※樹海を守ろう!【6】

 ♦︎……エラウ・キベフ視点




 不味いことになった。状況は最悪だ。


「ハァ、ハァ……」


 ドクドクと鳴る心臓を抑えながら、私は木の幹を背にへたり込んだ。


「一体、何なのだ。あの化け物どもは……瞬息万変め、荒槍め、BランクだとかAランクだとか言う割には全く役に立たん!」


 やはり、次元の旅人というものは信用ならんのだ。


「しかし……高い金を出した甲斐はあったな」


 何故戦闘に関しては並程度の私がここまで逃げてこれたのか? それは、私の使用したとあるポーションの力によるものだ。


「透明化、か。言葉にすれば一言で表せるほどに単純だが、その効果は侮れん」


 そう、私が使ったのは透明化のポーション。これはポーションの中でもかなりの高級品で、経った三十分だけ透明化するこれでも、優に私の月収を超える。


「さて……逃げてきたのは良いが、どうしたものか」


 取り敢えず、あの時からずっと映像として撮影しているものは、全てリアルタイムで本部に送られている。情報の伝達については全く問題無いだろう。


「いや、どうするもこうするも無いか。透明化が続いているうちに森を出るべきだろう」


 私は休憩を終え、立ち上がる。研究者を本職とする私の身には深い疲労が溜まっていたが、それよりも透明化が切れてうっかり殺されてしまう方が怖かったので、無理をしてでも森の外を目指すことにした。


「ハァ、ハァ……ッ!?」


 下を向いてトボトボと歩いていたが、前方にポヨンと現れたそれに思わず顔を上げた。


「……スライムか」


 やけに綺麗に透き通っていることを除けば、見た目は完全にただのグリーンスライムだ。警戒に値する敵では無い。


「全く、どいつもこいつも私を馬鹿にしおって……八つ当たりだが、殺してやる」


 胸の底に募る苛立ちを晴らすため、私は透明化したまま硬い靴を履いた足を思い切り緑色の粘体にぶつけた。


「ピキィ?」


 グリーンスライムが甲高い鳴き声を上げてこちらを見る。そういえば、グリーンスライムは打撃に強い耐性があるという話だったな。

 しかし、完全に姿を捉えられている感じがするな。


「少し焦ったが……斬撃と火には滅法弱いと聞いている」


 冒険者の中では常識らしいその話を思い出し、私は鞘から短めの剣をスルリと抜いた。


「名誉ある帝国民たる私を手こずらせた罪は重いぞ。粘液風情が」


 私は剣を振り上げ、そのまま雑に振り下ろした。


「……ピキ?」


「なッ、馬鹿なッ!? 剣が効かんだとッ!」


 私の剣は、スライムの体に僅か数ミリほど食い込んだところで止まっていた。有り得ない。有り得ん事態だ。


「い、いや……待て。斬撃が効くというのは嘘だったかも知れない。火ならば、炎ならば焼き尽くせるはずだッ!!」


 私は未だにボーッとしているグリーンスライムに手を突き出し、火の魔術を唱えた。


火槍ファイアーランスッ!!」


「……ピキ、ピキピキ」


 な、何故だ。何故効かないっ! おかしいぞ、グリーンスライムには火と斬撃……これは常識じゃなかったのか!?


「ま、マズイ……完全に捕捉されたぞ」


 こちらの攻撃が効かない敵など、例えスライムであっても脅威だ。急いで逃げる必要がある。

 私は踵を返し、走り出そうとしたのだが……そこには、また新たな脅威が現れていた。


「……こ、今度は、ウィスプだと!?」


 馬鹿な。こんなところにウィスプだと? しかも、三体も居るだと?


