白髪の少年
クリーム色のテントの中、僕とチープは椅子に座りクッキーを貪りながら談笑していた。
「……って、感じなんだよねぇ」
「なるほどなぁ。色々やってんなぁ、お前」
取り敢えず、最近あったことは殆ど話した。勿論、この前の平原で暴れまわった時のこともだ。
「それで、チープはどうなの?」
「まぁ、俺はぼちぼちかな。特に目立つようなことはしてないけど……まぁ、堅実にダンジョン潜ったりしてAP,SPとかアイテムとか集めながらレベリングしてるってとこだな」
あー、やっぱりダンジョンに潜るのは美味いんだね。
「それと、最近は帝国も聖国も騒ついてるっつーか……動きが怪しいからな。お前も気を付けた方が良いぜ? もしかしたら、お前が倒したペトラって奴も関係してるかも知れねえからな」
ペトラ……あ、ティグヌス教会の救済執行官とかいうやつね。まぁまぁ強かった覚えがある。僕が戦えば一瞬で殺されてしまいそうだ。
「取り敢えず、一応気を付けとけよ」
チープはそういうと、ズズッと自分のインベントリから出したお茶を啜った。
♢
数時間後、何度かリアルでの休憩を挟み、もう陽も落ちて暗くなり始めた頃。僕らは木の影で真っ暗になった森の中を歩いていた。そして今、やっと森の外が見えた。
「……と、漸く森を抜けたな。やっぱ日が落ちたあとの森は怖えな」
「そうだね。まぁでも、夜の方が強いモンスターが出やすいエリアも少なくないらしいし、僕は夜の方が好きかな」
僕が言うと、チープは呆れたような目で僕を見た。
「お前、本当にテイマー脳だな」
テイマー脳って何だよ。いや、悪い気はしないけどね。
「にしても、この平原スライムとかしかいないね」
森を抜けた先の平原。ここら辺のエリア名は覚えてもいないが、なんか腕が鎌になったイタチっぽい奴が延々とスライムを狩り続けてる。そのイタチはちょっとは強そうだが、別に僕でも余裕で勝てそうな程度でしかない。
「そうだな……お、あれプレイヤーじゃん。なんか、絡まれてるっぽいけどな。……ん? あのガキ……」
チープが指差した方向を見ると、双子のような白髪の少女と少年が五人の男たちに絡まれていた。子供たちは地面に座り込んでおり、男たちはいずれも黒い服を身に纏っている。よく見ると、黒い服の胸辺りに白い蛇の刺繍があった。
「んー、不穏そうな気配してるし……行ってきたら?」
「おい、お前は来ないのかよ」
チープが僕を睨むが、僕はひらひらと手を振って笑った。
「いやいや、逃げる訳じゃないよ。だけど、助けが要るような事態なら君に任せるってことだよ」
と、僕は茂みに隠れて観察の体制に入った。
「……別に良いけどよ」
これでもチープは格好を付けるのが好きな男だ。しかし、目立つのは嫌いという中々難儀な性格をしている。そんな彼が、僕は嫌いじゃない。
さて、向こうが更に騒がしくなってきたね。ちょっと聞いてみようか。
「ほら、さっきの短剣をインベントリから出せば命は許してやるって言ってんだろ?」
「橙鉄の剣を早く出せっつってんだよ」
五人の男たちはそれぞれ白い刃のグネグネと蛇のように曲がった剣を手に二人の子供を脅している。因みに、ここの七人は全員プレイヤーのようだ。
そういえば、このゲームって結構エグい描写とか多いんだけどVR機器本体の年齢制限である十三歳を超えてたら誰でもプレイできるってちょっとおかしいよね。
「嫌だね! お前らに剣を渡したところでどうせ俺たちを殺すんだろ? バカ、分かってんだよ」
白髪の少年は中学生くらいの身長で踏ん反り返っている。
「ね、ねぇ、ノエルくん! この人たち、怖いよ……け、剣、渡そうよ」
白髪の少女はノエルと呼んだ男の子にくっつき、震えている。
「おいバカ、引っ付くなよ。良いか、ユキ? アイツらはここら辺では有名なPKクラン……あー、プレイヤーを殺す専門のクランだ。このウィネック平原でどんだけ俺らみたいな奴が殺されたと思ってるんだ」
小ちゃい割に大人びた喋り方と冷静な思考を見せるノエル君はもしかしたら中身は大人なのかも知れない。ていうか、ここってウィネック平原って言うんだね。
「ねぇ、チープは何やってるの? さっきから一歩も動いてないみたいだけど」
隣を見ると、チープが僕と同じように茂みに隠れている。
「……ん? あぁ、ちょっと、危なくなるまで見てようかなってな」
なんだこいつ。まぁ、別に良いけどさ。
「チッ、生意気なガキだなぁ? テメェ、さては中身はガキじゃねえだろ」
男がノエルに蛇のように刃がうねった剣を突きつけて言った。
「あ? 何言ってんだ? 俺は中学生だぞ。ていうか、そういうの聞くの普通にマナー違反だろうが。PKは兎も角、それは止めとけよ」
「い、いや、ぴーけーも駄目だよノエルくん!」
へぇ、中学生なんだ。意外だね。……いや、本当かどうかは分からないけどね。
「ていうかお前ら、ガキ相手に麻痺武器って大人気なくね? つーか、ズルいだろ。あんなの、耐性なきゃ勝てねえし。しかも、吹き矢ってなんだよ吹き矢って。やり方が古いんだよ」
「はッ、やっぱりテメエはガキだな。PKerは状態異常を操るってのが定番なんだよ。理由は簡単だ。雑魚は効率良く狩れるし、強敵相手でもなんかの拘束効果が入れば下克上出来るからな。ま、お前は雑魚の方だったみたいだけどな?」
