光輝を追う者たち

 ♦︎……フミ視点




 この状況……どうしましょうね。


「どうした、逃げないのか?」


 フェルナンドは余裕そうに言うが、逃亡は難しい。


 現在、私とフェルナンドの周りにはマグマの壁がせり上がり、な直径十メートル程のマグマの檻が出来上がっているからだ。

 しかし、そんなマグマの檻だが、一つだけ活路がある。それはだ。マグマの檻に天井は無く、檻の中からは未だに青空を眺めることが可能なのだ。


「……やるしか、ないですよね」


 私は覚悟を決め、片手に持ったカメラをフェルナンドに向けた。


「貴様、何を……ッ!」


 パシャリ、音が響くと共に至近距離ならば失明するレベルのフラッシュが焚かれた。


「ぐッ……逃がさんッ」


 煉獄の名を冠するフェルナンドは私に向かって手を伸ばした。

 彼のことは何度か動画で見たことがある。命知らずのプレイヤー達数十人が帝国に突然襲撃を仕掛けたのだ。彼らはとても賢いとは言えないが、それのお陰で攻撃の手法や技はある程度知ることができている。


「熔けろ」


「飛んでッ!」


 フェルナンドの掌から放たれるマグマの球体。それを予想していた私は靴の力で飛び上がって回避し、背中から生やした黒い翼をゆっくりと羽ばたかせてその場に滞空した。


「あぁ、そうか。……忌々しい亜人め」


 そう。私は亜人。鳥の獣人。その中でも鴉の力を持つ獣人だ。

 そんな私は黒い翼に加え、普通の人間の五倍の視力を持っている。ステータスはAGIにプラス補正がかかるが、STRとVITにマイナス補正がかかるので前衛でゴリゴリ戦いたい人には不向きな種族である。


「貴様、安心しているな?」


 マグマの檻の中から、滞空している私に言葉が投げかけられる。

 確かに、私のテリトリーである空まで逃げて安心していたのは事実だ。しかし、彼の言葉に不安を感じた私は黒い翼を羽ばたかせ、直ぐにこの場を離れようとした。


「残念だが、遊びは終わりだ」


 フェルナンドがそう口にした瞬間、彼を囲んでいたマグマの壁がざわりと蠢き、空中に浮かんでいる私に向かって飛来し始めた。


「我が『煉獄』は文字通り煉獄を操る権能。既にあるマグマを動かすことなど、他愛無きことだ」


「ま、マズッ、焼けちゃうッ!」


 私は思わず悲鳴を上げてしまうが、飛来するマグマをかわしながら何とか離れようとする。


「言っただろう。遊びは終わりだ、と」


 チラリと一瞬だけ声がした方を見た。そこには、掌から紅蓮の槍を射出しているフェルナンドの姿があった。


「……ぁ」


 紅蓮に輝くマグマの槍が私の片翼を貫き、ドロドロに溶かした。


「あ、堕ちッ、堕ちるッ!」


 呆然と翼が灼ける様を見ていた私は直ぐに我に帰り、墜落していく自分に気付いた。


「ば、バランスを、保たないとッ!」


 私は何とか片翼で調整し、滑空するようにフェルナンドから離れながら地面に落ちていった。


「よいしょ、っと……ふぅ、今のは流石に危なかったですね〜」


 私は普段の調子を戻そうと努力しながら、フェルナンドを探す。


「さて、フェルナンドさんは……」


 混沌たる戦場、不法なる者で溢れたアリーナ。その有様をアリーナに足をつけた当事者の目線で見た私は思わずカメラを構え、フラッシュを通常モードに戻して写真を撮った。


「ここも中々良いですね……ん?」


 独り言を思わず呟いていた私は、背後から迫る熱気に気付いた。


「気付くのが遅かったな、亜人」


「不味いッ! あ、熱ッ!?」


 後ろに立っていたのは予想通り、フェルナンドだった。例の首飾りを片手に握り、尋常じゃない熱気を帯びながら近寄ってくるその男は、私の足元を既にマグマで溶かしていた。ギリギリで右足は上げることが出来たが、左足はマグマに沈んでしまう。

 ジュゥゥ……嫌な音を立てながら私の左足が溶けていく。幸い、魔道具である靴は無事だし、一定以上の熱さは遮断されるので苦痛は無いが……不味い。



「────では、熔けよ」



 フェルナンドが私に手を伸ばす。既に射程圏内。左足はマグマに沈み、動けない。故に、躱せない。

 完全に、終わった。そう私が絶望し、せめて今生で最後の一枚をカメラに収めようとした瞬間だった。



「────クフフフ、首飾りと最高級の魂が並んでいるとは……クフッ、天からの贈り物でしょうかねぇ? クフフフッ」



 不気味な笑い声、その後に続く言葉まで、死んだはずの私の耳に入ってきていた。


「あぁ、貴女は……どっちでしょうかねぇ? まぁ、前菜(オードブル)として頂くのも悪くありませんが……魂はそこまで穢れていませんし、念の為にやめておきましょうか」


 目を開くと、そこには執事服の男。そして、闇よりも暗い壁が私を守るように現れていた。

 この執事服……確か、今大会の優勝者でもあるネクロの影に潜んでいた人だ。


「なんだ、貴様は……いや、報告にあったな。例の魔物使いの配下か」


 暗黒の壁が消え去り、その向こうからこちらを睨むフェルナンドは警戒するように片手で剣を構えた。


「さぁて、どうでしょうねぇ? しかし、ここで高名な帝国十傑と……しかも、その中でも凶悪と名高い煉獄と相見えることになるとは……クフフッ、最高です。そうでしょう、ネロ?」


「ネロ? 一体、誰の話をして……ッ!!!」


 執事服が言った瞬間、フェルナンドの背後の空間が捻じ曲がり、そこから人に似た姿のゴブリンが現れた。


「クキャ」


 フェルナンドは急いで振り返りながらマグマを地面から噴き出させ、壁を作り出すが、ゴブリンの蒼く輝く剣はマグマを触れた瞬間に消し去りながらフェルナンドの背中を削り取った。


「ぐッ、貴様……だが、良い。褒めてやろう。この我に傷を付けられた者は久しく居なかったからな」


 フェルナンドがくつくつと笑うと、ゴブリンは再度振るおうとした剣を戻し、一瞬で姿を消した。


「クキャ、クキャキャ。クキャキャキャ……」


「えぇ、分かっています。私たちの目的は飽くまで首飾りです。えぇ、私たちの目的は」


 余裕そうな執事服と、警戒するように剣を構えているゴブリン。そして、ブクブクと泡立つマグマを傷跡から溢れさせる煉獄の騎士。

 この奇妙すぎる構図に、私は思わずカメラを構えた。

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