戦闘訓練withチープ

 あれから何時間が経っただろうか。最初は色々と言葉で僕に教えていたチープだったが、今はただ剣で語り合うのみで、聞こえるのは鉄と鉄がぶつかり合う音だけだ。


「最初よりは動きも良くなってきたじゃねえか」


 と、チープが静寂を破り話しかけてきた。


 因みに、チープはスキルを移動系と剣術に内包された斬撃スラッシュのみに制限し、僕も魔法系は禁止というルールでひたすらに斬り合っている。


「それはどうもッ、お褒めに預かり光栄だよッ!」


 お互いに得物は何の変哲も無い鉄の剣。そして、その無骨な銀色の剣をチープに振り下ろす。


「ハッ、だがまだまだ甘いぞネクロッ! 近接戦闘は剣だけが全てじゃねぇッ!」


 チープは僕の剣を軽くいなしながら足を振り上げる。当然、その方向にいた僕の腹部にはチープの膝が突き刺さった。


「ぐッ、痛いねッ!」


 僕は後ろに飛び退きながらも剣を構え、次の一撃に備えた。


「逃げ腰だな? オラァ!」


 チープは剣を振り上げて僕の顎を砕こうとするが、流石にそれは見えている。僕は構えていた剣を下から上がってくる剣に合わせて防御した。


「ハッ、さっきも言ったろうがッ!」


 が、僕の剣に伝わる感触は極めて小さく、代わりに僕の頰に大きな衝撃が伝わってきた。何が起きたか良く理解できていない僕が冷静になってチープを見ると、その拳が固く握られているのが分かった。


「接近戦は剣が全てじゃねえ。時には剣を捨てることも手段に入れろ」


 つまり、チープは僕が剣を防ぐために防御した瞬間に剣を手放し、素早く僕の頬を殴り抜いたということだ。


「……流石に戦い慣れてるね」


「まぁな。これでも人に教えるのは初めてじゃないんだぜ? まぁ、当然ゲーム内だけの話だけどな」


 ゲーム内だったとしても教えられる程度の実力がある時点で僕からしたら羨ましいけどね。


「それとな、お前は目に見えている攻撃しか防げていない」


 目に見えている攻撃?


「つまりだな、こういう攻撃をされるかもって予測を立てて常に警戒しながら戦うのが良いんだが、お前は視界に映っている攻撃しか防げていない。まぁ、その見えている攻撃を防ぐのは人より上手いみたいだが……それに、お前は普通の奴よりも頭は良い方だろ?」


「なるほどね……いや、僕の成績は平均程度だけどさ」


 僕の言葉にチープは頭を振った。


「お前の成績が悪いのは碌に勉強してねえからだろうが。そうじゃなくて、地頭が良いみたいなことだよ。ノー勉で平均以上な時点で頭は良いと思うぞ。俺は」


 勉強した方が上手くいくって知ってるのに勉強してない僕は地頭も悪いと思うんだけど、どうなんだろうか。


「取り敢えず、やってみろ。もうある程度俺の動きは見ただろ? こういうことやってきそうだなって思ったらそれを防げるような体制を整えておけ」


「うん、分かったよ」


 僕は再度剣を構え、チープから少し距離を取った。


「うっしゃ、じゃあ行くぞ……ハッ!」


 チープが瞬歩ステップを使い、一瞬で距離を詰めながら剣を振り下ろしてくる。


瞬歩ステップ


 だが、その程度は読めている。僕は瞬歩ステップで少し後ろに下がり、チープの剣が僕の鼻先を掠めると同時に僕の剣でチープの首筋を切り裂いた。


「ッ! 今のは雑な攻めだったってのもあるが……やるじゃねえか」


「まぁね。瞬歩ステップと同時に攻撃するプレイヤーは多いし、君も結構それを使ってたからね。開始と同時にそれをやられるかもって警戒はしてたよ」


 僕の言葉にチープは首筋から血を流しながらうんうんと頷いた。


「全く、上達が早いやつに教えるのは教え甲斐があって良いぜ」


 青い粒子がチープの体から僅かに溢れ出し、首筋の傷を治していく。青い粒子は傷を治し終えるとチープの体の中に還った。


「もし、その剣の斬れ味が良くて、斬撃スラッシュを使っていて、お前のSTRが高ければ俺の首ははねられてたかもな」


 だが、とチープは続けて剣を構えた。


「もし、俺が本気だったら……」


 チープは鉄の剣をインベントリからもう一本取り出した。


「お前は一瞬で八つ裂きだぜ?」


 始めの合図を言いすらせずにチープは双剣を掲げて突撃してきた。


瞬歩ステップは移動後に一瞬の硬直がある。だから、攻めでは勝算がある時以外使わない」


 目の前まで走って距離を詰めてきたチープは先ず右手の剣で僕に斬りかかってきた。


「ッ、円斬撃サークルスラッシュ!」


 僕はチープを突き放すために回転しながら斬撃を放った。だが、チープは後ろに下がることはせず……跳躍ジャンプで斬撃を避けながら僕の真上に跳び上がった。


「はッ、円斬撃サークルスラッシュは隙が大きいから気を付けろよッ!」


 チープは僕の頭を蹴り飛ばした。地面に転倒した僕は何とか立ち上がろうとする。


「くッ、危なッ……速いね、ホント」


 が、一瞬で距離を詰めてきたチープの剣が僕の首筋に添えられていた。


「へへッ、こういう時こそ瞬歩ステップの使い時ってことだな」


 なるほどね。と呟きながら僕はチープの手を借りて立ち上がった。


「まぁ、そこそこ疲れたし一旦休憩にするか」


「そうだね。僕も結構疲れちゃったよ」


 チープがそこら辺に座ろうとしたので、それを止めてから僕はインベントリからクシャクシャになったクリーム色の布の玉を取り出した。バスケットボール大の玉である。


「ほら、これに魔力を流すと……」


 クリーム色の布玉が紫色の淡い光を帯びて広がっていく。十秒も経つ頃にはあの布玉からは想像も出来ない程の立派なテントが立っていた。大きさは直径三メートルくらいだろうか。


「おぉ……凄えなこれ」


「あはは、そうでしょ? これ、滅茶苦茶高かったからね」


「へぇ、幾らくらいするんだ?」


 僕はチープから目を逸らし、口角を上げた。


「……28万サク」


 は? と口を開けて目を見開いたチープを無視してサッサとテントの中に入った。


「おい、ちょっと待て……って、何だこりゃ」


 テントの中にはフワフワの柔らかい大きなクッションや二つの椅子、上品な机に棚や布団などが備えられていた。机の上にはチョコチップのクッキーが詰められたガラスの瓶が置かれている。


「これ、オーダーメイドなんだよね。しかも色んな技術を使ってあの大きさに抑えてあるからね、これでも安いと思うよ」


「どうなってんだこれ……明らかに普通じゃない力で作られてんだろ」


 僕は頷き、テントの端らへんにあるクッションにダイブした。


「んー? まぁ、そうだろうね。一応、僕たちプレイヤーの手で作られた商品らしいけど……確か、クラフトラベルとかいうクランの奴だね」


 僕がそういうと、チープは額に手を当てた。


「クラフトラベル……知り合いだわ。そこのクラマス」


 チープは何故か疲れたような表情をしているので、取り敢えずその話題には触れないことにした。僕はふわふわのクッションから何とか立ち上がる。


「まぁ、何はともあれ……積もる話もあるだろうし、ちょっと話そうよ」


 僕は椅子に座り、クッキーの入った瓶を開けながら言った。

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