疲労の対価

 あれから十数分、僕らが落ちた大広間にはすっかり死体で溢れていた。因みに、僕は疲労と魔力消費を理由に落ちてから五分もする頃には覚醒アウェイク状態を解除していた。

 しかし、大広間に繋がる三つの出入り口からはまだまだ敵が溢れ出てきているので戦闘は終わった訳ではない。


「んー、みんな。ちょっと敵を入り口付近で抑えといてね」


 僕が言うと、従魔達はそれぞれ三つの出入り口に分かれていき、そこで敵を抑え始めた。


「さてさて、お待ちかねの死霊術タイムだね」


 僕は周りから聞こえる戦闘音から意識を逸らし、この部屋に溢れる死体達に意識を集中することにした。


「早速やろうと思ったけど……先に仕分けようかな」


 今回は前みたいにタイムリミットがある訳でもないので、ゾンビ化出来そうな死体と出来なそうな死体、それとそもそも原型を留めてない死体に分けて行こうかな。


多重召喚マルチプルサモン・ゾンビ」


 僕の周囲から続々とゾンビが湧き出し、指示を仰ぐように僕の方を見る。ネクロマンサーでは無い僕は今の多重召喚マルチプルサモンでそこそこのMPを消費したが、ポーションは十分に持っているので大丈夫だろう。


「じゃあ、指示を出すよ。君達二人はそこに重なってる死体達を……」


 僕はテキパキと指示を出し、欠損度を基準に死体を分けていった。




 約十分後、僕の前には三つのグループに分けられた死体達が山のように積み重なっていた。その前には十二体のゾンビが惚けた顔で立っている。


「さて、と……『円環の理に未だ導かれぬ者達よ、路傍の石にも劣る凡情にして陳腐な死体共よ。死を以って偽りの生を取り戻せ。蘇生擬きネクロマンス・ゾンビ』


 範囲蘇生用の魔術が起動し、広間の左側に集められていたゴブリンの死体達が蠢きだす。それらは起き上がると、鈍い鳴き声を上げた。


「うんうん、九割くらい蘇生できたね」


 残りの一割は残念ながらもう使えないので放置だ。


「次は……『円環の理に未だ導かれぬ者達よ、路傍の石にも劣る凡情にして陳腐な死体共よ。死を以って偽りの生を取り戻せ。蘇生擬きネクロマンス・スケルトン』


 すると、今度は中央に集められていた欠損の激しい死体達が蠢き始め……ゆっくりと起き上がった。しかし、彼らはゾンビとは違い……少し動くだけで、ずるりと皮が剥けて骨だけになった。


「こっちは全員成功か……まぁ、難易度は低めだからね」


 実際、スケルトンというのは大抵ゾンビよりも弱いので、求められる条件も緩く、アンデッド化も簡単に成功することが多い。


「よし、次で最後かな……」


 僕は体を右側に集められた殆ど原型を留めていない死体達に向けた。と同時に、インベントリから青い液体に入ったビンを取り出し、グビッと飲み干した。マナポーションである。


『円環の理に未だ導かれぬ者達よ、路傍の石にも劣る凡情にして陳腐な死体共よ。死を以って偽りの生を取り戻せ。蘇生擬きネクロマンス・ウィスプ』


 フルフルと原型の残っていない死体達が震え出し、そこから青白い光が溢れ始める。


「……へぇ、こうなるんだね」


 すると、青白い光達はゆっくりと死体の中から抜け出してふよふよと空中に漂い始めた。青白く光り、火の玉のように朧に揺れるそれは、まるで鬼火のようだった。


「ゾンビが四十、スケルトンが二十八、ウィスプが十二、かな」


 新しい配下、ウィスプ。ふよふよと漂う鬼火。


「えっと、説明は……」


 ふむふむ……ゴースト系モンスターの代表格。光属性の霊体なのでアンデッドの癖に光属性攻撃をほぼ無効化する。あと、ゴースト系だから物理攻撃は一切効かないけど、触れられると火傷を負ったり、恐怖に駆られたりする。


「へぇ、物理も光も効かないのは強いね」


 おっと、まだあるね……物理攻撃は出来ないけど火と光の属性魔術を得意とする。また、魂を元に作られているので基本的に召喚はできない。稀にウィスプ同士で融合することがある。


「なるほどね。魔術特化型にするべきかな?」


 僕はうんうんと頷き、少しワクワクとした気分になってきたが……後ろに数え切れない程の死体がうずたかく積み上がっているのを見て思わずため息を吐いた。




 ♢




 あれから約二時間、結局僕らはこの巣の中にいるゴブリン達をほぼ全滅させ、余さず死霊術をかけた。結果として得られたものは、五百八十体のゾンビと、七百二十体のスケルトン、そして五千を超えるウィスプだった。


 一応、こうなったのには理由がある。勿論、僕たちも最初は丁寧に傷を付けないように工夫して倒していたのだが、途中からキリがないと悟り、何より面倒になったので首を切り落としたり、臓器がぐちゃぐちゃになる程の力で潰したり、魔術で体の殆どを消し飛ばしたり、ゾンビ化が不可能な程に雑に殺し始めたからである。


「……目、チカチカするなぁ」


 そして、僕達の後ろから付いてくるアンデッドの軍勢は殆どをウィスプが占めているので、後ろを振り向くと凄まじい光量の光が僕の目を焼く。

 だけど、しょうがない。これ程大きなゴブリンの巣を滅ぼしたのだから、こうなるのはしょうがないことだ。僕がやったんだから、しょうがない。


「まぁ、でも……次でラストだからね」


 そう、次でラスト。僕の目の前にある部屋でこの巣の制圧は終わるのだ。ゾンビにしたゴブリン曰く、この部屋にはこの巣の頂点である王が待ち構えているらしいが、正直勝ち負けの上での不安は無い。

 ただ、この部屋を制圧すると次はステータス操作の作業が待っているので、それが億劫なのである。


「はぁ……行こうか」


 僕はアンデッドにしたゴブリン達にここで待機するように告げて、この巣の中で唯一木の扉が付けられている部屋に押し入った。


「グッ、グギャッ! グギャグギャッ!!」


「グギャアアアッ!?」


「グッ、グギャ……グギャアアアアアアアッ!!!」


 敵襲だ、とか。遂に来たぞ、とか。王の為に、とか。僕の魔物使いとしての能力で様々な言葉が聞こえてくる。


「じゃあ、皆……やっちゃって」


「はいっ! これでやっと終われるんですねっ!」


「マスター、精神が疲労しています」


 文句を言いながらも襲いかかっていくエトナ達を見て、この巣の終わりを悟った。……と同時に、この後に控える地獄のような作業を思い出し、僕は絶望した。

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