紅蓮と魔王

 竜の要素を色濃く引き継ぎ、体の節々から炎を噴き出させているレンは空中に舞い上がると、紅蓮の炎を巻き上げてこちらに飛び込んできた。


「グランッ!」


「グオオオッ!」


 僕が名を呼ぶと、グランは咆哮を上げながら飛び込んでくるレンの前に立ちはだかる。僕はそれと同時に防御系のバフを急いでグランにかける。


「『竜炎翔撃ドラゴフレア・ストライク」』


 双剣をクロスしたまま滑空するレンは、炎を更に噴き出し、身体中を炎に包んで火球そのものと化し、猛スピードでグランに突っ込んでいく。


「グオオオオッ!」


 対するグランは体全体を結晶化させ、レンの突撃に備える。


「『吹き飛べッ!!!」』


「グオオオッ!!!」


 赤と赤がぶつかり合い、凄まじい爆発音と共に爆炎が舞う。この規模の爆発……恐らく、グランがレンの接触と同時に体の一部を爆発させたのだろう。

 少し離れた僕にまで伝わってくる熱気に僕は眉を顰めながらも目を凝らして警戒する。


「『エリ程ではないとは言え、炎耐性には自信があったんだが……流石にこの威力の爆発は食らっちゃうみたいね」』


「グ、グオオ……」


 炎が消えた後に残されていたのは、胸辺りの結晶がひび割れて大きな窪みが出来てしまったグランと、鱗が傷だらけになり、鱗の無い部分からは血が流れているレン。


 お互いダメージは受けているようだが、空中をまだ余裕そうに舞っているレンと膝を突いているグランとを比べると、受けたダメージの差は歴然だろう。何はともあれ、グランを回復させようか。


「『絆よ、魂よ、繋がれ。生を魔で以って分かち、癒えよ。絆魂ハンコン』」


 僕が呪文を唱えると、僕とグランの間に繋がった白い線が一瞬だけ可視化された。これは僕の職業スキルの力の一つ、『絆魂・中』だ。この線が繋がっている間、僕達はお互いにMPでHPを、HPでMPを回復することが出来る。

 だが、これは今のところ二本までしか繋ぐことが出来ない。なのでもう一本は前衛のロアに繋いでおくことにしよう。


「グ、オオオオオオ……ッ! グオオオオッ!!」


 癒えていく傷に目を見開きながらも立ち上がったグランは、大きな咆哮を上げた。


 それと、僕がこれを唱えている間はなんとかアースとロアで耐えてくれていたようだ。しかし、ロアは体の至る所に火傷と切り傷が出来ている。切り傷は癒え始めているが、火傷は治る気配が無い。


「ロア、大丈夫だよ」


 僕はその様子に冷や汗を垂らしながらも、魔力を消費し、ロアに不可視の白い線を通じて癒しの力を注いでいく。すると、忽ちロアの火傷と切り傷は塞がり、いつもの姿に戻った。

 因みに、これは光属性とか聖属性とかが関わってくる回復では無いのでアンデッドのロアでもダメージを受けない。


「『……やっぱり、厄介だな。お前ら全員……一人残らず、厄介だ」』


 ゆっくりと羽ばたきながら滞空しているレンは、その縦に開いた瞳孔で僕たちを睨むと、更に上へと舞い上がっていった。


「グオオオオッ!」


「グォオオオオッ!」


「キュウウウウッ!」


 赤い結晶、氷の槍、落石と三つの攻撃が同時に襲うが、レンは軽々とそれらを回避し、双剣を鞘に直して片手を突き出した。


「『鬱陶しいわねッ、全員纏めて消してあげ……なによッ」』


「『やめろ、それはダメだ。それじゃ、お前が直接出るのと変わらない。落ち着け、エリ。お前はその癇癪を治すと決めただろう」』


 だが、その手は躊躇うようにプルプルと震えている。実際に彼の中では二つの意識が争っているように見える。


『ふん、主を守る為なら別に良いじゃない。それに、これで私の力は殆ど使い果たしちゃうし……良いハンデだと思うけど?』


「ダメだッ、やめろッ! エリッ!!」


 赤い鱗が彼の体全体を蝕むように覆い、炎が勢いを増していく。完全に意識は離れてしまったようだ。しかし、どうやら体の支配権はエリにあるらしい。



『────アハハッ』



笑い声が、響いた。


『アッハッハッ! レンの邪魔をする奴はみんな、燃えて消えなさいッ! 焼灼煉華ショウシャクレンカッ!!』


 レンの手の平辺りに蓮華の花のような形をした、直径十メートル程の赤い魔法陣が花開いた。


「防御だッ!」


 あそこまで行けばもう妨害は間に合わない。となれば僕らに出来るのは耐えることのみだ。そして、僕の指示を聞いた仲間達は一斉に防御を固め始める。

 鉄の壁が現れ、その後ろに炎耐性を持つグランが僕らを守るように立ち、その後ろにアース、さらに後ろにロアが僕を守るように立っている。


『燃えて焼けて焦げて、死になさいッ!』


 捲し立てるような声はエリのものだ。それと同時に僕たちの遥か上から放たれたのは、魔法陣の大きさに見合わない小さな小さな、種のような大きさの火だった。だが、そこから放たれる熱量はまるで太陽を思わせる程だ。


「キュウウウウッ!」


 それが僕らに届く前に、アースが更に鉄の壁を生み出した。僕もグランに意識を集中させ、常に絆魂で魔力を送り込み続ける。


『咲けッ!!!』


 小さな小さな灯火が、壁に近付いていく。それは、ゆらりと揺らめき、光が増し、そして次第に熱気が溢れ出し……紅蓮の花が、咲いた。



 最初は光だった。それが壁の向こう側にいるはずの僕らの目を焼いた。僕らは直ぐに理解した。二重の鉄壁は一瞬で溶けて消えたのだと。

 そして、眩しい光が消えて後に見えたのは、花弁のようなものを全体に生やした燃え盛る紅蓮の火球が、直径二十メートルはある巨大な球体が、小さな太陽がグランのクロスされた腕と鬩ぎ合っていた。



「グ、オ、オオオオオオオオオオッ!!!」


「グランッッ!!!」


 グランの魂の叫び、それに応えるように僕は必死に魔力を注ぎ込む。後先は考えない。今生き残ることが全てだ。


「ロア、借りるよッ!!」


「グォオオオオッ!」


 幸い、あの太陽を思わせるような巨大火球は、現状グランが止めている。少なくとも、後ろにいる僕らにはサウナ以上の熱気が伝わってくるだけだ。


「かんが、えろッ!」


 喉が焼ける、視界が眩む。しかし、痛覚をオンにしたことを恨んでいる暇はない。あの火球の勢いは少しずつ衰え、小さくなっているようだが、グランのHPが削れる方が早い。


 どうにか、しなければ。どう、にか。


『アッハッハッ、無駄よ無駄ッ! その様子じゃ耐えられそうに無いわねッ!!』


 彼女は狂ったように笑っている。最初にあったはずの理性は消え去ってしまったようだ。そして、僕のMPは半分を下回り、僕のMPに還元する為のロアのHPも半分を下回っている。アースに絆魂の線を付け替えている暇は無い。


「……そう、だ」


 防ぐ必要なんて無い。ただ、避けるだけで良い。

 僕はスキルショップを開き、100SPでとある魔術を取得する。


『アッハッハッ、燃えてッ、焼けてッ、焦げなさいッ!!』


 だけど、その魔術を使う前にやるべきことが一つある。




「────従魔空間テイムド・ハウス




 その瞬間、全ての従魔がアリーナから消えた。

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