる。それよりも……もう一つ、大きい気配が近付いている。また地中だ」


 狭鬼爐が索敵の結果を告げる。


「分かっている。ちょっと照準を合わせただけだ。……しかし、地中か」


「まぁ、気配が一つってことは例の三匹の残りだろうな」


 しっかし、敵の居場所が空、地中、地中とは戦いづらいことこの上ないな。どうにかしたいところだが、ここは奴らのホームグラウンド。どうする手段も無い。


「……来るぞ」


 狭鬼爐が告げながら刀を鞘に抑えて構え、地面を注視する。


「キシキシッ!!」


 地面から飛び出してきたのは蠍。背中から黒い炎を吹き出す大きな蠍だ。それは両手の鋏を鳴らしながら地上に現れた。

 しかし、蠍が飛び出た地点から既に一歩引いていた狭鬼爐は、既に刀に手をかけている。


「無心流・十文字」


 隙だらけの大蠍に、鞘から勢いよく飛び出した狭鬼爐の居合が直撃する。狭鬼爐は横に刀を一閃した後、直ぐに刀を持ち上げ、振り下ろした。

 この技は恐らく、継承技だ。SPの消費が不要な代わりに、習得に時間がかかる。しかも、かかる時間は才能に左右される。


「キシィッ!」


 大蠍に目にも留まらぬ二回の斬撃が直撃し、甲殻にピシリと二本の亀裂が入ると、大蠍は黒い炎を撒き散らしながらジリジリと後ろに下がっていく。

 大蠍から、何処と無く狭鬼爐の刀を警戒しているような視線を感じる。


「待てッ! 騎士の誓いオース・オブ・ナイトッ、大跳躍ショートジャンプッ!」


 俺は自身にバフをかけて、大蠍に飛びかかる。このバフは仲間が死ぬとマイナス補正がかかってしまうものだが、どうせ全員で生き残るつもりだ。関係はない。


「喰らえッ、竜落としドラゴンフォールッ!」


 空中から降ってくる俺を見て、大蠍は立ち止まって鋏をクロスした。防御の構えを取ったつもりだろうか。だが、そんなものは俺の巨大な剣、グレートソードの前には無意味だ。



「キシキシ」



 轟音が鳴り響く。まるで、金属と金属が勢いよくぶつかった時のような音だ。当たってはいる。だが、やけに手応えがない。甲殻を砕き、肉を潰した感覚が無い。

 一歩下がり、グレートソードを持ち上げて大蠍の状態を確認する。


「……嘘だろ」


 そこには、青く透き通った結晶と化した大蠍の姿があった。

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