※樹海を守ろう!【5】

 赤い肌の小柄なゴブリン、それは間違いなくボルド山に棲息しているはずのものだった。


「な、何でこんな所にレッドゴブリンが居やがるんだ?! あいつらはあの禿山に住んでるはずじゃねえのかッ! しかも、何でゾンビ化してやがんだよ!?」


 俺は叫びながら、短剣を投げつけたゴブリンの胸に槍を突き刺した。


「しかも一人じゃないな、これは」


 理解不能で理不尽な状況に苛立ちが湧いたが、それよりもシニョンの言葉の内容に俺は耳を傾けた。


「一人じゃない……おい、マジじゃねえかよッ!」


 周囲を見回すと、べニールの言葉通り腐敗したレッドゴブリン達が俺達を囲むように木々の間から顔を出している。


「……しかも、蛇どもと全く戦う気配が無いということは、奴らは仲間かも知れないな」


 刺さった短剣を投げ捨て、血を背中から流しながら会話に混ざってきたのはシニョンだ。少し動きづらそうにしているので、さっきの投擲による傷は浅くなさそうだ。


「クソ、マジかよ……こっちは既に数が減ってるってのに」


 俺は悪態をつきながら、槍を構えて思考を巡らせた。どうする? どんどんと気配が増えていく。視界の端、ペキンが巨大な鳥に吹き飛ばされたのが見える。蛇がこちらに近付いてくる。

 駄目だ、思い付かない。何も……どうすれば。



「────リーダー、危ないっすよ」



 瞬間、俺を囲うように半透明の壁が展開された。その直後に背後からゴンッ、と矢を弾く音が鳴った。


「ら、蘭乱馬茸ッ! お前、どこ行ってたんだよ!?」


「あー、ちょっと殺されかけてやばかったんで、上にぶっ飛んで逃げてたんすよ」


 そして、それを為した者の名は蘭乱馬茸。俺たちのパーティで高位魔術士ハイ・ウィザードを務めているちょっと軽い雰囲気の男だ。


「まぁ、そんなところで……どうしましょうか、これ」


 疲れたような雰囲気で放たれたその言葉に答えようとした俺だったが、それを遮る者が一人。


「ハァ、ハァ……知らないにゃ。ていうか、もうこいつらの相手は懲り懲りにゃ」


 それは黒の混じった紫の髪に、アメジストのような瞳を持つ呪魔士の女……ヤミにゃんこだった。


「ヤミにゃんこ……はッ、ハハハッ、ようやくメンバーが揃ってきたなッ! それじゃ早速、反撃と行こうぜ」


 俺は暴風を纏う槍を構え、前方から突進してくる大蛇を睨んだ。


「バックアップは頼んだぜッ!」


 俺はそう言い残し、その場から風のように消えた。


「キシャアアアアアアアッッ!!!」


 蛇が叫ぶと、駆け抜ける俺の周囲から木の根のようなものがにょろりと生えて、一本残らず俺を刺し殺そうと迫ってくる。


「はッ、ハハハッ! やっぱり仲間ってのは最高だよなぁ!?」


 触手のように迫る鋭い木の根は、同じく地面から生えたドス黒い泥の触手に掴まれると、ドロドロに腐食して散っていった。


「いい加減、ぶっ倒れやがれッ! 疾風突撃ゲイルスラストッ!!」


 今までで最高の一撃が、今までで最高の角度で、そして最高の威力で決まった。


「キッ、キシャッ……」


 それは、嵐を纏うそれは、結晶と化した大蛇の、エメラルドの如き瞳を貫いていた。


「キシャアアアアアアアッッ!!!」


 瞬間、暴れ狂うように滅茶苦茶に動き出す大蛇。当然、目の前に居た俺は弾き飛ばされて仲間たちの元に舞い戻った。


「いってぇ……が、何とか一発叩き込んでやったぜ」


 あれをもう一度食らわせたところで殺せはしないだろうが、時間稼ぎにはなるはずだ。そして、あいつに結晶化を使わせ続ければ……いつかあいつのMPが尽きて、俺たちが勝つ。


 勝利の構想を思い浮かべ、思わず口角を上げた俺だったが、不意に嫌な予感がして振り返った。


「ぐッ、何が……一体、何を……されたん、すか……」


 そこには、と、穴だらけになり全身から血を垂れ流す蘭乱馬茸の姿があった。


「な、何で……嘘だろッ!?」


「り、リーダー……防御は……無駄、っす……」


 最後の言葉を言い残し、蘭乱馬茸はバタリと倒れ、ただの粒子と化した。


「クソ……クソが、クソどもがッ!!」


 俺は槍を構え、何故かバラバラになって浮遊している骨を睨みつけた。その骨の群れの中に頭蓋骨は無く、ただ鋭利な骨のパーツだけがそこに浮いていた。


「ゴブリンアサシン・スケルトン……? お前、どこがゴブリンで、どこがスケルトンなんだよッ!!」


 ゴブリンというには余りにも原型が無く、スケルトンというには余りにもバラバラ過ぎた。俺は思わず解析スキャンの結果を疑ったが、下の方に表記された文字を見て、ため息とともに納得した。


「テメエもネクロの従魔か……つか、頭蓋骨がねえのにどうやってこいつ倒せば良いんだ?」


 頭蓋を砕くまで死なない、擬似的な不死の存在が……その弱点を消し去り、完全な不死の怪物として俺の前に現れた。


「クソッ、駄目だ。テメエの相手はしてやらねぇ!」


 そう言って俺が背を向けて走り出すと、そのエフィンとかいう骨の群れは、浮遊したまま俺を追いかけた。


「はッ、その程度の速度で追いつけると思うなよッ!」


 そう、俺が笑みを浮かべて言った瞬間……骨達はカタカタと音を立てながら集合し、一つの形を取った。


「なッ……元に、戻りやがった?」


 地面からあっさりと出てきた頭蓋骨は、あるべき場所へと戻り、バラバラだった骨の群れにより、完全なゴブリンの形が再現された。


 カタ、カタカタ。


 骨が音を鳴らすと、ゴブリン・スケルトンに戻ったエフィンの姿が掻き消えた。


「なッ、一体どこに……」


 気配察知に集中し、奴の居場所を探すが、どこにも見つからない。


「クソッ、どこに消えやがッ!?」


 ズサリ、俺の背中は奴が持っている小刀によって簡単に斬り裂かれていた。


「死ね、人間……」


「ぐッ、ぐはァ!?」


 何故、喋れる。それを言う暇すら与えられず、俺はただ滅茶苦茶に斬り刻まれていく。本来なら攻撃を弾くはずの強風の鎧も、まるで空間の裏側に呑み込まれるように掻き消えて効果を発揮しなかった。


「俺は、人間に恨みがある、んだ。特に、お前のような……次元の旅人に、は」


 ゴブリンのスケルトンが手を翳すと、俺の目の前の空間がぐにゃりと歪み、広がったように感じた。そして、そのスケルトンは俺を掴むと、膝を突いていた俺を強制的に立ち上がらせて、その歪んだ空間の中に入らせた。


「潰れ、ろ……潰れて、歪んで……歪みの中で、無様に、死ね」


 瞬間、空間が歪む……いや、歪んでいた空間が元に戻っていく。身体中に異変が巻き起こり、HPが一瞬でゼロに近付いていく。

 最後の瞬間、俺が耳にしたのは……自分の体がグチャグチャになって潰れる音だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る