vs ダーク・ジャスティス

 扉の外からは凄まじい喧騒が伝わってくる。僕は今日の試合……準々決勝のトップバッターを飾る選手ということになっている。


「ネクロ様。お願いします」


 僕は頷き、スタッフが開けた扉の向こう側へと歩いていく。


『異常な膂力とスピードで相手を瞬殺するオーガッ、その巨体だけで相手を圧倒する真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントッ、巨体に見合わぬ繊細な土魔術で戦局を操作する幼体の土竜アースドラゴンッ、そして、その強力な魔物達を手駒として操る様は正に魔王ッ!! その男の名は……ネクロだッ!!』


 喧しいまでの歓声と拍手の音が響く。僕はなるべく穏やかに笑みを浮かべながらアリーナに入場した。


『続きまして、西門より入場するのはこの男ッ! 雄々しく生えた光の翼ッ、その手に持つは光の剣ッ、撃ち放たれるは光の刃ッ! 炸裂せよッ、討滅せよッ、闇と正義を司るその男の名は……ダーク・ジャスティスだッ!!!』


 西側のゲートから入ってくるのはダーク・ジャスティス、略してダスティスだ。

 銀と赤のオッドアイに黒いメッシュの入った金髪。赤い目は黒のメッシュで覆い隠されている。高身長に秀麗な顔立ちをしたその男は、片手に黄金の剣を握っている。


「ふッ、久方振りだな? あぁ、名前はだったか? 貴様にはピッタリの名前では無いかッ! フハハハハッ!!」


 分かりやすい挑発に僕は溜息を吐きたくなったが、我慢して挨拶を返すことにした。


「うん。久し振りだね、ダスティス」


「なッ、貴様ッ! 我はダスティスではなくダーク・ジャスティスだッ!! 実況の声を聞いていなかったのか?!」


 いや、お前が言うなよ。


「あはは、ごめんね。因みに観客席にはエトナが居るよ」


「ぬぬッ!? 真か貴様ッ! ならば、格好良く貴様を倒してエトナ嬢を我が手に……フハハハハッ!!」


 キモイなぁ。


『おーっと、何やら一人の女を巡って二人は争っているようですね? 差し詰め、闇の魔王対光の勇者と言ったところでしょうか』


 最悪だ。聞こえてたのか。


「いやいや、僕が魔王はまだ分かるけど、こいつが勇者は無いでしょ」


 ビジュアル的にも勇者って言うより神の使徒的な感じだ。


「何? 此奴が魔王だと? はッ、こんな男が魔王などと洒落た存在な訳が無かろうがッ! 他力本願のろくでなしが丁度良いわッ!」


 うるさいなぁ。


『ふふふ、選手達も熱くなってきているようですので、そろそろ試合を始めましょうか。それでは行きます。準々決勝ッ、第一試合目……開始ッ!!』


 瞬間、ダスティスの背に翼が生える。


「先手必勝だ馬鹿者がッ!!」


 飛び上がったダスティスは滑空するように僕の方に突撃してくる。


「残念、遅いね」


 だけど、既にロアの呼び出しは完了している。


「滅びろッ!!!」


 ダスティスの黄金の剣が光り輝き、僕に向かって振り下ろされる。


「グォオオオオオオオッ!!」


 が、ロアの重厚な大斧がその剣をしっかりと受け止めた。


闇光線ダークビーム


「ぐぬぅ!?」


 そしてその合間から僕が放った闇の光線が迸り、ダスティスの肩を貫いた。堪らずダスティスが飛び退いた隙に僕はグランとアースを呼び出す。


「ふむ……やはり一筋縄ではいかなそうであるな。ならば、いつも通りにやるだけよッ!」


 そう言ってダスティスは飛び上がり、光り輝く黄金の剣を天に掲げて何かを囁くと、黄金の剣の光が更に強まり、ダスティスの後ろに大きな光の魔法陣が浮かび上がった。


「『討滅せよッ! 魔崩の光刃クラウ・ソラスッ!』」


 ダスティスが叫ぶと同時にグランの結晶が投擲されるが、魔法陣から放たれた光の刃とぶつかり、凄まじい爆発と共に相殺された。


「フハハハハッ!! 消えよッ、消えよッ、消えよッッ!!!」


 ダスティスの後ろに浮かぶ光の魔法陣は未だ健在であり、そこから無数の光の刃が放たれ始めた。


「アースッ!」


 僕が叫ぶと、その意を汲んだのかアースは僕達の前に大きな鉄壁アイアンウォールを作り出した。


「フハハハハッ! 無駄に決まっておろうがッ!! 鉄の壁など我が魔崩の光刃クラウ・ソラスの前には無駄よッ!!」


 ダスティスの言葉通り、鉄の壁は幾つもの光の刃による爆発であちこちに穴が空き、ボコボコになっている。


「グラン、アース。僕を守りつつロアの支援。ロアはあいつを撹乱」


 僕は速やかに命令を出し、ロアに加速クィックを掛けた。


「グォオオオオオオオッ!!」


「ぬぉ!? 何だこいつはッ!!」


 超大跳躍ハイパージャンプにより凄まじい速度でダスティスの高度まで達したロアは、当然ダスティスに斧を振り下ろす。


「ッ! 邪魔だッ!」


 しかし、ダスティスは黄金の剣を斧にぶち当てるだけでロアの斧を弾いた。


「グォオオオオッ!!」


「なぁッ!? クソッ、鬱陶しいぞ貴様ッ!!」


