ハート・リミット

 無傷の状態へと戻った人狼。その光景を僕らは呆然と見ていた。


「ハァ、ハァ……やっぱ、きっちぃなァ。あと二回ってとこかァ?」


「どうやって……いや、何があと二回なのかな?」


 僕がそう問いかけると、息を荒くしながらも人狼は笑った。


「ハッ、ここまでオレを追い詰めたことに敬意を払って教えてやるよ……オレの三つの心臓は、既に限界まで活性化している。だが、これは過度な負荷がかかってる状態で、あんまりケンコー的じゃねェ」


「うん。そうかもね」


 確かに、ここまで心臓の音がドクドク聞こえるレベルだ。明らかに体には良くないだろう。


「だからよォ、こうやって再生の為に心臓を酷使できるのは後二回ってことだ。それ以上は、心臓が爆発しちまうからなァ」


「ふーん、なるほどね。だったら、こうやって話してる時間も無いんじゃない?」


 人狼は、また笑った。


「ハハハッ、それもそうだなァ! だが、テメェの首を鉤爪で刎ねる前にやるべきことがあんだよ」


 言葉と同時に、人狼から凄まじい冷気が溢れる。


「まぁ、そろそろこの状態にも慣れてきたんだよ。だから……本気、出してやるよ」


 人狼は息を荒くしながら、両手を強く握りしめた。


銀聖閃刃フラッシュエッジッ!」


「無駄だァ」


 異変を感じると同時に飛び出したエトナの振るう短剣が、鉤爪に弾かれる。


「『継承されし咒の氷よ、神呪をも凍て付かせる氷よ、オレに従え』」


 まるで普通に話しているような口調とは真逆に、その言葉には力が宿っている。


「『古より続く封印も、凍えを凌ぐ遮断も、要らない。今はただオレの剣として、盾として、戦え』」


 更に溢れる冷気。大地が、大気が凍っていく。人狼の体に青い氷が付着していく。


「『氷叛武装アイス・アーマメント』」


 瞬間、氷のように冷たい風が吹き荒れた。


「ハハッ、寒いか? いや、テメェはそういうのは感じねえらしいなァ……まぁ良い。これで、今まで封印だけに使っていた凍てつきの力を、完全以上に扱えるようになったってことだ」


 そう言いながら僕の方に手を伸ばす人狼。そんな彼の体には、青い氷の鎧が纏われていた。


「オラ、こういうこともできるぜ?」


 すると、彼の体の周りに青い氷の剣が数本現れ、即座に発射された。


「凄いけど、流石に僕を舐めすぎじゃない?」


 僕の体から黄金が溢れ、直ぐにスライムのようにぶよぶよとした黄金の壁が出来上がる。発射された氷の剣は、その壁に壊れることなく突き刺さるも、そこで静止した。


「ほら、お返しだよ」


 そして、黄金の壁に捕らえられた氷の剣を金焔で溶かすと、その燃え盛る黄金の壁をそのまま人狼に向かわせた。刃のような形にはしない。この圧倒的な質量でトリモチのように人狼を捕まえてやる。


「ハハッ、テメェこそ舐めすぎだろうが」


 人狼は笑うと、思い切り地面を蹴って迫り来る黄金の壁から簡単に逃れた。


「あはは、まぁ、君を捕まえるには速度が足りてないよね」


「当たり前だぜ、じゃあ次はオレの番────ッ!?」


 でも、逃げる先を予想していれば捕まえられない訳じゃない。


「くッ、足元からだとッ!?」


 黄金の壁から逃れた先、地面からシュルッと生えた黄金の触手が人狼の足を掴んだ。その黄金は直ぐに氷の鎧を溶かし、足の皮膚を食い破り、肉の中に入り込んだ。続けて、棘のようなものを伸ばして彼の体に食い込んでいく。


「ガァッ! ウザってェなァ!」


「発火」


 更に、彼の足に食らいついた触手は金焔を噴き上がらせ、体の中から人狼の足を燃やしていく。


「無駄だァッ!!」


 人狼が鉤爪を振り下ろす。すると、黄金の触手は地面から切り離される。当然、僕の体から直接繋がっていないので操作権も失われてしまった。


 しかし、背中を曲げて足元に手を伸ばしているこの状態は、隙そのものだ。


暗影斬ダークシャドウスラッシュッ!」


覇王拳ハオウケン


「グォオオオオオオオッ!!」


「キュウウウウウウウウウッ!!」


 黒い刃が右腕に、大斧が左腕に、黒い拳が腹部に、鉄の腕が両足に、それぞれ迫っていく。



「────鬱陶しいなァ」



 人狼は、気怠げに呟く。余りにも緊張感の無い態度。しかし、攻撃はどれも有効打を与えることはなかった。


「なッ!?」


「……想定以上です」


 刃も、拳も、大斧も空中に現れた氷の盾に止められた。盾は一瞬で砕かれたが、その隙に人狼はその場から退避している。因みに、アースの作り出した鉄の腕はカチカチに凍りついている。


「どうしたァ? その程度か、テメェら」


 氷で強化された鉤爪を構える人狼が、少しずつ近付いてくる。


「……捕獲は諦めようかな。いや、それよりも奥の手を使っちゃおうかな」


 思案する僕の前に、メトが歩み出た。


「お待ち下さい、マスター。先に、私が試します」


 ゆっくりと近付いてくる人狼に、メトは手の平を向けた。


「刃も拳も効かないのなら、大地の力を見せましょう」


 瞬間、大地が蠢き、地中から轟音が鳴り響く。


「ここら辺には地中で眠っている魔物も多いようなので使用を避けてきましたが……止むを得ません」


 歩いてくる人狼の足元がざわりと波立った。


「おォ!? ハハッ、なるほどなァ! 正に大地の力って訳だ」


 蠢く地面が、裏返り、起き上がる。メトの意のままに蠢く大地は人狼を拘束しようと動く。


「確かに大層な力だが……オレには効かねェな」


 人狼を包むように動いていた大地が、ピシリと動きを止めた。


「……操作が、効きません」


 メトが眉を顰めて言うと、人狼は笑った。


「ハハハッ、当たり前だ。凍らせてんだからな。凍るってのは、停止してんだ。だから、動かそうとしても動く訳ねェだろ?」


 余裕そうに笑い、人狼を囲んでいる土の塊を鉤爪で崩しながら近寄ってくる人狼。


「申し訳ありません、マスター」


 僕らの手札が、また一つ破られた。

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