闘技場の案内
僕達は今、ガネウス闘技場の受付で待たされていた。どうやら、大会前日ということで人の出入りも激しく、準備も忙しいようなので、人手が足りていないらしい。
案内役の人も何人か居るらしいが、今は全員が僕と同じシード枠の闘士の案内をしているとのことだ。
つまり、僕らはその人達の案内が終わるまで待つ必要があるのだ。
「大変お待たせ致しました。お久し振りですね、皆様」
五分ほど待っていた僕らの前に現れたのは、僕に招待状を届けに来た張本人でもあるヘルメールというスーツ姿の女だった。黒い長髪が頭を下げると同時に揺れている。
「うん。久し振りだね、ヘルメールさん」
僕はそう言いながら立ち上がり、チラリとエトナ達の方を見る。
「あ、お久し振りです。どうも」
「お久し振りです」
二人も立ち上がり、軽く頭を下げた。
「さて、大変申し訳ないのですが……ここからは参加者であるネクロ様以外が立ち入ることは禁じられておりますので……」
「あ、はい。じゃあ、私達は街の観光でもしておきますね!」
ヘルメールが頭を下げると、エトナはメトの手を掴んでそう言った。
「ありがとうございます。では、早速ですがネクロ様は此方へ」
ヘルメールは僕の前に立つと、ツカツカと人の多い広間を進んでいき、広間の左奥にある扉を開けた。その奥へと進んでいくヘルメールに付いて行くと、そこにはだだっ広い廊下があった。
幾つもの扉がある廊下はそこそこ人の出入りが激しかったが、やはり彼女はそこもツカツカと潜り抜けて行った。
そして、廊下の奥にある扉を開けるとまたもや廊下があった。しかし、ここはさっきよりも人の出入りが少なく、数人が歩いているだけだ。
それも良く見れば僕と同じシード枠の参加者のようで、隣に案内の人が付いていた。
「さて、先ずは施設の案内をさせて頂きます。この手前にあるのが第一控室で、一個奥にあるのが第二控室、更に奥にあるのが第三控室です」
廊下の右側にある部屋を一つずつ紹介していくヘルメール。
「ネクロ様がどの控室に入ることになるかは担当の者がその際に案内しますので、ご心配なく。それと、試合開始の四十分前までには闘技場の受付に到着したという報告と、控室へ案内致しますので最低でも十分前までには再度受付への連絡をお願いします」
「ん? あ、ごめん。もう一回言ってもらっていいかな?」
僕はそう惚けながらもう一度説明を促した。
「はい、勿論です。控室への案内は担当の者が致します。また、自分の試合の二試合前までには闘技場の受付に到着したという報告と、控室への案内の為に最低でも十分前までには再度受付への連絡をお願いします」
「うん、ありがとう。分かったよ」
と言いながら、僕は自分の記憶よりもプレイヤーとしての権能の一つである『メモ』に頼ることにした。音声メモも取れるので便利である。二度も説明させたのはこれが理由だ。
「では、進みましょう」
ヘルメールはまたツカツカと靴を鳴らしながら奥へと進んでいく。少し暗い廊下の先の角を曲がると、また廊下があったが、左右に扉が一つずつあるだけで他には何も無かった。
「先ず、この左の扉に入ると……このように小さめの売店があります。武器の手入れ用の道具やポーション等に加えて飲食物もあるので、控室に入ってからは此方をご利用下さい」
ヘルメールの説明通り、部屋の中には小さめの売店があり、他には椅子と机が2個ずつあるのと、奥の方に扉があるだけだった。
「ねぇ、あの扉の向こうは何なの?」
僕が聞くと、ヘルメールは思い出したかのように話し始めた。
「トイレです。……あ、言い忘れていましたが、一度控室に入った後は施設の外に出ることは出来ません。ただ、控室から此処までの廊下は自由に行き来することが出来ます。一応、控室にある魔道具で大会の様子は観れるので暇をすることは無いと思いますが」
あー、だからこんな所に売店とかトイレがある訳ね。
「ふーん、なるほどね」
僕は適当に相槌を打ちながら売店で売っているものを確かめた。
……え、ハンバーガーとかあるんだ。明日、食べようかな。いや、今買っときたいなぁ。
