ノエルの頼み

 僕らのいる茂みを睨みつけるノエルに、チープは驚くこともなく素直に出ていった。


「なんだ、バレてたのかよ。それにしても、この前会った時よりも強くなってるじゃねえか」


「はっ、当たり前だよ。俺たちだって常に成長し続けてるんだからな。しかも俺らは中学生だぜ? 成長性が段違いだっての」


 ノエルは踏ん反り返って言った。が、直ぐにその体勢を崩してチープを睨んだ。


「ていうか、なんで助けてくれなかったんだよ。明らかにピンチだったじゃん」


 ノエルは頰を少し膨らませて文句を言った。が、チープは首を横に振った。


「……お前だけなら助けたかもな。だけど、考えてみろよ。お前の活躍の機会を奪ったら彼女さんがなんて言うか分かんねえだろ?」


 チープはユキを見ながら言った。


「流石はチープ兄様です。良く分かってますね」


「……そもそも、彼女じゃねえし」


 ウンウンと頷くユキをノエルは鬱陶しそうな目で見た。


「ていうかさ、そっちのチープ兄の連れはいつになったら出てくるわけ?」


 ノエルはまた僕の隠れている茂みを見た。まぁ、バレてるよね。


「あはは、隠れててごめんね。……僕はネクロ、チープの唯一の学友だよ」


 その自己紹介を聞いたチープはギロッと僕を睨んだ。


「おいコラッ、唯一じゃねえよ! 学校外でも遊ぶような奴がお前しか居ないってだけだから!」


 なるほどね、薄い友達しかいないってことだ。まぁ、僕も同じなんだけどね。


「……ほぼボッチじゃね?」


「九割ボッチですね〜」


 そこはかとなくリア充感がある中学生の二人は、余裕そうな表情でチープを見ていた。


「……テメエら、後で覚えとけよ。全員纏めてボコしてやるわ」


 憤懣遣る方無いと言った様子で僕たちを睨むチープを無視して僕は二人に話しかけることにした。


「ねぇ、君たちってチープの知り合いなんだよね? どういう関係なの?」


 僕の疑問にノエルは困ったような表情をした。


「どういうって言ってもなぁ……まぁ、普通にクラメン同士みたいな感じか?」


「クラメン同士?」


 そういえば、チープってどっかのクランの副マスターだったね。


「俺はチープ兄が副クラマスをやってる蒼月のクラメンなんだ。チープ兄には勿論負けるけど、俺だって結構強いんだぞ?」


「蒼月ね……まぁ、君が強いのはさっき見てたし知ってるよ」


 蒼月はかなり有名なクランで、ダンジョンとか色んなエリアをどんどんと攻略していっているらしい。メンバー募集は初心者から上級者まで広く開かれているが、クランの目標はエンジョイではなくガチよりなので、最先端まで突っ走る覚悟が無い人は弾かれるらしい。

 だが、初心者の育成にはかなり力を入れており、本人の望んだ方向に真っ直ぐ伸ばしてくれるらしい。なので、やる気さえ認められれば大成長は間違い無しの人気クランなのだ。


「そうだ。チープ兄達って、暇?」


「ん? あぁ、暇だけど……何だ?」


 直球な質問に面食らいながらもチープは答えた。


「いや、そっちの人……ネクロって言ったよな?」


「うん。ネクロだよ」


 僕が肯定すると、ノエルはニヤッと笑った。


「レベル的に見ても間違いないと思うんだけど……巷で有名な、あのネクロだよな?」


「そうだね。どのネクロかは知らないけど、そこそこ有名ではあるらしいね」


 僕がまた肯定すると、ノエルは剣を出して構えた。


「じゃあさ……ちょっと、俺の力がどのくらい通じるか、試させて欲しいんだ」


 なるほど、そっち系か。


「へぇ、やっぱり男の子ってそういうのが好きなんだね」


「……クラスのうぜぇ女子みたいな言い方しないでくんね?」


 ノエルは鬱陶しそうな顔で僕を見た。


「ま、それよりも……答えを聞かせて欲しいんだが」


「んー、そうだね。別に良いけど……勝負になるか分からないよ」


 僕が言うと、ノエルは驚いたような表情をするも、直ぐに戻した。


「ほぉ? そこまで言うんだ、ネクロさん」


 その声には燃え盛るような戦意が含まれていた。


「いや、勘違いしてそうだけど、勝負になるか分からないってのは僕側の話だよ。剣はさっき習ったばっかりだし、そもそも僕本体は弱いからね」


 僕は出来る限りの弁明をしたが、ノエルは呆れたような表情で僕を見た。


「……勘違いしてるのはアンタの方だよ。俺が戦いたいのはネクロさんそのものじゃなくて、ネクロさんの育てた従魔の方だって。強いんだろ?」


 あ、そういうことね。


「あー、ごめんね。さっきまで剣の稽古をしたりとか自分が使う攻撃用のスキルを取ってたりとかしたから僕が戦う気になってたよ。普通に考えてテイマー相手に戦力として期待するのは従魔だよね」


 僕が声色に惜しそうな感情を混ぜて言うと、チープがため息を吐いてノエルを見た。


「……ノエル、後で剣の試合にも付き合ってやれ」


 チープが言うと、ノエルは嫌そうな顔をしながらも頷いた。


「別に良いけど……取り敢えず、一番強い奴で頼む」


 一番強い奴、ね……まぁ、手持ちで一番強いのって言ったらこの子かな。


「来て、ネルクス」


 僕が言うと、僕の影がぶくぶくと盛り上がり、そこから禍々しいオーラを放つ執事服の男が現れた。



「────お呼びでしょうか、我が主よ」



 その問いに、当然僕は頷いた。


「勿論だよ。話は聞いてたかもしれないけど、その子が戦って欲しいらしいんだ」


「えぇ、それは構いませんよ。ですが……勝負になりますかねぇ?」


 ネルクスはクフフと笑ってノエルを見た。


「ッ! ……確かにアンタは尋常じゃねえオーラが出てるが、俺だって食らいつくくらいは出来るッ!」


 ノエルは吠えるように言った。


「本当にそうですか? では、この状況は何でしょうかねぇ?」


 ネルクスが笑みを崩さずに言う。だが、ノエルは何のことだか理解できていないようだ。


「一体何のことだ? まだ、勝負は始まってすらいな、い……ッ!」


 そこで、ノエルは気付いた。ノエルの背後に二人目のネルクスが微笑みながら立っていることに。


「一応言っておきますが……」


 ノエルの正面に立っている方のネルクスが言うと、そのネルクスはドロドロと闇となって地面に溶けていった。


「本体と分身は既に入れ替わっていますよ。つまり、貴方は分身を相手に一切気付かず、そのまま戦おうとしていたということになりますよねぇ? クフフフ」


「……ムカつく野郎だな、アンタ」


 ノエルは悪態をつきながらも尋常じゃない量の冷や汗をかいている。この状況が、自分の後ろにあの執事服が立っているという状況が命の危機であると、ノエルの体は訴えているのだ。


「さて、一度だけチャンスをあげましょう。貴方が戦いたいのは、私ですか?」


 ネルクスは、既に答えは分かっているという顔で聞いた。そして、ノエルも当然その答えは一瞬で決まった。

 ノエルはゆっくりと口を開き、そしてネルクスを決意のこもった燃えるような赤い目で睨んだ。



「────チェンジで」



 ノエルの鋭い視線を受けたネルクスは、ズブズブと影の中に帰っていった。

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