赤き煌めき。

 アリーナを圧迫していた威圧感が薄まり、代わりに紅蓮の火球が僕に迫ってくる。


『なッ、アンタ馬鹿なの?!』


 レンの顔をしたエリが裏返った声で叫ぶ。いや、エリだけじゃない。観客も実況も解説も、悲鳴とも歓声とも取れる声をあげている。


 だけど、彼らが予想している通りの結末にはならない。



「────短距離転移ショート・テレポーテーション



 瞬間、僕の視界が入れ替わり、温度が一気に低くなる。それと同時にさっきまで僕が居た場所にあの火球が着弾し、凄まじい音を立てて火炎を撒き散らしながらアリーナの一部を蒸発させた。


『おーっと、これは!? ネクロの従魔達が姿を消し、完全に火球が着弾してしまいましたッ!』


 久し振りにまともに耳に入ってきた実況の声。それは、きっと僕が冷静になっているからだろう。そんな僕は今、さっきまで居た場所の反対側、アリーナの端っこからエリを見上げている。

 と、転移から数秒が経った辺りでザワザワと会場が騒めき出す。


『……ふん。従魔を庇ったってところかしら?』


 つまらなそうに言うエリ。だけど、その答え合わせをするのは僕じゃない。



「グォオオオオオオオッ!!!」



 腹の底まで響くような重低音の叫び声。その正体は当然、僕らのロアだ。


『痛いッ!! なッ、なんでッ!? なんで勝手に従魔が……違うッ、生きてる!?』


 ロアからモロに一撃を受けてしまい、片翼を破壊されて悲鳴を上げたエリはよろよろと漂いながらゆっくり地面に落ちていく。


「あはは、勿論生きてるよ。流石に危なかったけどね?」


 僕は言いながら、残りの二体も呼び出した。


『危ないって、そう言うレベルじゃ……痛いッ!』


 地面に墜落し、深いダメージを受けている肩を抑えたエリは僕をキッと睨みつけている。


『くッ……今直ぐ本来の姿に戻ってアンタら全員燃やし尽くしても良いのよッ!!』


「ん? それは出来ないんでしょ? 自分で言ってたよね、これを使ったら力の殆どを使い果たすって。そんな状態で竜に戻っても、僕のグランにさえ勝てないと思うけどね」


 何より、ここまで時間が経っても元に戻らないのが何よりの証拠だ。


『うぅ……許さないッ、絶対に許さないんだからッ!!』


 エリはそう言うとガクッと首の力が抜けて倒れた。すると、その体から竜人としての力が失われていき、元のレンの姿に戻った。そして、元に戻ると直ぐにレンは起き上がり、ため息を吐いた。


「はぁ……本当にすまん」


「いやいや、別にいいよ。不正をされた訳でも無いしね」


 実際、彼女は主であるレンとの約束を破っただけで、それ以外に悪いことは一切していない。


「それは、そうだが……そうか。分かった、ありがとう」


 レンは納得のいかないような表情をしていたが、特に反論の余地も浮かばなかったのか、無理やり納得したように返事をした。


「それで、ネクロ。さっきのはどうやったんだ? まさか、ずっと転移魔術を隠していたのか?」


「あはは、転移魔術ってことまではバレてるんだね」


 正解だ。確かに僕は100SPで転移魔術を取得した。得た技は短距離転移ショート・テレポーテーションで、効果は名前通りだ。

 さて、取り敢えず疑問に答えてあげようか。


「僕はね、自分のことを臆病で慎重な性格だと思ってるんだ」


 僕はそう語りながら、SPがごっそり減ったステータスを眺める。


「だからさ、さっきみたいな緊急事態が起きた時に使えるように、常にSPを100は残すことにしてるんだ。つまり……さっきの転移魔術は、仕方なくあの場で取得したってことだね」


 僕が言うと、レンは呆然とした様子で僕を見た。


「……スキルポイントを戦闘中に使うなんて、考えたことも無かったな」


 レンはため息を吐くと、ボロボロの体で双剣を構えた。


「『炎神の加護ブレス・オブ・ユーティス剣神の加護ブレス・オブ・ディアルブ光神の加護ブレス・オブ・ラズール覚醒アウェイク』」


 炎が、光が、オーラが、疲れ切ったレンの体を包み込む。止めることは出来ただろうけど、僕は敢えて止めなかった。臆病で慎重な性格とはどこへ行ったのか。


「さて、最後の舞だ。最後くらいは……楽しもう」


「……体、相当だるいでしょ? あの後調べたんだけど、覚醒アウェイクって結構体に負担かかるんだってね。本当に良くやるよね君も」


 僕は賞賛を含んだ文句を言いながらも笑っていた。


「まぁ、そこまで言うなら……やろうか」


 向こうは疲労困憊している上にMPもHPもボロボロ、こっちは万全とは言えないにしてもHPもMPも僕以外は殆どフルの状態。

 正直、結果は見えているがそれでもやりたいと言うのなら……受けて立とう。


「あぁ、頼む。……行くぞッ」


 レンは呼吸を整えると、様々なエフェクトを纏った双剣を構えて飛び出した。





 数分後、そこにはボロボロな姿で膝を突くレンと、胸に白い剣が突き刺さっている僕の姿があった。


「ハァ、ハァ……届い、た。届いた、ぞ……ネクロ……」


 確認するように何度も言うレンは、正に虫の息だ。


「うん、そうだね。良く皆の攻撃を掻い潜って僕に傷を付けられたよ」


 しかし、剣が突き刺さっていると言ってもその度合いはかなり浅く、刺さっているのは先端だけで、レンが柄から手を離せば直ぐに刃は抜けて、地面に転がってしまうだろう。

 更に言えば、膝を突いているレンにはアースが作り出した無数の鉄の腕が絡み付いている。


「そう、か……ハハッ……俺は、結局負けたんだな……」


 余裕そうな僕の声にレンは気付き、自嘲気味に笑った。


「ネクロ、最後の頼みだが……俺は、剣で殺してくれ」


「うん、そのくらいなら……良いよ」


 僕は腰の鞘から猛り喰らうものフュリアス・イーターを抜き、その赤い刃でレンの首をあっさりと刎ねた。

 すると、粘っこく血が滴るようなエフェクトの後に猛り喰らうものフュリアス・イーターは鮮烈に赤く光った。恐らく、自己進化セルフエヴォルブが発動したのだろう。


『か、勝ったのは……勝者はッ、優勝者はッ! 異界の魔王・ネクロですッ!!!』


 勝利を誇るような刃の赤い光と共に、空を割らんばかりの歓声が響いた。

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