闘技大会
目を覚まし、トイレに行き、歯を磨き、朝食を摂り、念の為にもう一度トイレに行っておく。
「……良し」
最後に水を少し飲み、僕はVRベッドに横たわった。やることは全部やった。後は、向こうの世界に行くだけだ。
「I refuse reality」
瞬間、僕は世界から切り離されるような感覚と共に────。
♦︎
目を覚まし、体を起こす。現実よりも少し眩しい日差しが窓越しに僕を照らす。
「おはよう、エトナ」
本日二度目の起床だ。そして、今日は闘技祭が始まる日であり、闘技大会当日である。故に、僕はいつもより気合いを入れて朝のルーティンをこなしたのだ。
「おはようございます、ネクロさん。今日は観戦するんですか? それとも、明日に備えて訓練ですか?」
ん? エトナは何を言ってるのかな?
「普通に試合までは観戦しようかなって思ってるけど……明日に備えてってどういうこと?」
「え? いや、明日ってこれに書いてありますよ?」
そう言ってエトナが渡してきたのは、ヘルメールと別れる際に貰ったプログラム的な奴だ。一応、参加者にのみ配られるバージョンらしいけど。
「いやいや、闘技大会は今日だよ。ほら、外もこんなに人がいるじゃん」
「はい。闘技大会は今日ですけど……ネクロさんの出番は、明日みたいですよ?」
エトナの言葉に僕は硬直した。
「……えっと?」
僕はギリギリで声を捻り出したが、出てきたのは間の抜けた言葉だった。
「マスター、次元の旅人杯は異常に参加者が多いので、シード枠の参加者が試合に出るのは明日からです。更に言えば、この大会は四日かけて行われます」
あー、うん。四日あるのは知ってたけど……マジかぁ。いや、でも、普通に考えたらそうだよね。参加制限とか無さそうだったし、プレイヤー以外の人が出る普通の大会もあるから、そうなるよねぇ。
「あ、因みに知ってると思いますけど最初の何戦かはバトルロイヤル形式ですよ。ネクロさんにはあんまり関係無いと思いますけど」
「うん、そっちは知ってるよ」
予選の予選とか、選定試合とか、そんな風に呼ばれている最初の試合だ。何十人かで争うバトルロイヤル。これの上位三名に入れなければ一対一の試合にすら出れないらしい。
まぁ、シード枠の僕には関係無いけどね。
「にしても……はぁ」
折角、気合い入れて早起きしてきたのになぁ。
「そういえば、二人って本当に起きるの早いね」
まだ朝六時くらいだって言うのに、余裕で起きてる二人に僕はちょっと驚いている。
「んー、そうですかね? まぁ、私はそこまで睡眠が要らないんで」
「私も睡眠は必要ありません。しかし、大きな傷の修復の際は睡眠状態に入った方が効率的な場合があります」
あ、そっか。二人とも人間じゃないもんね。僕らの常識を当てはめてもしょうがないことだ。
「まぁ、始まるまで一時間以上あるし……どっかで朝ご飯でも食べに行こうか」
さっき現実で朝食を摂ってきたばかりだが、こっちではまだ満腹じゃない。勿論、僕らが食事をする必要は無いけど……最近、何故かこっちでもお腹が空いちゃうし、食べとくのもアリだろう。それに、暇だしね。
「はい、賛成です! 行きましょー!」
嬉しそうに腕を突き上げて喜ぶエトナと、いつも通り無表情のメトを連れて僕は宿を後にした。
♢
食べには行ったが、朝食は軽めにしておいた。理由は勿論、この会場で色々と食べながら観戦する為だ。
会場の周りや一階には屋台や店が幾つも並んでいるので、大会が始まる前に満腹にしておくのは勿体無いのだ。
「お、そろそろ始まりますよ。開始の言葉です」
「うん、そうみたいだね」
僕らの座っている席の反対側にある実況席で司会が話している。が、あんまり興味は無いので僕は聞き流すことにした。
「ねぇ、それよりさ、エトナは優勝予想とかある?」
「え、私ですか? うーん、私はあんまり次元の旅人さんのことは分からないんですよね……あ、でも、レンさんは強いらしいですね! あの、船で会った人です」
……レンって、こっちの人にも有名なんだ。
「うん、そうだね。レンは強いと思うよ。昨日、僕も会場案内中に会ったよ」
「え、そうなんですか!? 凄い偶然ですね!」
「まぁ、同じシード枠だからね。そういうこともあるんじゃない?」
「へぇ……あ、そういえばレンさんと仲が良さそうだったクラペコさんとかの話も聞きますよ! レンさん程じゃ無いみたいですけど、色々やってるらしいですよ?」
あー、確かにクラペコもβ勢で強いみたいだね。クラーケンと戦ってる時はあんまり見てなかったから具体的な強さは分からないけど、シード枠ってことは強いんだろう。きっと。
と、エトナとぺちゃくちゃ喋っているとメトが冷たい目でこちらを睨んでいることに気付いた。
「……エトナ、声を抑えてください。今は開会式中ですので、大声で喋っていると目立ちますよ。マスターも、出場するのですから少しは集中して下さい」
僕の目線に気付いたのか、メトは呆れたようにそう言った。確かに、言われてみればうるさかったかも知れない。周りの観客も心なしか此方を睨んでいるような気がする。
「あ、あはは……すみません、メトさん」
「私は構いません。ですが、気を付けましょう」
と、漸くメトの視線が少し和らいだ。
「そうですね……気を付けます」
「うん。僕も気を付けるよ」
と、話は終わったので暇になった僕は周りを観察してみることにした。
「……へぇ」
観客席は見える限りの全てが埋まっているが、意外とプレイヤーは少ない。半分以上がこっちの世界の人間だ。多分、殆どのプレイヤーは現実世界で画面越しに観戦しているのだろう。
あれから何分経っただろうか。僕の意識は既に微睡みの中へと消え失せて……
「……ロさんっ、ネクロさんっ! もう最初の試合が始まりますよ!?」
と思ったが、僕の肩を揺さぶるエトナにより起こされてしまった。
「あはは、ごめんね。大丈夫、起きたよ」
僕は瞼を擦り、パチパチと何回か目を開いて閉じてを繰り返し、僕の眼球を光に慣れさせた。
『さぁ、第一試合のメンバーを紹介していきます……どうぞッ!』
アリーナの門が開き、一人目の選手が入場した。
『記念すべき最初の選手はこの男だッ! ジョブは重騎士、得物は大剣と大盾ッ! 身長含めて全てがデカいこの男の名は『大焼酎』ッ! かなり変な名前ですが、次元の旅人では特に珍しいことではありませんッ!』
実況の声と共に実況席の上側にある巨大な白い板に次々と文字が浮かび上がっていく。それは、第一試合に出場するメンバーのジョブと軽い特徴だった。
なるほど、バトルロイヤルの時はこうやって選手を紹介する訳だ。
『……さぁ、全ての選手が出揃いましたね』
全選手の紹介が終わり、アリーナに約五十人程のプレイヤーが円を描くように壁際に並んでいる。その殆どが緊張したような面持ちと共に、自分の得物を強く握っている。
『皆様、準備はよろしいですね? ……では、只今より第1試合を開始しますッ!!!』
実況者の大声と同時に耳をつんざくような喇叭の音が響き渡り、遂に闘技大会が始まった。
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