「そもそも、私は透明な筈だろう!? まさか、この場の全員が気配を察知できる能力を持っているとでも言うのか!?」


 あぁ、ダメだ。喚くよりも先に逃げなければ。そうじゃないと、本当に殺される。


「ぐはァッ!?」


 そう考え、足を踏み出した矢先、私の胸に火の槍が突き刺さった。犯人は方向的にあのウィスプだろうか。


「ぐッ、ぐふッ……逃げなく、ては……我が、帝国の……為にも……」


 私は必死に足を動かし、逃れようとする……が、それを妨げるように私達を囲むように炎の壁が現れた。


「なん、なんだ……何故、私が、こんな……目に……」


 ゆっくりと閉じていく目。最後に映ったものは、私の体に覆い被さる緑色の粘液だった。




 ♢




 目を開けると、そこは薄暗い洞窟の中だった。松明の一つも無いその空間では、代わりに夥しい量のウィスプ達が青白く光っていた。


「どこ、だ……」


 晴れていく視界と思考。しかし、同時に身体中を苛む凄まじい痛みと、今まで味わったことの無いような違和感と喪失感に気付いた。


「な、無いッ!? 痛い痛い痛いッ!! アァアアアアッッ!!!」


 私は、自分の四肢が完全に失われていることに気付いた。気付いてしまった。



「────ふむ、これではマトモに会話もできませんね……アルノ、痛みを消してあげなさい」



 穏やかながらも威厳がある、謎の女の声がすると、直ぐに私を苛む苦痛は消え去った。


「な……痛くない? いや、それよりも……」


 私は体を起こせないので仰向けになったまま、その巨大なウィスプの姿を捉えた。


「バカな……マザーウィスプ、だと?」


 私は目を見開きながら、その存在を何度も確かめた。


「えぇ、確かにそうです。私はマザーウィスプのムーン」


「は、話せるだと!?」


 私は間抜けに叫んでから漸く気付いた。さっきの女の声と、このマザーウィスプが発している声は同じだということに。


「……私に、何の用だ」


 混乱の極みに至り、少しも回らない頭の中で、漸く私は僅かな言葉を捻り出した。


「何の用、ですか……寧ろ、私たちがそれを聞くためにこうして生きたまま捕らえたのですよ。薄汚い帝国のお方が、何の目的であそこに来たのかを聞くために」


「き、貴様ッ、我らが帝国を罵倒するかッ!?」


 怒りを爆発させながら、気付いた。


「いや……何故貴様、私が誇り高き帝国人だと気付いた?」


「ふふふ……あの森には偉大なる我が主の目と耳が散らばっておりますから、あそこを通る人間の会話など簡単に傍受できるのですよ」


 その言葉に、私は衝撃を受けた。


「まさか、貴様もあの次元の旅人の手下か!?」


 私が聞くと、巨大な青白い光はふるふると笑うように揺れた。


「ふふふ……どうでしょうか」


「き、貴様……いや、待てよ」


 寧ろ、これはチャンスなのでは無いか? ここでの会話を帝国にそのまま送れば……!


「あぁ、勿論、通信機器等は全て処理させて頂きました」


「な、何だとッ!!」


 クソ、クソクソクソ……クソがッ!!


「貴様ッ、貴様貴様ッ! キサマァ!!」


 私は残された頭で、この眼球でふわふわとふざけたように浮かんでいる光を睨みつけた。


「それで、貴方があの森に何をしに来たのか聞きたいのですが……」


「そんなもの答えるかァ!! 貴様ッ、私をバカにしているのかッ!!」


 殺す。殺してやる! 絶対に、如何なる手段を用いてでもこのふざけた女を……!



「────はい、バカにしていますが?」



 瞬間、私の怒りは爆発した。


「貴様ァアアアアアアッ!!!」


 腕があれば、足があれば、力があれば……こんな奴ッ、こんな魔物などッ!!


「ふふふ、腕も無いのに暴れて可哀想に……まぁ、元々素直に聞こうなんて思っていませんよ。ウルノ、後は任せますよ」


「ま、待てッ、何をするッ! や、やめッ、やめろッ! 貴様ッ、貴様ァアアアアッッ!!!」


 それを最後に、私の意識は再び途切れ……次に目を覚ました時には、全ての感覚と思考能力、そして自我を失っていた。

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