骨の嵐

 突然、地面から大量に現れた骨の群れ。それは嵐のように凶暴に飛び回り、人狼へと突撃していく。


「はッ!? なんだよコイツらッ!? ぐッ、がぼァ! 逃げ場がッ、ねェッ!!」


 一つ一つが凶器のように鋭い骨の群れは、人狼の体に突撃し、少しずつ氷の鎧を砕き、次第に何本も突き刺さっていく。


「ふぅ……上手くいったね」


「ね、ネクロさんっ! これッ、一体何をやったんですかっ!?」


 安心したように呟く僕に、エトナがススッと寄ってきて叫んだ。


「ん? あぁ、スケルトンだよ。ほら、禿山のゴブリンを結構スケルトンにしたでしょ? その時の子たちだよ」


「い、いや、これ、どうやってるんです? 普通、スケルトンにはこんな能力無いですけど」


 まぁ、普通は無いね。


「スケルトンって、頭蓋骨を壊さないと完全には死なないって知ってるよね? だから、遠隔操作のスキルを与えて、頭蓋骨と他の骨を分離させたんだ。頭蓋骨は地中に埋まってるから、必ず壊れることは無いし、骨の操作も気配察知を持たせてるから見えてなくても敵をしっかり狙える。それに、統率を持ってる子もいるから、相手を逃すことも無い」


 どう? と、エトナを振り向いて見ると、気分の悪そうな顔で立っていた。


「え、えぐすぎます……」


 もしかしなくても、引かれてるみたいだ。


「因みに、彼らの中にエフィンって子が紛れてるんだけど、エフィンは空間魔術を持ってるから防御無視で貫かれるよ」


「最低ですね!」


 あはは、褒め言葉だよ。まぁでも、こっち側はノーリスクで回避困難な防御無視攻撃って結構なクソゲーを強いてるよね。確かに最低かも。


「……と、良い感じにボロボロになっちゃってるね」


 エトナと話している間に、人狼は骨の嵐とウィスプの群れに囲まれてボロボロになっている。冷気を噴き出して近付けないようにするとウィスプ達に遠くから魔術をぶち込まれるし、かといってウィスプ達を仕留めに行こうとすると骨の嵐にグチャグチャにされる。


「冷気を放出してる間は運動能力が落ちるっていうのが問題みたいだね」


 多分、体が冷えて固まって動きが遅くなってしまうのだろう。だったら炎を放出すれば良いという話だが、今回は火属性無効のウィスプがいるからね。


「ぐッ、ぐふッ、ガァァ……」


 弱々しく唸り声を上げる人狼が、冷気を噴き出しながら僕を睨んだ。


「ネ、クロォ……ぶ……殺す……」


 冷気を放つ人狼に、全方位から放たれるウィスプの魔術。それと同時に人狼は大きく息を吸い込んだ。


「ガァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 瞬間、人狼から凄まじい熱気が、爆炎が放たれる。人狼を中心に起きた爆発は、殆どのウィスプの魔術を搔き消した。


「死ねェエエエエエエエッッ!!!」


 爆炎の中から、炎と氷を身に纏う人狼が現れ、凄まじい速度で僕に迫ってくる。


「させませんっ!」


「マスター、後ろに」


 僕の両脇から飛び出したエトナとメト、エトナが腕を変化させた闇の刃で人狼に斬りかかり、メトが地面を操作し、変質させてミスリルの壁を作り出した。


「ガァァァアアアアアアッッ!!!」


「うッ!?」


「くッ!」


 しかし、人狼はエトナの斬撃をスラリと躱し、蹴りを叩き込んでエトナを吹き飛ばし、ミスリルの壁を跳躍して簡単に乗り越えると、凄まじい冷気を放ち、その下で立ち塞がっているメトの足と地面を凍らせて動きなくした。


「喰ラエッ、ネクロォオオオオオオオッ!!」


 そして遂に、人狼の鉤爪が僕の眼前まで迫る。



「────短距離転移ショート・テレポーテーション



 その冷たく熱い鉤爪は、僕の喉を掻っ捌くことは無かった。僕が数十メートル後方に転移したからである。別に、僕だって何も出来ない訳じゃ無いんだ。


「ガァッ!? ソコカァッ!! 喰ラエェエエエエエエエッ!!!」


 と、転移で離れて少し安心していた所にまた襲いかかってくる人狼。速すぎる。あと数秒で辿り着かれる。もう一度転移できる時間は無い。


創音サウンド


「ガァッ!? ガァァアアアアッ!! 耳ガッ、ガァアアアアアアアアアアアアッ!!! 耳ガッ、テメェッ! ユルサッ、ネェッ!!!」


 耳元から爆音を喰らい、目の前で転げ回る人狼。まぁ、狼の力を持ってるってことは聴覚が敏感だろうし、半分くらい賭けだったけど、目論見通りにいった。ギリギリセーフだ。

 そうしている間に人狼はまた立ち上がるが、その隙に僕は跳躍ジャンプで距離を取っている。


「今度こそッ、させませんッ!」


「グァッ!? シラッ、ネェッ!!」


 後ろから斬りかかるエトナ。黒い刃が、人狼の背中を斬り裂いた。しかし、人狼は振り返ることもせず、真っ直ぐに僕の方に向かってくる。


「グッ! ガァッ! キカッ、ネェッ! オレハッ、シナネェッ!!」


 遅れてやってきた骨の嵐に呑み込まれる人狼。だが、その歩みが止まることはない。


「ツカマエ、タゾッ! トドメヲ、喰ラエッ!!!」


 迫る人狼、冷気が足元を迸り、足と地面がカチカチに凍る。金焔で溶かす時間も、転移を使う時間も無い。だったら、もう一回創音サウンドだ。


「キカネェッ!! ガァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 鳴り響く爆音。だが、人狼は狼狽えることもなく、鉤爪を振り上げた。ダメだ。これはもう、助からない。そういえば、これが初デスになるのかな。最悪だ。


「……ん?」


 死なない。何故か、まだ死んでいない。鉤爪は僕の頭上で止まり、ピクピクと震えている。しかし、そこから僕の脳天をぶち破られることはない。


「グゥッ、ガァァ……クソッ、動かねぇ……動か、ねぇ……時間……切れ……か……」


 足元の氷を金焔で溶かし、一歩下がってみる。そこから見ると、背中に大斧が食い込み、鉄の腕が足を掴み、ミスリルと化した大地が腕を掴み、影をナイフが縫い止め、無数の骨が全身に刺さっている人狼が居た。


「駄目、だ……指一本、動かねぇ……」


 膝を突く人狼。荒い呼吸と震える体は、彼の限界を示していた。


「体力も、筋肉も、心臓も、全部……限界だ」


 人狼の体から、消えていく。燃え盛る炎が、凍てつく氷が、消えていく。


「ハァ、ハァ…………ネクロ、オレの……負けだ」


 片膝を突いた人狼が、顔だけを動かし、僕を見た。


「あはは……その言葉を待ってたよ。正直、今回は僕も本当にギリギリだったし、君が仲間になるのは嬉しいよ」


 殺さないように加減していたとは言え、ここまでギリギリだったのは初だろう。


「じゃあ、君も限界だろうし、急ぎで済ませるよ」


 僕は鉤爪の生えた凶悪な手を掴み、魔力を巡らせた、


使役テイム


 遂に、契約は成った。

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