奥の手

 さて、どうしようか。


「メト、氷属性に強いのでもやってみて」


「分かりました。しかし、恐らく……」


 言いながら、メトは再度人狼に手の平を向けた。


「あ、何だ? もっかいやんのかよ?」


 呆れたような人狼に構うことなく、メトは裏返った大地をもう一度操作すると、それを違うナニカに変化させ始めた。


氷透石クライスストーン


 裏返った地面は青く透き通った石に変わった。ひんやりと冷気を感じるその石はまるで氷のようだ。


「おォ、なんだこれッ! ハハッ、まだ力を隠してやがったのか」


 余裕そうに笑う人狼を、青い半透明の石が囲み、潰すように圧迫していく。


「……あれ、出てこない?」


「っと、不意打ちしようと思ってたんですけど、無駄になっちゃいましたかね?」


「警戒して下さい、対象は炎熱の力を持っています。油断するにはまだ早いかと」


 警戒を促すメト。しかし、中々人狼は出てこない。どころか、ヒビすら入る様子も無い。


「あれ、これ勝った? 」


 余計な一言だった。一瞬気を緩めたその瞬間、人狼を封印している氷透石クライスストーンの塊はドロドロと溶け、中からは炎が吹き出し始めた。


「『炎逆魔変ファイヤ・レンジタクス』」


 完全に溶け落ちた石の牢獄から現れたのは、更に見た目が変化した人狼だった。

 今までもそうだった背中に加え、両腕と両足も燃え盛っているのだ。赤く染まった目は更に真紅に染まり、燃えるように輝いている。


「……君、どんだけ強化スキル持ってるのかな」


「ハハッ、安心しろ。多分今ので最後だからなァ」


 確かに、そんな気はする。さっきの強化は氷の力で、今の強化は炎の力だ。そして、心臓三個分の強化に、進化。もう流石に無いだろう。


「まぁ、もうこっちもやれることは無いし……奥の手を使うことにするよ」


 エトナがダンジョンで見せた超火力必殺技を使うことも考えたが、やはり殺してしまうどころか消滅させてしまう危険性が高すぎる。


「ほォ、奥の手かよ。まァ、テメェ如きでどうにか出来るならやってみろや」


 挑発的な姿勢を見せる人狼に、僕はただ微笑んだ。


従魔空間テイムド・ハウス


 僕の呼び声に従い、ふよふよと頼りない霊魂が、青白い火の玉が何もない空間から現れた。そう、ウィスプだ。


「……おい、もしかしてその雑魚っぽいのが奥の手じゃねえだろうな?」


 どこか恐れるような人狼の問いかけに、僕は微笑んだまま頷いた。


「おいおい……オレァ、これでも期待したんだぜ? テメェみたいなヒョロガキに何が出来んのかってな。まぁ、テイマーらしいからそこそこ強ェ魔物でも出てくんだろうと思ったんだぜ? ……クソッ、期待外れだよ」


 悪態を吐き、鉤爪を構える人狼。


「あはは、そう焦らないでよ」


「あァ? 焦るのはテメェの方だろ? その青白いのも纏めて殺されんだからよォッ!」


 激昂する人狼。しかし、襲いかかっては来ない。多分、まだ僕への期待は完全に消滅していないのだろう。


「そうだ。世の中にはこんな言葉があるんだけど……」


「は? 言葉だと? 一体何の話だよ」


 僕はウィスプに命令を下し、人狼と目を合わせた。



「────戦いは、数だよ」



 禿山より来たるウィスプが、


「……お、い。テメッ、まさかッ!!」


 焦燥する人狼。漂う鬼火。開かれし門。


「あはは、そのまさかだよ。今、言ったでしょ? 戦いは数だって」


 突如発生した空間の歪み。転移の門。そこから現れた影は、決して一つや二つでは無かった。


「取り敢えず、門付近で暇してる子には全員来てもらったよ」


 そう、これは転移魔術のSLv.3スキル。転移門テレポーテーション・ゲートだ。

 そして、今もこの空間の歪みからぞろぞろと魔物が溢れている。それはあの禿山で作ったゴブリンのゾンビやスケルトンだったり、ウィスプだったり、様々だ。


「オ、マエ……マジで何者なんだよ。魔王かなんかか?」


 その問いに、僕は思わず笑った。


「あはは、確かにそう呼ばれたこともあるよ」


 正確には異界の魔王、だけどね。


「まぁ、正直切り札は隠してるからこそ切り札だから……出来れば、使いたくなかったんだけどね」


 と、言っている間にも門から魔物が溢れ出してくる。その数は今や百を超えている。


「……おい、待てよテメェ。なんであいつら、アンデッドなのに平気そうにしてんだよ。ここ、完全にお天道様の下だぞ」


「ん? あぁ、光属性耐性があれば日光は克服できるよ。だから、もし君がゾンビになっても大丈夫」


 僕の言葉に人狼が嫌そうな顔をする。


「まぁ、そんな訳で……主力級も何体か来てるね」


 あの後禿山に預けていたダークオークのドゥール、ゴブリンアサシン・スケルトンのエフィン、後は樹海の転移門経由で合流したと思われるミュウも来ている。


「じゃあ、始めようか」


 十分に揃いつつある戦力を尻目に、僕は微笑んだ。

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