王たちの苦悩
ティグヌス聖国、貴き者が住む塔の中、その最上階にある部屋で二人の男女が話していた。豪華なローブを纏った聖職者のような姿の年老いた男と、金色のラインがいくつも走っている白い服を着た若い女である。
「……そうか。金閃は敗れ、首飾りは失われた。そしてその者は凶悪な魔物を何匹も連れている」
「はい、そのようです」
確認する男の言葉に、女は肯定を返した。
「白禍之剣はどうなった?」
「重傷者多数、死傷者も数名出ています」
その返答に、男はため息を吐いた。
「違う。奴らが我が国の手下であることに気付いた者は居るか、という意味だ」
「いえ、そういった報告は一切ありません」
そうか。と返事を返すと、男はまたため息を吐いた。
「対処の必要がある……うむ、対処の必要があるな……」
譫言のように繰り返した男は、ゆっくりと目を瞑り、そのまま数秒黙っていると……突然目を見開いた。
「────そうだ。その者は以前にルグティアラの第三聖女をゴブリンの巣から助け出したと言っていたな?」
年老いた男は鋭い眼光で女を見た。
「えぇ、その通りです。ペトラ・アウラディウスが敗れる少し前に遭遇したと聞いています」
「そうか、そうか……ならば、決まりだ」
年老いた男は、決意の篭った眼光で陽光の差し込む窓の外を見た。
「その者をこの聖国に招待しろ。名目は第三聖女救出の感謝と、金閃が襲いかかったことに対する謝罪……これで良いだろう」
その言葉に女は少し動揺したようだが、直ぐに頷いた。
「分かりました。……しかし、その男は次元の旅人だと聞いています。そんな相手が素直に招待を受け取るでしょうか?」
「次元の旅人だからこそ、受け取るはずだ。奴らは自分の命の危険など考えていない阿呆どもだ。興味本位で招待を受けるに違いないだろう」
女は納得したように深く頷くと、再度口を開いた。
「では、もし招待に応じたとして……如何しましょう」
女の問いを聞くと、男は目を瞑り、代わりに口を開いた。
「取り込めそうであれば、取り込め。そうでなければ……
男が目を開けながら言い終えると、女は恭しく跪いた。
「はっ、了解致しました。それでは失礼致します、
女は踵を返すと、丁寧に礼をしてから部屋を出ていった。
「……全く以って下らぬ。神にも近しいと崇められるこの我こそ、ただ祈ることしか出来ぬ爺に過ぎんと言うのにな」
深く吐き出された老人のため息は、閉ざされた窓に阻まれた。
♦︎
華美な装飾も窓も無い質素な部屋の中、男はペンを握り、机の上に散らばった紙を睨んでいた。
「入れ」
男の短い言葉に、まだノックすらしていなかった兵士が慌てて扉を開けて入ると、直ぐに跪いた。
「し、失礼しますッ! 報告ッ、先日の闘技大会にて────」
急いで喋ろうとした兵士だが、それを男は制した。
「扉を閉めてから話せ」
「は、はいッ! 失礼致しましたッ!」
緊張した様子で兵士は扉を丁寧に閉めた。
「ほ、報告します……先日、首飾りの奪取のために送り出された兵たちですが……首飾りの奪取に失敗。命はありますが、フェルナンド様は例の優勝者に敗北ッ、他の兵士も奪取には失敗し、帰還石を持たされていない兵に関しては全滅致しましたッ!!」
だらだらと汗を垂らす兵士は俯き、男と視線を合わせないようにしている。
「そう、か。フェルナンドが負けた……か」
言いながら男が拳を強く握ると……バギッ、という音と共にペンが折れた。
「ひっ……そ、それでは失礼しますッ!」
兵士は立ち上がり敬礼をすると、いそいそと部屋を出て行った。
「はぁ……新しいペンはあったか? いや、それよりも……しょうがない。リジェルラインに頼むしか無いか。しかし、フェルナンドが負けたとなればリジェルラインだけでは足りないな」
男は折れたペンを机の下のゴミ箱に放棄し、新しいペンを引き出しから取り出した。
「最良はグズマニアだが、奴は別の任務があるからな……」
適当な紙にすらすらと新しいペンで文字を書き、インクの出を確かめるとその紙をまたゴミ箱に捨てた。
「────ディネルフ。『凍獄』のディネルフにも行かせるとしよう」
十傑が二人もいれば問題は無いだろう。と、男は小さな声で呟いた。
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