一瞬の隙
雪のように儚く白い狐の精霊、シロ。僕は彼? 彼女? をただじっくりと眺めた。
「へぇ……精霊術士だったんだね。結構、不遇だって聞いてるけど」
僕が独り言を呟くと、隣のチープの頰がピクッと動いた。
「おう、確かに精霊術士は不遇だ。だけどな、テイマー程じゃねえよ」
「うーん。別に、運さえ良ければ誰でも強くなれるジョブだと思うけどね。僕は」
そう返答してから僕は視線をネロ達に戻した。
「クキャ……!」
シロを見たネロは、驚いたような表情をしているが、その構えに一切の揺らぎは無かった。
「さて……一転攻勢だ」
ノエルはシロを肩に乗せて笑った。
「キューンッ!」
その可愛らしい鳴き声はあの狐の精霊から聞こえた。そして、シロが鳴いたと同時に白い雪のような粒子が集まってできた槍が……もう雪でいっか。雪でできた槍が現れた。
「キュッ!」
空中に浮いたシロが更に一鳴きすると、その雪の槍はネロに向かって発射された。
「クキャッ!」
だが、ネロはノエル達の後ろに転移して回避し、続けて手に持った剣を雪の義手ではない方の腕を目掛けて振り下ろした。
「キュキューッ!」
が、既にノエルの中でその技を見ていたのか、まるでそう来ると分かっていたかのように後ろを振り向き、ネロの足元から鋭く長い槍のような雪の棘を無数に生やした。
「ク、クキャッ!」
転移をする暇は無かったのか、咄嗟に飛び退いて避けようとしたネロだったが、無数に生えた棘の内の一本がネロの右腕に突き刺さった。このままではこの雪の棘に拘束されると危惧したネロは直ぐに転移で少し離れたところに転移した。
「雪みたいだけど、硬さは金属並みだね」
僕が言うと、チープは首を振った。
「いや、俺はアイツと何回も戦ったことがあるが……並みの金属より硬いぞ、あの白い雪みたいなやつは。まぁ、精霊が創り出すものだからな、見た目に惑わされちゃいけねえってことだ」
「ふーん……にしても、精霊術士の技ってMP消費激しそうだね」
あんなに強力で速く、応用の効く攻撃ができるのに、MP消費が軽い訳がない。そう思って言ったが、チープはまたもや首を振った。
「いーや、技自体は全然激しくねえ。ていうか、精霊主体で使う技のMPは精霊持ちだ。だが、あのシロみたいな上位精霊と契約すると、契約料としてバカみたいな量の魔力を月ごとに請求してくるらしい。足りないと、返済するまでMP最大値の方を削られるらしい」
えー、最大値削るとかやばいね。そもそも、精霊ってそんなことできるんだ。
「まぁ、契約した相手のMP最大値しか削れねえがな。……ただ、MP最大値ってのは精霊曰く魔力そのものよりも美味しいらしくてな? 上位精霊でもピンチの人間相手にMP最大値を代償に力を貸す、みたいなことはあるらしいぜ」
へぇ、と僕はネロ達の熾烈な争いを眺めながら言った。
「でも、それって精霊術士じゃなくても契約できるってことじゃないの?」
だったら、僕でも精霊を使えそうだけど。
「駄目だな。精霊達が求めているのは魔力の安定供給だ。MP最大値を食うのは、言うなれば超絶美味い豪華な飯を一度だけ食うようなもんで、食の心配をしなくて良くなる訳じゃない。要するに、MP最大値を与えても一度しか力を貸してくれないってことだ」
ふーん。いや、待って。
「じゃあ、与えた分のMP最大値を返してもらえば? 返済するまで削られるってさっき言ってたし、返せるんでしょ? だったらMP最大値を返してもらって、それでまたMP最大値を食わせて、力を貸してもらうってのを繰り返せばいいんじゃない?」
渾身の考えだったが、チープの表情は芳しくない。
「あー、直ぐその発想に辿り着くのは流石だが、駄目だ。確かに、MP最大値を返すことは出来るらしいが……それは、人間でいうとこのゲロを吐くみたいなもんだ。誰だって自分から食った飯を吐きたくは無いだろ? それは精霊も同じで、吐く前提で豪華な飯を食わないし、ましてやその吐いたゲロが混ざった飯をもう一度食うなんてことはしない。だから、無理だ」
ふーん、じゃあ難しそうだね。
「……あ、そういえば、なんで僕たちじゃ魔力の安定供給が出来ないの?」
「俺らが出来ないって言うより、あいつら精霊術士が特別に出来るだけだ。魔力の譲渡って技術自体は精霊術士以外も使えるが、それを精霊相手に出来るのは精霊術士のスキルである精霊契約があってこそだ。テイマーの契約でも無理だし、当然その他のジョブの契約スキル全て無理だ。どれだけ高い魔力の譲渡技術を持っていても精霊に魔力を渡すのは不可能なことなんだよ」
「そっか……まぁ、残念だけど仕方ないね。でも、精霊が好んで食べる魔力の篭った石とかってあったよね? それを安定して供給できることを証明して、契約すれば僕でも精霊をテイムできるんじゃないかな」
僕が言うと、チープは感心したような、呆れたような、そんな複雑そうな顔をした。
「……確かに、そうすれば出来そうなもんではあるが、そもそも精霊術士以外は精霊の力を十分に発揮できない。だから、大人しく諦めようぜ?」
「うーん、そうだね……分かった。取り敢えず、今は諦めるね」
何か言いたげなチープから視線を逸らしてネロ達を見ると、ネロは切り傷や槍で貫かれたような穴が目立ち、ノエルは身体中に雪で塞がれた傷があった。
更に、シロは何故か透けており、何となくそろそろやばいのだろうという感じがある。チラチラと見ていた感じ、空間魔術で削られると透けていくようだった。
うん、雑談してる間に結構クライマックスって感じだね。
「キャ……クキャ…………クキャッ!!」
満身創痍と言った様子のネロが叫び、
「キューッ!」
「仕留めるッッ!!!」
三つの闇の刃は順番に雪に包まれて消えた。そして、その奥から現れたネロはそのままノエル達に突っ込んで行く。
「クキャッ!」
「なッ!?」
と思いきや、二つの刃が重なり合う直前で
「シロッ!」
「キューッ!」
咄嗟に助けを求めたノエルに応え、シロはさっきの
「ぐはッ!? 何で……くッ、そういうことかよッ!」
が、ナイフを包んだ雪は時空の彼方に消し去られるだけで、そのまま三本のナイフはノエルの体を貫いていった。
そう、ノエルも気付いたみたいだけど、あのナイフには
「────クキャ」
そして、見ているだけの僕ですら気付かぬ間にノエルの首筋には青紫色の剣が添えられていた。恐らく、空中に跳び上がった後、ナイフに貫かれて混乱した瞬間のノエルの背後に転移したのだろう。
空間魔術と高いステータスを持つネロは、たった一瞬の隙さえあれば容易く敵を葬れるのだ。
「……そうか、俺の……いや、俺たちの負けだ」
ノエルは負けたにしては清々しい表情でそう言った。
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