悪すぎる治安

 もうすっかり見慣れてしまったサーディアの街並み。僕の右側にはエトナとメトが並んで歩いている。目的地は南側の城壁沿いにある魔道具店だ。陰気で目立たない、それも比較的治安が悪い場所に立っているその店には、立地とは裏腹に強力なアイテムが売られているらしい。


「へぇー! じゃあ、メトさんはナイフとか使わないんですか?」


「はい。ナイフを使うよりも素手で殴った方が早いので」


 僕は周辺を見回しながら歩く。偶にではあるが、僕達に絡もうとしてくる輩も居るからだ。


「でも、剣は偶に使ってますよね?」


「剣はリーチが長いので、距離を保って安全性を高める為に使っています。ナイフは短いので、私の場合は素手で殴った方が強いと考えています」


 へぇー、と何も考えていなさそうな声を漏らすエトナ。だが、その視線は鋭く、警戒するような色が見える。それは、今正に治安の悪い南城壁沿いに足を踏み入れたからである。


「そういえば、なんでエトナはナイフ使ってるの?」


 魔物としての力を人前で見せることを嫌っているようだが、腕を大きな刃に変えられるし、何なら斧や槍にも変化させられる。それなのに、エトナは僕たちだけで居るときでもナイフを良く使っている。


「まぁ、そうですね……単純に扱いやすいのと、師匠から教えてもらった短剣術が活きるのと、職業の関係もあって最高火力はナイフの方が出るからですね」


 あー、そうだね。エトナのジョブは短剣とかの扱いが得意なアサシンっぽい奴だった気がする。調べても出てこなかったので名前は覚えていないが、影の暗殺者とかそんな感じだったかな。


「なるほどね。まぁ、エトナはそっちの方が似合うんじゃない? エトナがナイフで戦ってる時って、なんか鮮やか────」


 と、そこまで言ったところで僕の肩にドンと力任せに手が置かれた。振り返ると、そこには焦げた茶色のようなボロい服を着て、腰には剥き出しの剣を挿している……明らかに荒くれ者と言った様子の男が居た。


「おい、テメエら! そこで止まッ!? ちょッ、テメッ、なんなんだよッ!」


 男が剣を腰から抜いた瞬間、その剣が僕の首筋に添えられるよりも速く、エトナのナイフが男の首筋に添えられた。



「────今、ネクロさんが珍しく私を褒めようとしてるところだったんですけど……容赦、しませんからね?」



 殺意の篭った真顔で男に詰め寄るエトナ。しかし、剥き出しのエトナの殺気に当てられた男はガタガタと震えながら剣を落とし、振り返ることもせずに叫びながら逃げていった。


 と、一件落着したかに思えたが、男の叫び声を聞いて何事かと出てきた周りの住民達がチラチラと僕らの方を見ている。


「……ねぇ、あの人よ」


「……おい、あんまり見てると俺たちもやられるぞ」


「……あぁ、そうだな。関わらない方が良い」


 絶叫と共に逃げ出した男、エトナの手に握られたナイフ、呆然と立ち尽くす僕たち。


「……ねぇ、この構図って明らかに僕らが悪者だよね?」


 僕はジロッとエトナを睨んだ。


「い、いや、どうですかね? 悪者をやっつけてるあの子、カッコ良い〜! 的な感じかも知れませんよ?」


 しどろもどろになりながら弁明しようとするエトナだが、その試みは仲間であるメトによって砕かれた。


「いいえ。こちらを観察している十二名、少なくとも、その内の表情が見えている七名は好奇と恐怖の目を主に感じています」


 最近、沢山の人と触れ合う機会があったメトは、どうやら表情である程度の感情が分かるようになったらしい。メンタリスト・メトの誕生である。


「あ、あはっ、そうですかねっ? でもっ、そろそろ行きませんか? ほら、こんなところで止まっててもしょうがないですし? よ、よし、行きましょー!」


 上擦った声で目線を逸らしながら話すエトナは、メンタリストでない僕でも動揺していると分かった。まぁ、あんまり突っつくのも可哀想なので周辺住民は無視して先を急ぐことにした。




 あれから、僕らは数分この道を歩き、もう一度荒くれ者に絡まれた後に漸く魔道具店に辿り着いた。今は少し離れているが、ここからでも店の看板が分かりやすく見える。


「はぁ……なんか、短い道のりだったのに長く感じましたね」


「多分、二回も絡まれたから精神的な疲れで長く感じたんじゃないかな」


 言いつつ、僕はその看板に刻み込まれた文字を読んだ。


「『ミラクルム・プローディギウム魔道具店』」


 この世界にしては珍しく長い店名だ。それと、その店名を誇示している看板は、周りの色褪せたような暗い雰囲気に呑まれておらず、新品同様にピカピカで非常に目立っている。


「凄い自己主張だけど……こんなところで店開いてて大丈夫なのかな?」


 そもそも、魔道具って結構高いはずだ。それなのに、こんな犯罪者若しくは犯罪者予備軍の巣窟みたいなところで店を開くなんて、強盗に来てくださいって言ってるようなものだと思うけど。


「まぁ、取り敢えず……入ろうか」


「そうですね……ちょっと、思ったより綺麗な感じでびっくりしましたけど、綺麗に越したことは無いですからね!」


 そう言って、エトナを先頭に僕たちが入ろうとした瞬間だった。


「ぐびゃッ!? ごふッ!」


 店のドアが突然開き、そこから小綺麗な格好をした男が……プレイヤーが吹き飛んで来た。


「な、何ですか!?」


「……飛んできたね」


「何かをされたように見えますが、致命傷を負っている様子はありません」


 驚く僕とエトナに、解説するメト。僕たちは三人とも、ドアが開いた瞬間にスッと何かを察知して避けたので男とぶつかることは無かった。


 と、そこで開いたままのドアから小さな少女が飛び出してきて、僕たちを睨みつけた。


「ちょっと、そんなところで突っ立って……まさか、あんた達も盗みに来たんじゃないでしょうねッ!!」


 二つのおさげが特徴の赤髪の少女は、小さい体にも関わらず、僕らにも一切怯まずに凄まじい剣幕で怒鳴った。

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