vs 風の主、ドロル。
『おーっとッ! アトラス選手が決めたッ!!!』
控室の中、流れている映像を僕はボーッと眺めていた。
『勝ったのはッ、巨腕のアトラスですッ!』
アトラス、確か有名なプレイヤーだ。剛力とかの筋力強化系スキルを上げまくり、肥大化によって腕を巨人のように変化させて殴りつけるという圧倒的なパワーファイターらしい。
彼は冒険者ギルドで主に活動しているようで、プレイヤーでありながらB級冒険者だ。F級から始まり、S級で終わる冒険者の中ではとても優秀な冒険者ということになる。
細かく説明すると、S級は人間の規格を超えたような異常としか言えない強さを持ち、A級は人間の中では最強格であることを示し、B級は戦士の中でも上位の強さであることを意味する。
因みに、D級で漸く戦士の仲間入りと言われ、C級でベテラン冒険者と名乗ることが許される。
まぁ、そんな中でF級冒険者の僕が今から闘技大会にシード枠として出るのは異例中の異例なんだけどね。と、考え込んでいると後ろの扉が開いた。
「ネクロ様。そろそろ出番です」
「うん。分かってるよ」
なんだか大御所のスターになった気分になっていると、アリーナの門へと繋がる扉が勝手に開き、会場の凄まじい熱気と歓声が控室に入ってきた。
「……お前は」
アリーナ側の扉から入ってきたのは、退場してきたアトラスだった。アトラスは疲労した様子で控室へと入ると僕を見つけて目を見開いた。
ていうか、退場する時は別のところから出させるとか、そういう心遣いは無いのだろうか。ここでばったり出会うと、なんか気不味いんだけど。
「えっと、こんにちは? さっきの試合、見てたよ。凄かったね」
「……敵に試合を見ていたと言われてもいい気にはなれん」
あー、確かに。自分の手札を見られてただけだもんね。
「あはは、そうだね。じゃあ、平等になるように僕の試合を見ててよ」
「あぁ、勿論そうさせてもらう」
アトラスはそう言ってスタッフに連れられていった。
あれから体感時間で五分くらい経った頃、闘技場のスタッフが入ってきた。
「ネクロ様、時間になりました。ご入場下さい」
「うん、分かったよ。従魔を出すのは試合開始後だよね?」
僕が聞くと、スタッフはコクリと頷いた。
「……良し、じゃあ行こうかな」
僕はアリーナへと繋がる扉を開いた。さっきよりは喧しくないが、それでも次の試合への期待の声で闘技場内は騒めいている。
扉を開き、アリーナの地面を踏んでいる僕の目の前には鉄柵の門がある。大音量で話し続ける実況を聞くに、向こう側の選手の紹介をしているようだ。
「……はぁ」
この状況になると、流石に緊張する。だけど、気を付けなければいけない。アリーナに入れば溜め息すらも観客全員に聞かれかねない。
……良し、冷静になろう。先ず、警戒すべきは一番最初だ。従魔を出すその瞬間に殺されれば終わりだからね。まぁ、そうならないように色々と装備品を買い込んだり剣術の修行をしたりしたんだ。
『さぁ、続いて紹介しますはシード枠ッ!』
向こうの選手の入場が終わり、僕の説明が始まった。なんか、競売にでもかけられている気分だ。
「……開いた」
ゴゴゴゴゴ、と鈍い音を立ててアリーナの門が開いていく。気付けば僕は足を踏み出し、アリーナの中へと進んでいた。
なんだ、始まってしまえば意外と堂々と歩けるじゃないか。
『────正体不明の
正体不明、確かにそうかもね。僕の存在はこっちの世界の人間にはあまり知られていない。かと言って、プレイヤー全員が知ってるって程有名でも無いけど。
と、どうでも良いことを考えている間に試合開始が近付いていく。聞いている時は冗長に感じた実況がアリーナに立つと異常に早く思える。