「ねぇ、ヘルメールさん。あのハンバーガー買っても良いかな?」
そう言うと、彼女は冷たい目で僕を見た。
「……出来れば、後で買って頂きたいです。他にもロビーで待っている方がおられますので」
「あ、うん。……しょうがないね。分かったよ」
僕はため息を吐きながら売店のある部屋から出た。
「そして、案内は此方で最後になります」
ヘルメールはさっきの部屋の反対側、つまりこの廊下の右側にある扉を開き、奥へと進んだ。そこには、小さめの椅子が一つだけ置いてある部屋があった。
しかし、ヘルメールはその部屋を無視し、扉を開けて更に奥へと進んだ。
「あー、遂にって感じだね」
「はい。此方がアリーナで御座います」
そこは、鉄柵の門が既に上がっているアリーナへの入口だった。砂のような色の地面が奥の方まで広がっている。トントンと踏んでみた感じ、結構硬い素材のようだった。
「では、中心までどうぞ」
彼女に連れられて中心まで行くと、一人も観客が居ないにも関わらず、この世の全てから注目を集めているような感覚に陥った。
「へぇ……これは、凄いね」
一言で言うと圧巻だ。中心まで来ると予想以上に広く感じるし、これならグラを出しても大丈夫な気がしてしまう。更に言うと、思ったよりも壁が高い。これならグランを出しても大丈夫そうだし、それに加えて観客席にはバリアが張られるらしいのでそういう心配は無用だろう。
「ふふ、そうでしょう?」
僕はうんうんと頷きながら
「そういえば、一般参加者にはこういう説明はしなくていいの? 控室の話とか、結構重要そうだったけど」
「あぁ、大丈夫ですよ。彼らには受付の段階で説明をしていますから。シード枠にこうして特別に案内をするのは、不慮の事態が起こらないようにする為です。正直、一般参加者は来られなくても大した問題にはなりません。ですが、シード枠の方は替えが効かない方ばかりですのでこうして丁寧に案内をして、少しでも不慮の事態を無くそうと試みているのです」
自分から聞いたことだが、僕は途中から興味を無くしたので、彼女の答えに適当に相槌を打ち、話の内容は忘却することにした。
「それと、一番大きな理由は前日に来て頂くことで、本当に明日の本番で来れるのかを確認しておきたいというのもあります」
「あー、なるほどね」
確かに、運営側からしたらドタキャンされるのが一番困るよねえ。
「あ、それとさ。一応確認しとくけど……僕ら、次元の旅人部門は殺し合いってことで良いんだよね?」
「えぇ、勿論です。次元の旅人の方々は死んでも蘇り、痛覚も無いとのことでしたので、倫理委員会も問題無いとの決断を下しました」
うん。まぁ、折角プレイヤー同士で戦うのにキル無しなんてパッとしないしね。
「あはは、そうだね。確かに、死人が出る方が観客の受けも良さそうだしね。まぁ、僕は痛覚あるけど」
「……はい? 次元の旅人というのは痛覚が無いのでは?」
ヘルメールの疑問に、僕は首を横に振った。
「いや、無い訳じゃないよ。消そうと思えば消せるってだけで、別に痛覚をそのままにすることだって出来る。僕も、消そうと思えば消せるけどそのままにしてるだけだね。まぁ、流石に発狂するくらいの痛みは感じないようにしてるけどさ」
「……それは、凄いですね。普通なら、消してしまうと思いますが」
そうかな。消してないって人も、何人か見かけたけど。
「うーん。やっぱり、痛みって大事な情報の一つだしね。……それに、僕には大事な仲間達が居るんだけど、その子達が自分の命を軽んじるなって言うからさ、少しでも生きる意欲を持たせる為に痛覚はあった方が良いかなって」
「……そうですか」
何となく、ヘルメールの僕を見る目が少し変わっているような気がした。
「では、従魔をお連れでしたらで構いませんが、此方で一度出して頂けませんか? 一応、大きさなどのチェックをしたいので」
「ん? あぁ、連れてるよ。三匹までだよね?」
僕は言いながら、
「……ぁ」
突然現れた三体の魔物を見たヘルメールは、小さな悲鳴を上げてから失神した。
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