氷で閉ざして

 トゥライス・ウェアウルフから永久焦土の人狼ハートウルフに進化した人狼は、熱も体力も魔力も、全てのエネルギーを使い果たして動けないらしいので、取り敢えず従魔空間テイムド・ハウスに突っ込んでおいた。

 因みに、エリア踏破の称号は手に入れたが、ユニークボスモンスター討伐時のワールドアナウンスは流れなかった。まぁ、討伐はされてないからだろうね。もしかしたら、運営もユニークボスをテイムされるとは思ってなかったのかも知れない。


 ……そういえば、ユニークボスってユニークモンスターと何が違うんだろう? エリアボスがユニーク化した存在って意味なら、アースの存在が矛盾する。アースはアボン荒野のエリアボスじゃないし、そもそもあそこら辺にはアースドラゴン自体生息してないはずだ。

 だから、アースがあそこに居たこと自体謎なのだ。彼曰く、物心ついた頃からあそこに居たらしいので出自を探ることも難しい。


「カタ、カタカタ(こっちだ、もうすぐ着くぞ)」


 そして今、さっき契約を済ませた凍てつく骸骨の王フロストスケルトン・キングに連れられて、僕たちはとやらに向かっている。

 ここに来るまでやけに魔物が多かったが、骸骨が何かを命令すると直ぐに去っていった。


「カタ(ここだ)」


 水晶のように青く透き通った体を持つ骸骨は、鋭く天を衝くように伸びる氷山を指差した。勿論、ここは単なる雪原で、氷山はここに聳え立つこれ一つだけだ。


「これ、自然に発生したものなの? 他に氷山は無いように見えるけど」


「カタ、カタカタ(いや、創られたものだ)」


 骸骨は短く答えると、氷山に手を当てた。すると、手を当てた部分から氷山の表面が溶けていき、綺麗な四角形の道が現れた。

 僕たち全員が中に入ると、溶けた部分は直ぐに氷で修復された。


「うわっ、凄いですね。こんな仕掛け、私でも気付きませんでしたよ。しかも、なんか秘密基地みたいでカッコいいですよね」


「確かに秘密基地感はあるけど、はしゃぎ過ぎないでね」


 少なくとも、目的も無く遊びやロマンだけで創られた場所では無さそうだ。と、言っている間に氷山の中を通るトンネルは行き止まりに当たった。


「カタ。カタカタ(着いた。ここに儂が守護し続けているものがある)」


 そう言うと、骸骨はまた手を壁に当てた。すると、さっきと同じように氷の壁は溶けていく。そして、漸く彼が守護しているもの。氷山の中心に隠されたものが見える。


「……えっと、なにこれ」


 ドーム状の部屋の中心にあるそれは、異常なまでに青い結晶体だった。刺々しいその物体の中心では、青い髪の美女が眠っている。


「カタ。カタカタ(女神様だ。氷と雪解けの女神、エリューシカ様だ)」


 ……女神? え、女神?


「なんで、女神がこんなところに封印されているのかな?」


「カタ、カタカタカタ(違う、封印されているのでは無い)」


 骸骨は首を振り、僕の方に振り返った。


「カタ、カタカタカタ(自ら、閉じこもっていらっしゃるのだ)」


「閉じこもるって? どういうこと?」


 骸骨の眼窩に灯る青白い光が、僕の目を見つめた。


「カタカタ、カタカタカタ。……カタカタ(簡単に言えば、邪悪神から逃れるためだ。……話すと長くなるぞ)」


「良いよ。望むところだ」


 僕の言葉に、骸骨は真面目そうに頷いた。




 ♢




 骸骨の話は、本当に長かった。エトナが寒さと退屈で死にかけていたくらいだ。


「……なるほどね」


 しかし、分かったことも多かった。多分、この世界にとって重要な情報をここで知ることができた。取り敢えず、骸骨の話を簡単に纏めよう。


 先ず、この世界には邪悪神という元は善良だった神が存在する。闇落ちしてしまった邪悪神は突然神々を裏切り、司る権能を用いて次々に神の力を奪っていった。

 そんな邪悪神の餌食となった氷と雪解けの女神であるエリューシカ様は力の殆どを奪われつつも何とか下界まで逃げ切り、氷で自分の全てを閉ざしてしまうことで気配を消し、追跡を避けながら傷を癒しているらしい。

 因みに、その時襲われたのは天界という神々が共同で住む場所にいる神であり、自分の神界に引っ込んでいた神などは無事らしい。ただ、今現れるとまた邪悪神に襲われる可能性があるため、殆どの神は表に現れていないのだとか。


「……じゃあ、君はこの女神様が起きるまでここを守り続ける役目ってこと?」


「カタ。カタカタ(うむ。概ねその通りだ)」


 なるほどね……あ、そうだ。


「そういえば、先王って何だったの? 戦ってる時、先王に顔向け出来ない、みたいなこと言ってたけど」


「カタ、カタ。カタ、カタカタカタ。カタカタ、カタカタカタ(む、そのことか。先王とは、文字通り儂より前にここを守っていた王のことだ。ここのを守る王が死ぬと、この雪原のフロストスケルトンが新たな王となるのだ)」


 あー、つまり死んでも次々にフロストスケルトンがキングになるってことね。


「カタ、カタカタ、カタカタ(そして、次の王は先王の記憶を受け取り、意思を継ぐのだ)」


 骸骨は胸を張ってそう言った。ちょっと、憑依っぽくて怖いけどね。


「まぁ、そういうことなら適当に守護を置いていくよ。外、出ようか」


 僕たちは凍りついた女神を尻目に、氷山を出た。


「カタ、カタ(では、頼む)」


「誰にしようかな……って思ったけど、門で繋げた方が楽かな」


 僕は従魔空間テイムド・ハウスから再度ウィスプを呼び出した。勿論、門が使える個体だ。


「転移門、お願い」


 僕が言うと、ウィスプは僅かに揺れた。それから数秒後、空間に歪みが生まれた。


「良し。じゃあ、取り敢えずこれで好きなだけ戦力を呼び出せるから。あ、呼び出す時は向こうのボスのムーンに話を通してね。勿論、僕からも話はしてあるけど」


「カ、カタ……カタカタ(う、うむ……分かった)」


 一件落着と息を吐く僕に、骸骨は困惑したような視線を向けた。

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