本戦開始

 昨日、沢山の試合を見て満足した僕はぐっすりと眠りに就き、爽やかに目覚め、朝のルーティンをこなし、この世界にログインした。


「うわ、もう席が満員だね」


 現在の時刻は8時過ぎ。闘技大会は9時からだが、僕は既に受付を済ませてエトナ達と観客席に座っている。

 まぁ、僕の出番は三戦目らしいのでゆっくりと観戦させてもらおう。


「あ、そろそろ始まりそうですよ?」


 エトナが言うと同時に、実況席から大きな声が響いた。


『さぁ、皆さんッ! 今回は勿論一対一の勝負ッ! 見応えのあるタイマンの試合を飾るであろう二人をご紹介しましょうッ!!』


 ガガガガガ、と鈍い音を立ててアリーナの門が開いていく。最初に開いたのは西の門だ。


『初めに紹介させて頂きますはこの男ッ! 火属性の双剣を自在に操り、フィールド内を駆け回っては敵を切り刻む無双の双剣士ッ! 煮込みラー油ッ!! 』


 真っ白だった魔白板の画面が切り替わり、西門から入ってきた赤い服の男を映し出した。男の背中にはクロスするように二本の剣が括り付けられている。

 闘技場内全ての視線を浴びているが、男は悠然とした態度で表情も変えずに歩いている。


『さぁ、お次は東門からやって参りますこの女ッ! 一本の短杖ワンドを武器に多様な魔術を操り敵を圧殺する無尽の高速詠唱者ラピッドキャスターッ! 宇崎パルッ!!』


 東門から入ってきたのは兎獣人の女だった。頭からは白い兎耳が生えており、腰には一本の短い杖が刺さっている。

 さっきの男とは真逆の様子で、ビクビクしながら恐る恐ると言った感じで入場している。


『これで本日一試合目の選手が出揃いました。では、準備はよろしいですね? それでは、本戦第一試合……開始ッ!!』


 試合開始の喇叭が鳴り響き、両者が戦闘態勢に入る。開始時点での選手同士の距離は約二十メートルだが、宇崎はジリジリと後退りし、逆にラー油は少しずつ距離を詰めている。


 膠着状態となった数秒間を経て先に動き出したのはパルだった。


水矢ウォーターアローッ!」


 瞬間、パルの正面に百を超える極小の魔法陣が出現した。それを見たラー油は眉を僅かに動かすも、魔法陣からその数と同じだけの矢が射出されると跳躍ジャンプ瞬歩ステップを駆使して冷静に回避した。


『流石の回避能力ですッ! 煮込みラー油が全ての水矢ウォーターアローを回避しましたッ!』


『しかし、回避だけでは厳しいでしょうね。高速詠唱者ラピッドキャスターは異常な詠唱速度と魔力消費の効率が長所の職業ですから、逃げ回って魔力を枯らす戦法は使えないかと』


 へー、あれだけの数の魔術を同時に行使しても魔力切れしないんだね。まぁ、水魔術が元々消費MPが少ない魔術だからってのもあるだろうけど。


「全部避けますか……だったらッ!」


 最初の水矢ウォーターアローは威力も低めだし、小手調べ的な意味もあったのだろう。現に、パルの前にはそこそこの大きさの魔法陣が次々に展開されている。


『おーっとッ! 宇崎パルッ、ここでかなりの攻勢に出ましたッ! 次々に魔法陣が展開されてはそこから多様な魔術が放たれていますッ!』


火槍ファイアーランス風烈刃ハリケーンカッター鉄槍アイアンランス闇棘ダークスパイク光針ライトニードル……分かっただけでもこれだけの魔術を行使していますね。しかし、さっきの水矢ウォーターアローも合わせると基本属性は全て使えるようですね』


 アリーナを舞う魔術がカラフルな色彩を作り出し、ラー油に襲いかかる。


瞬歩ステップッ! 小跳躍ショートジャンプッ! 双衛刃クロスガードッ!」


 しかし、ラー油も見事な手際で回避し、防ぎ、凌いで行く。


『いやぁ、すさまじい攻防ですね。煮込みラー油も防戦一方ではありますが、少しずつ宇崎パルをアリーナの壁際へと追いやっています!』


『えぇ、そうですね。先程は魔力切れの心配は無いと言いましたが……流石に水属性では無い魔術をここまで乱打すると危ういかも知れません』


 実況席が考察している間にも戦況は移り変わり、ラー油がパルの一歩手前まで踏み込んでいた。


双斬撃クロススラッシュッ!」


 二本の剣が天を向く。パルが一歩下がりながらもアリーナの壁にもたれかかるように腰を落とす。今、クロスするようにして振り下ろされる二本の刃。


『おーっと、これはッ!?』


 振り下ろされた刃はパルに迫り……何も無い場所に弾かれた。


「なッ!?」


 何も無い場所から現れたのは……鉄の壁だった。


闇腕ダークアームッ、鉄槍アイアンランスッ!」


「ぐッ!? 馬鹿、な……ッ!」


 影から現れた無数の闇の腕がラー油を拘束し、彼の胸を鉄の槍が無慈悲に貫いた。


『……きッ、決まりましたッ! 一戦目の勝者が決まりましたッ!』


 バタリとラー油が倒れ、粒子と化して空気と混じって消えていく。


『勝者は宇崎パルッ! 高速詠唱者ラピッドキャスターの宇崎パルですッ!』


 うおおおおおおおっ、と体の芯まで響くような歓声が会場を揺らす。


『いやぁ、迅速かつ凄まじい戦いでしたね! 最後のアレを解説していただけますか? ウーテさん』


『えぇ、先ずあの壁は土魔術に鉄壁アイアンウォールでしょうね。そして、あの壁を透明化させていた手段ですが……恐らく、透過魔術でしょう。自分や他人、物などを透明化できたり、熟練の使い手ならば物をゴーストのように通り抜けることも出来ます』


 へぇ……凄いね。僕も今度取ろうかなと思ってショップを見たが、100SPも必要だった。時魔術とかと同じ感じね。

 因みに、時魔術は時属性だが透過魔術は無属性。そして、時魔術は闇系統で透過魔術は光系統だ。

 まぁ、今度従魔を増やしたらこのスキルを付けようかな。


『あ、皆様。透過魔術を不正に利用した場合は逮捕されますのでお気を付け下さい』


 ハハハハッ、と会場中に笑い声が響き渡る。そもそも透過魔術を使える一般人が居ないからこその冗談だろう。

 しかし、確かにそうだね。街中で服を透過なんてされた日には死ぬ。社会的に死ぬ。


「……高速詠唱者ラピッドキャスター、ね」


 やっぱり、厄介だ。一瞬ラー油が勝つかと思ったが、まさかあそこから勝ちを拾うとはね。あのパルって子も意外に頭が回るみたいだ。警戒すべき相手ではあるだろう。


 僕は目を瞑り、対策を考えながら実況席の話が終わるのを待った。

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