散る木片、咲く血の花。

『悠々と構えるレンに駆け出していくのは乱破ですッ!』


 実況が言い終えると同時に乱破はレンの眼前まで到達していた。


双衛クロスガ……ッ」


 双剣をクロスし、乱破の攻撃に備えようとしたレンだったが、拳を振り上げていた乱破は目の前から突如姿を消してしまった。

 しかし、観客である僕らからは見えている。レンの背後に恐らく瞬歩ステップで移動し、そこから振り向きもせずに宙返りをしながら大きく舞い上がる乱破の姿が。


「……居ない?」


 後ろを振り向きながら剣を振るうレンだが、そこに乱破はおらず、左右を一瞥ずつ確認してから足元で大きくなっていく影に気付き、上を見た。


「なッ、マズいッ!」


 そして、漸くレンは自分に迫る危機に気付いた。頭上から降り注ぐのは木の葉。ただの葉っぱだ。しかし、それと同時に吹き荒れる強風により、それが落ちる速度は自然のものではなくなっている。

 もっと詳しく言うなら、ただの木の葉から空気を切り裂くような音がビュンビュンと聞こえている。あの葉っぱに当たれば、重装備をしていないレンの肌は容易く切り裂かれるだろう。


「混合忍法、緑風扇の術ッ!」


瞬歩ステップ……ッ!? 体が、動かないッ」


 落ちていく翠緑の嵐にレンは急いで回避しようとする。が、体はその場から動かない。原因は恐らく、レンの影に突き刺さっている漆黒の苦無クナイだろう。しかし、残念ながらそれを除去する為の時間は残っていない。


「くッ、火炎放射フレイムスロアーッ!」


 空気を斬り裂きながら迫る緑刃の嵐に、レンは手を上に向けてそこから文字通りの火炎放射を放ち始めた。手の上に浮かんだ魔法陣から十メートル程は伸びている火炎放射は順調に木の葉の嵐を焼き尽くしていくが、この技の特性上レンは動くことが出来ない。


「隙ありだぜッ!!」


「ぐはァ!?」


 当然、視界の端から現れた乱破に全力で殴られることになる。腹部を殴打されたレンは、アリーナの端まで吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 彼をその場に固定していたと思われる苦無は地面から勢い良く吹き飛び、宙を舞っている。


「おっと、道具は大切にしなくちゃな。……さて、レン。これで終わりじゃねえんだろ?」


 落下する苦無をキャッチした乱破は、睨むように、しかし口角を上げながらレンを見た。


「……おい、レン?」


 しかし、土煙の上がるアリーナの壁際からは誰も出てこない。


「死んだのか……いや、まさかッ!?」


 気付いた時にはもう遅い。レンの直撃した壁辺りから、土煙を超えて光と熱気、銀色のオーラが溢れ出ている。


「生きて、やがる……それもッ」


 覚醒してやがる。乱破がそう続ける寸前で爆発するように炎が舞い上がり、土煙は吹き飛んだ。すると、陽炎の中からレンの姿が浮き上がってくる。


「……当たり、前だ」


 アリーナの端。壁際から血を吐きながらも起き上がったレンは、双剣を構え、乱破を睨む。


「覚醒のチャンスを与えたのは、お前自身だ」


「ハハハッ、その通りだな……ハァ、クソ。頭からは優勝してこいって言われたんだが……やっぱ、強え奴と戦いたい欲が出ちまったのかもな? ハハハッ!」


 豪快に笑う乱破に、尋常ならざる気配を発している覚醒したレンは呆れたように溜め息を吐く。


「何でもいいが……始めるぞ」


「押忍ッ!!!」


 さっきまでとは比べ物にならない速度で炎と光の軌跡を残しながら乱破に迫るレンは、銀色に輝く二つの剣を同時に振り下ろした。


「……身代わりか。タネが分からないな」


 しかし、そこから乱破の姿は搔き消え、代わりに木片が砕け散っているだけだった。


「ハハハッ、教えねえよ?」


 と思えば、レンの背後から乱破が現れ、その拳を振り下ろしていた。


「いや、大体の想像は付いている。最初に不意を突いてお前に傷を付けた時はこの術は発動しなかった。だから、これは恐らくカウンター系の技だろう。そして、基本的にお前は回避主体で立ち回っていた。だから、出来るだけこの技を使いたくない理由があった。……多分だが、その術は何かを代償にしている。カウンター後にお前は瞬間移動か透明化をしているだろう? だから、かなりコストの重い技のはずなんだ」


 だが、拳は容易く回避され、代わりに剣を叩き込まれる。


「くッ、あっぶねえな……しかも、ジリ貧かよ」


 乱破の姿は消え、砕け散った木片が現れ、またもやレンの背後から乱破が現れた。しかし、彼の額からは冷や汗が垂れている。


「どっちも、か? カウンターの発動時に瞬間移動。その後の僅かな時間だけ透明になれる……と言ったところか」


 言いながら、レンは分かっていたかのように振り向きながら背後の乱破に斬りかかる。


「チッ、また使っちまった……あぁ、クソ。忍者ってのはタネがバレちまえば雑魚だってのに」


 悪態をつきながら乱破はレンから距離を取る。


「外傷は無い。が、その様子……コストはHPか?」


 考察するように言ったレンが何かを呟くと、片方の剣の銀色の輝きが強まっていき、レンの体から光を吸収するようにして銀の輝きは銀の光となり、大きくなっていく。

 数秒も経つ頃には、レンの右手の剣は十メートル以上もある銀光の刃に変わっていた。


「『炎よ』」


 レンの体から噴き上がる炎が勢いを増し、鞭のように形を変えて乱破に迫る。その数、およそ二十本だ。


「身代わりッ、身代わりッ、身代わりッ、クソッ!! 逃げらんねぇッ!」


 炎の鞭を回避し、回避し……身代わりで防ぎ、防ぎ……そして漸く限界を迎えた乱破に巨大な銀の光でできた剣が襲いかかる。


「身代わりッ……ぐッ、がはッ!」


 身代わりの術でそれを回避するが……数秒後現れた乱破は身体中に裂傷のようなものができ、そこかしこから血が噴き出し、口からも血を吐いていた。


「くッ、そ……体が、まともに動か、ねぇ……」


 乱破は膝を突き、苦しそうに嗚咽を漏らす。


「……やはり、代償は重かったか。今、楽にする」


 いつの間にか覚醒が解けていたレンは、乱破に歩いて近付き、燃え盛る剣を首筋に沿って、一閃した。しかし、その場に乱破の姿は無い。


「ッ!? まだ余力があるのかッ」


 砕け散る木片。背後から現れた乱破は血だらけになりながらも手刀でレンの腹部を貫いていた。


「ねぇ、よ……ただ、最後に……一矢、報いたかった……だけ、だ……」


 バタリ。乱破は倒れ、粒子と化し、今度こそ完全に勝者が決定した。


『乱破が倒れましたッ!! 準決勝ッ、勝利を手にしたのはッ、レン選手ですッ!!!』

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