黒服の男は腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
「……さて、剣を出す気配もねぇし、そろそろぶっ殺すとするか」
「そうだな、久々にこんなイキってる奴を捕まえられたし、嬲ってやろうぜ」
「良いねぇ! こいつの前でこのメスの方をボロボロにしてやろうぜ!」
男達の言葉に、ノエルは表情を消した。
「……おい、ユキ。今すぐログアウトしろ」
「な、なんで? 殺されちゃうよ?」
涙を流すユキにノエルは縦に首を振った。
「あぁ、殺されるだろうな。だけど、それはログインしててもログアウトしてても同じだ。でも、ログアウトしてれば怖い思いはせずに済むぞ」
確かにそうだね。ログアウトすれば糸の切れた人形のように意識を失って一切操作不能の無防備な状態になるが、当然自分が殺される光景は見ずに済むし、痛覚設定をオンにしている人なら痛い思いをせずに済む。
「い、嫌だよ! ユキ、殺されるの怖いよ!」
「バカッ、これはゲームだぞッ! 本当に死ぬ訳じゃねえから早くログアウトしろって!」
あーあ、駄目だね。この子達、本当に中学生みたいだ。ユキって子は完全にパニック状態になってるね。やっぱり、このゲームは子供がプレイして良い奴じゃないね。まぁ、高校生の僕が言えたことじゃないんだけど。
「おいおい、お前らどうするんだ? ほら、早くしねえと……この剣、刺しちまうぞ?」
男がユキの足にうねった剣を触れさせる。
「い、嫌ぁ! やめて、やめてッ!」
「ユキ、落ち着け。お前の痛覚設定はオフだろ? 刺されても痛みはねえって!」
……見てられないんだけど。
「チープ、そろそろ行ったら?」
僕はチープの肩を叩き、急かした。しかし、チープは答えない。
「チープ、聞いてるの?」
僕はチープの横顔を睨みつけた。
「……助けは要らない。見てれば分かる」
いや、明らかに助けは必要……あれ?
「な、なんだこのガキ────ッ!」
視線を戻すと、ノエルが立ち上がり、オレンジ色の刃の剣を男の首に突き刺していた。
「……時間切れだよ、バカども。一流のPKerなら麻痺の拘束時間くらい計算しとけっての」
ノエルは突き刺した剣を横にスライドし、男の首を刎ねた。すると、男の体は粒子になって世界に還っていく。
「ノエルくん! 流石だよノエルくん! カッコいいよノエルくん! ていうか、やっぱり演技とか私向いてないよ! 疲れるしね!」
「……お前、目の前で首が刎ねられてんのにその反応は女子として終わってるからな」
ユキもノエルも平然とこの状況を迎えているし、演技とか言ってるし……なるほどね、状態異常の時間が切れるのを待ってたのか。やっぱり、中学生じゃないかも。
「ネクロ。言っとくけど、こいつらはガチの中坊だぞ。知り合いだから、マジだ」
……こんな中学生が居るなんて、世界は広いね。
「いやー、にしても吹き矢で麻痺食らうとか思って無かったね! ビックリだねノエルくん!」
「……お前、さっきまでのビビリ散らしてた方が可愛げあったぞ」
ノエルはため息を吐きながら、オレンジ色の刃の剣を後ろから斬りかかってきた男の胸に突き刺した。恐らく、場所的に心臓だ。そして直ぐにその剣を抜いて再度剣を突き刺した。今度は肺だろうか。
「ガハッ、い、息がッ、苦しッ、なんでッ、痛覚設定は、オフだろうッ、がッ!」
男は膝を突き、喉を抑えながらノエルを睨んだ。
「確かに、キャラクリでオフにするか聞かれるのは痛覚だけだな。だけど、俺たちプレイヤーにも臓器の概念はあるんだぞ? 当然、呼吸ができなくなることだってある。後で設定見直しとけ」
ノエルが剣をヒュッと振るうと男の首は宙を舞った。
ていうか、普通にプレイしてれば息苦しくなったりする状況には結構遭遇するけどね。その時に設定を弄らなかったのだろうか。因みに、僕はそういう系の設定は殆ど全部現実準拠にしてる。理由はこの世界をより真剣にプレイするためだ。
「おいッ、クソガキがッ! 良くもヒルテとスナケンをッ!!」
「殺すッ! 殺してやるぜガキがッ!」
「お前らッ、同時に行くぞッ!!」
スナケン、変な名前だなぁ。と、僕が場違いな感想を抱いている間に残った三人の男達はそれぞれ同じ剣を掲げてノエルに走っていく。
「おい、ユキ。そろそろ働けよ」
「え? 私? まぁ、良いけど……はい、ピカピカ!」
ユキがいつの間にか持っていた杖を振るうと、魔法陣が幾つも同時に発生し、そこから小さな光の針が無数に射出された。
「うわッ、なんだこれッ! クソッ、眩しすぎだろッ!」
「あぁッ! 顔に刺さって何も見えねぇッ!」
「クソッ、何でこれ手で取れねえんだよッ! 明らかにクソ仕様だろうがッ!」
男達の身体中に突き刺さっている光の針。あれは|光針(ライトニードル》という光魔術の一つで、攻撃力皆無で眩しい光を放ち続けるだけの害悪魔術だ。
「ほら、ノエルくん! やっちゃって良いよ!」
「……別に良いけどさ」
ノエルはため息を吐き、ぶつくさ言いながらも目が見えずに錯乱している男達の首を次々に刎ねていった。数秒も経たない内に男達は粒子となって散っていった。
「……さてと、そろそろ出てきたら? チープ
五人の男達を倒し終えたノエルは剣をインベントリに直すと、僕たちのいる茂みを睨みつけて言った。
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