いや、待てよ。まだ僕は相手の様子も確認してないじゃん。思い出せ。実況の説明を思い出せ。
「ジョブは
態々独り言を喋っているのはより脳内で整理しやすくする為だ。声に出した方が覚えやすい、と僕は思っている。
『さぁ、ドロルvsネクロ。予選を勝ち抜いた強者とシード枠に選ばれた強者。そして珍しくシンプルな名前同士の対決ですッ!』
……そろそろ、来る。
『準備はよろしいですね? それでは、本戦第三試合……開始ッ!!!』
開始と同時にドロルの前に緑色と茶色の混じった大きめの魔法陣が展開される。
「
小さい砂粒のような塵が混ざった風の奔流が僕に一直線で向かってくる。凄まじい展開速度だし、かなりの威力だと見える。あれをまともに食らえば一瞬で死に至れるだろう。
「
が、それは僕の前に現れた
石の壁が消えると、グランに続けてアースとロアも現れて僕を守るように展開する。
「……まぁ、惜しかったね」
僕が言うと同時に、会場を静寂が支配する。
『な、なんだこれはァアアアアアアッッ!!! きょ、巨人ですッ! 巨人と、これは……少し大きいですが、
『わ、分かりませんッ!
実況や解説が平静を失って騒ぎ立て、観客席ももはや狂乱状態だ。恐怖に怯えるもの、指を指して大声で叫ぶもの、興奮を抑え切れず立ち上がるもの、様々だが、誰もが目の前の光景に動揺しているのは確かだろう。
「そんなに騒がなくても良いのにね、ロア」
「……グォ」
因みに、僕を殺したいなら遠距離攻撃じゃ駄目だ。まさか、土属性と風属性の混合魔術を放ってくるとは予想していなかったけど、あれじゃ足りない。
確かに、細かい隙間を通り抜けやすい風と塵の攻撃なら幾らグランでも守り難いと思ったんだろうけど、グランにぶつかって威力の低くなったアレ程度なら僕単体でも防げる。
そもそも、高威力で速度の速い遠距離攻撃なんて都合の良いものはそうそう無い。いや、無いことはないが詠唱が長いものが殆どのはずだ。
「じゃあ、申し訳ないけど……潰れてよ」
焦ったような表情のドロルに、ロアが大斧を掲げて襲いかかる。アースは土魔術による支援で、グランは結晶の投擲が役割だ。これなら二人とも僕の側を離れる必要が無いので護衛も出来る。
「『平伏せよッ、
ドロルが突き出した手のひら辺りに出現した魔法陣から凄まじい暴風が吹き荒れ、そこから嵐そのものを槍の形に収めたような巨大な槍が射出された。
緑色の暴風によって象られたそれは空中に飛び上がったロアに向かって放たれた。
「グォオッ!!」
しかし、ロアは斧を手放し、それを踏み台にすることで
まぁ、詠唱破棄で風魔術の上位版である嵐天魔術を使えるのは凄いと思う。
「キュウ!」
「グオ!」
そして、詠唱後の隙を目掛けてアースの土魔術による
「なッ、
頭上に展開された茶色の魔法陣と飛来する紅蓮の結晶を見たドロルは直ぐに風の爆発を起こして落下する岩と結晶を回避した。
「……グォ」
が、回避した先には斧を捨てた素手のロアが仁王立ちで待ち構えている。
「や、やめ────ッ」
ロアはドロルの頭を潰し、続けて残った胴体が粒子になる前に素早く食らった。流石に四肢までは食い切れなかったが、早食い能力も上がっているようだ。
『……こ、これはッ、食らっているッ! オーガがドロルを食らったッ!!』
動揺しているのか、勝者の発表よりも先に目の前の光景を叫ぶ実況者。
『ね、ネクロだッ!! 今回の勝者は、ネクロですッ!!!』
実況の叫びの数秒後、静寂は破られ熱狂に満ちた歓声が場内に溢れた。
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