妹、世界に降り立つ。

 今日もいつも通りCOOの世界にダイブしていくのだが、今日は、いつもと少し違う日である。どんな風に違うかと言えば……これだ。


「お兄ちゃん、攻撃って絶対スキルを使った方が良いの?」


 そう、今日は妹のみのるをこっちの世界に連れてきているのだ。少し前にVR機器がようやく届き、やっと今日プレイできる運びとなった。


「いや、別にそんなことは無いよ。寧ろ、攻撃スキルは必要な時に差し込む感じで使う方が良いかな。斬撃スラッシュとか、動作に対して影響が無いスキルならどんどん使っても良いけど、他のタメが必要なスキルとかはよく狙って使う方が良いね」


 そして、そんな実だが……意外と、このゲームに対する適性を見せている。まぁ、元々僕なんかの数倍は運動神経が良かったから順当な結果かも知れないけど。


「ふんふん……あと、ジョブが剣士でも他の武器って使って良い?」


「うーん、別に良いとは思うけど……流石に推奨は剣かな。剣士系のスキルは剣を持ってる時しか使えないし、ジョブが剣士だと剣を使う動作にちょっと補正が入るから、僕は剣を使うのをオススメするよ」


 露骨にゴブリンが落とした手斧を見つめていた実を、僕は何とか説得して止めた。


「ふんふん……あ、また敵見つけた! 私、やってくるね」


 そう言って実は片手に剣を握り、僕がオススメしたスキルの一つである跳躍ジャンプを使って森の向こうに跳んでいった。

 そう。ここは黒樫ダークオークの森。僕が滞在しているサーディアからは少し遠いが、ウルカの力を借りればそう時間はかからなかった。

 本来なら、ここはネン湿原の次に来るべきマップだが、今回は僕も同伴ということでちょっと難しめの場所に来たのだ。

 因みに、僕が最初に行ったファスティア周辺では最高難易度の魔獣の森ビースト・ウッズは当然のようにお断りされた。


「ただいま、お兄ちゃん」


 ヒョイと跳んできた妹の剣には、さっきよりも濃い血が付いている。


「お、凄いね実……じゃなくて、みのるん」


 そう、実のプレイヤーネームはなんとみのるん。相当ダサいし、本名が思いっきり入っているが、実はこの命名に関して一切譲歩することは無かった。


「えへへ、そうかな? まぁ、お兄ちゃんよりは運動は得意だし」


 実際、さっきから僕のアシスト無しにゴブリンやコボルトなどの敵を狩りまくっているので、戦闘のセンスは結構あるはずだ。


「まぁ、それに関しては僕の運動神経の無さに原因がある気がするけどね」


「いや、お兄ちゃんは運動神経が無いんじゃなくて、運動してないから筋肉が無いんだよ! だから、これからは現実でも運動しようね?」


 出た。実はたまにこうして僕を鍛えようとするのだ。だが、無駄である。


「あはは、ごめんね。僕、激しく運動すると心臓に負担がかかっちゃうから」


「……お兄ちゃん。それ、他の人なら騙されるかも知れないけど、妹の私に分からない訳ないでしょ」


 心外だなぁ。別に、嘘を言ってる訳じゃないのに。激しく運動すると心臓に負担がかかるのは全人類共通のことだ。問題は、負担がかかったからと言って特に危険なことにはならないという話だが。


「あ、でも、アスリートの人達とかって寿命が短いみたいな話もあるし、実際負担をかけすぎると良く無いんだろうね」


「ごめん、お兄ちゃん。何の話か分からないんだけど」


 シラっとした妹の視線を僕は無視し、森の奥に佇む人型の巨体を指差した。巨体と言っても、飽くまで人間基準での巨体だ。


「そんなことより……あれ、見てよ」


「ん……え、何あれ」


 妹は絶句と言った様子でその巨体を見た。それは、一言で言えば豚人間だ。黄色っぽい肌を持つ、豚顔の巨躯。

 それは切り株に座り込み、大きな腹を片手で抱きながら、もう片手ではゴブリンを食らっている。足元には大きな棍棒が転がっており、それには赤黒い血が染みついている。


「オークだよ。まぁ、ゴブリンとかコボルトよりは結構強いね。簡単に言ったら、ゴブリン五体分くらいの強さかな?」


 僕は言うと、実は信じられないと言った表情で僕を見た。


「え、もしかして……私に、あれを倒せって言ってる!?」


 確かに、これが現実ならば迷わず逃亡を選ぶ必要がある。が、この世界ならばそうでもない。こっちの人間は、単騎で巨人を屠り、竜を殺せる程に強くなれるのだ。



「────勿論。大丈夫、実なら勝てるよ」



 僕は微笑み、妹を死地へと送り出した。




 ♢




 あれから数時間、結局実はオークを倒してしまい、続けて五体ほどオークを狩ってしまった。


「なんだ、意外と余裕じゃん! お兄ちゃん、スキルって凄いね」


「……うん、そうだね」


 僕は言いたかった。凄いのはスキルじゃなくて君だよ、と。



 思い返してもあれは凄かった。最初のオーク戦、実はいきなり瞬歩ステップで距離を詰めると、オークの足元にあった棍棒を蹴飛ばして武器を奪った。

 そして、怒り狂ったオークが殴りかかろうとするのを完全に見切り、あっさりとその拳を回避し、代わりに刃をオークの首筋に叩き込んだのだ。


「あ、またオークだ。経験値狩ってくるねっ」


 嬉々として醜悪な巨体のオークに襲いかかる妹に、僕は若干恐怖を覚えながらも警戒を怠らずに監視していた。


小跳躍ショートジャンプ斬撃スラッシュ!」


 オークに飛びかかり、いきなり顔面に斬撃を食らわせる。その斬撃によって溢れた血飛沫はオークの視界を奪い、同時にその奇襲はオークの平常心を奪った。


「ブ、ブモッ!? ブモォオオオオッ!! ブモ────ッ」


 暴れ出したオークに、妹は冷静に距離を取りながら適切なタイミングで斬撃を浴びせ続け、遂にオークの命を刈り取った。


「終わったよ、お兄ちゃん! 本当は最初の一撃で決めるつもりだったんだけど……失敗しちゃった」


 おかしいなぁ、初心者のはずなのに、オークを一撃で仕留められなかったら失敗らしい。どれだけ厳しい世界で彼女は生きているのだろうか。

 にしても、この手際の良さ……もしかして、僕の知らないところで人殺したりしてないよね?


「ていうか、お兄ちゃん。お兄ちゃんは戦わないの? 私、お兄ちゃんが戦うところも見てみたいんだけど……」


 実の言葉に、僕は悩みながらも頷いた。


「そうだね。じゃあ、手頃なオークでも探しに……ッ!」


 僕は咄嗟にその気配に気付き、実の手を掴んで引き寄せた。


「キャッ! お兄ちゃん! 何する、の……」


 怒りを露わにしながら、実はその存在に気付いた。


「出たね、手頃なオーク」


 突然、僕たちの背後から襲いかかってきた存在。硬そうな黒い肌に巨大な棍棒を持ったそれは、この黒樫の森のエリアボス……ダークオークだった。

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