 だが、それで終わるほどロアも甘く無い。ロアは下に落下しながらも氷魔術の槍を放った。新たに光の刃を放とうとしていたダスティスは慌てて氷の槍を斬り裂く。


「全く鬱陶しいわッ! だが今だッ、喰らえッ! 魔崩の光刃クラウ・ソラスッ!!」


 再び魔法陣から放たれる無数の光の刃。


「グオオオオッ!!」


「キュウウウウッ!!」


 しかし、結晶化したグランとアースの作り出す壁がそれを止める。グランの体も、アースの壁も、少しずつ削れていくが……時間稼ぎは、これで十分だ。


「『顕れろ、暗黒巨腕ダークネス・ギガハンド』」


 僕の右側から現れたのは、邪悪なる闇の巨腕。金色に光る幾何学模様が鎖のように絡みついた大木の如き太さの漆黒の腕だ。

 漆黒の巨大な魔方陣から飛び出しているそれは、当然のように観客達をどよめかせた。


『おーっと、これはッ! 闇魔術でしょうか!?』


『えぇ。闇属性でもありますが、これは暗黒魔術です。闇魔術の上位版ですね』


 そう、これは暗黒魔術だ。強大な闇の力を味方につけた僕は直ぐにダスティスに向かって走り出した。


「みんなッ! 散開してそれぞれ攻撃ッ!! 僕の安全は考えなくて良いよッ!!」


 僕が言うと、グランとアースは僕の前を離れ、ロアも僕の方に視線を向けるのをやめた。


「フハハハハッ、馬鹿がッ!! 自分の守りを疎かにしてどうするッ!」


 ダスティスは豪快に笑いながら黄金の剣を僕に向けた。



「────では、消えよッ!!!」



 ロアが飛び上がり、斧を振りかぶる。グランが鱗を剥ぎ取り、ダスティスに向かって投げつける。アースが鳴き、大きな岩をダスティスの頭上に出現させる。


 だが、それよりも。そのどれよりも早く、無数の光の刃は僕に到達した。


『おーっと、これはッ!? 光と爆発が場内を埋め尽くしていますッ!!』


 凄まじい爆音と光が僕の視覚と聴覚を破壊していく。


『これはッ、これはどうなったんでしょうかッ!?』


 実況の声が場内に鳴り響く。最早、僕には戦況がどうなっているのかすら分からない。



「……流石に、魔道具は買っといて良かったよ」



 だが、一つ確かなことがある。


『い、生きていますッ! 光と土煙の中からネクロが現れましたッ!!』


 それは、あれだけの攻撃を食らっても僕は生きているということだ。


「なッ、生きているだとッ!? ちょッ、ぬわッ!? やめろッ!!」


 声のした方を見ると、ダスティスがロア達に襲いかかられ、必死に逃げているところだった。


「別に、そう不思議なことじゃないよ。暗黒魔術は基本的にただの光よりも強い。そういう性質があるってだけだからね」


 僕が言うと、ダスティスは意味が分からんと叫んでいたが、実況席はそうじゃなかったようだ。


『ウーテさん、これはどういうことでしょうか!?』


『えぇ、単純なことですよ。さっきネクロ選手が言った通り、暗黒魔術には闇魔術と反対の性質があります。それは、光に対して強いという性質です。なので、恐らくあの巨大な腕を使って自分を守っていたのでしょう。そして、その隙に従魔達に攻撃させるという作戦でしょうね。テイマーの本体の脆さを利用した囮戦術では無いでしょうか?』


 うん、そうだね。僕が孤立すれば確実にダスティスは僕を狙うと思ったから、それを利用した。


『なるほど……つまり、暗黒魔術は光を呑み込める程の闇を操れるということですね』


『ハハハ、そうですね。簡単に言えばそれで間違いありません』


 さて、実況席が盛り上がり始めたところ悪いけど……もうそろそろ、終わるみたいだよ。


「ぬぅッ、クソッ! やめろッ、ぐッ、ガハッ!?」


 三体の魔物に群がられ、魔崩の光刃クラウ・ソラスを展開する暇も無いダスティスは、ただ逃げることしか出来ていなかった。しかし、その身にはどんどんと傷が増えていっており……


「グォオオオオオオオッ!!」


「ぐぁあああッ!? ぐぅッ、クソッ! 足がッ!?」


 遂に、ロアの投擲した斧がダスティスの足を刈り取った。こうなって仕舞えば後はもう終わりだ。四肢の一つが無くなり、バランスの崩れたダスティスはまともに飛ぶこともできなくなってしまった。

 今正に、バランスを崩して地面に倒れ込んでしまった。


「やッ、やめッ、やめろぉおおおおおおおッッ!!!」


 ゲームだと言うのに、恐怖に滲んだ表情でダスティスは叫んだ。その原因はダスティスを踏み潰さんと迫るグランだ。


「……グオ」


 グランの巨大な足が、グチャッと音を立ててダスティスを踏み潰した。


『き、決まりましたッ!! 決め手は、巨人の足ですッ!! ダスティス選手が見事に地面の染みになりましたッ!!』


 動揺しているのか、良く分からない実況をする実況席に呆れながらも、僕は手にした勝利に満足して頷いた。

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