邪悪なる研究者、決着。

 ♦︎……グラ視点




 ぷよぷよと跳ねる大きな緑色のスライム、それがこの勝負の鍵だ。


「何だ、希望を持ったかのような目をしたかと思えば……現れたのはただのスライムか。何をこの雑魚に期待しているかは知らんが、グリーンスライムはゴブリン以下の雑魚であることなど、誰でも知っている常識だ」


 レミックはそう言いながらも無用心に近付いてくる。


「……とはいえ、そろそろ機能のチェックは終わりでいいだろう。能力も問題無く使えて、身体能力も予定通りに強化されている」


 レミックは口角を上げると、上着として纏っていた膝まである白衣が燃え上がり、灰となって消えた。恐らく、レミックの能力だろう。


「さて、魔物ども……遊びは終わりだ。ここからは本気で行かせてもらおうか」


 その言葉と同時に、レミックの体からより深くより暗い闇のオーラが溢れ始めた。更に、レミックの体には赤い帯のような線が走っていき、複雑な模様がレミックの体中に描かれた。


「クククッ、先ずは……貴様からだ、オーガ」


 レミックは兎のように俊敏に、そして高く跳び上がると、天井付近に近付いた辺りでロアに指先を向けた。


「死ぬが良い。熱線」


 すると、レミックの指先から赤い光線が放たれた。そしてそれは、何方向にも枝分かれして分裂しながらロアを狙う。


「グォッ!」


 無数の赤い光線に襲われるロアだが、そんなことなど御構い無しに跳躍し、身体中に穴を開けられながらも凄まじい勢いでレミックの目の前に跳び上がり、斧を振り下ろした。


「なッ!? ……全く、アンデッドというのは痛覚も無いのか」


 結果、レミックの頭は潰され、残された体は地面に落ちたが、私たちが近付く前に再生してしまった。しかし、ロアの体もゆっくりと再生している。


「それに、油断もいけないな。効率が落ちる。……まぁ良い。先に殺すとしよう」


 レミックが右腕を掲げると、それは例の如く黒く巨大な刃に変わった。だが、それに加えて今回は赤いラインが複雑な模様となって入っている。


「熱線程度では死なんようだからな……油断せず、全ての力を最大限に使わせてもらう」


 更に、刃と化した腕に加えて背中から十本以上のイカのような触手が生えてきた。人の腕よりも太く、人の身長よりも長いそれは、うねうねと気持ち悪い動きでロアに迫った。


「グォッ!」


 だが、ロアは触手を叩き潰し、跳躍で回避し、氷の壁で防ぎ、と様々な手段で逃げ回る。そして、その間にレミックに近付いたネロが後ろから斬りかかる。


「……っと、危ないな。だが言っただろう。油断はしない、とな」


 しかし、ネロの斬撃は振り返りながら後ろに避けられてしまい、空を切ることになった。


「クキャッ!」


 だが、それで諦めるネロでは無い。ネロはレミックの足元に広がった闇から生え始めた無数の触手に襲われながらも、何とか食らいついている。

 そして、それを遠くから見ている私も地面から太い木の枝を伸ばして触手を破壊し、レミックを襲わせて支援している。


「……キシャ」


 拮抗している。状況は拮抗している。レミックは余裕そうにしているが、恐らく多過ぎる能力を活用しきれていない。多分、思考速度や脳の処理速度を上げるような力は無かったのだろう。そして、そのお陰で今は何とかレミックの攻撃を凌ぎ、耐え忍ぶことができている。


「クッ、ちょこまかと……小癪なッ!」


 レミックの両腕が巨大な黒い金属の鎌のように変化し、赤いラインが入る。それをレミックは滅茶苦茶に振り回しながら、何とか背中と足元から生えている触手で前衛のネロとロアを捕らえようとする。が、潰され、斬られ、避けられて触手は上手く機能せず、大鎌も動きが分かりやすいので簡単に避けられてしまっている。


「クキャッ!」


 そして、一瞬できた隙にネロの斬撃が炸裂し、左腕が肩ごと切断される。


「グォッ!」


 更に、切断された左腕にレミックの意識がいった瞬間を狙ってロアが右腕に思い切り斧を叩きつけた。結果、レミックの右腕と右肩……いや右半身全てがぐちゃぐちゃに潰れる。


「キシャッ!」


 そして、そこに私が地面から何本もの木の枝を生やし、レミックの傷口を抉り、掻き回すように貫き、体内に侵入させていく。

 更に蔦などの植物を生やして拘束し、もっと動きを取れないようにする。


「くッ、だがこんなもの金属に変化すれば……」


 と、ボロボロになり、拘束されていたレミックの体が足から順に液体金属のようにドロドロに溶けていく……その瞬間。


「ピキィ!」


 上からミュウが覆いかぶさり、完全に金属となった体全体を一瞬で包み込んでいく。


「ぐッ、これは……何が起きッ、ガッ、ガボッ、くッ、口元がッ」


 そして、全身が金属となっている間は周囲を確認できないのか、一番最初に元に戻った頭がミュウに覆われているのに気付くと、焦りながらももがくが、周りの様子が分からない金属になっている間に完全に包み込まれてしまったレミックはただ足掻くことしかできない。


「ガボッ、くッ、燃ッ、ガボッ!」


 ただ動き回っても意味は無いと気付いたレミックは冷静さを取り戻し、グリーンスライムの弱点である炎を使おうと思ったのか、身体中を発火させるも、炎はミュウを焼き尽くすことはできず、直ぐに鎮火された。少し焼かれてしまった体も一瞬で再生した。


「ピキ、ピキキィ!」


「がッ、やめッ、ガボッ、私は、まだッ、帝国の為にッ」


 対するレミックは、少しずつミュウに溶かされ、ミュウの一部になっていく。レミックも再生はしているが、完全に周りを塞がれ、かつ常に溶かされて吸収され続けているこの状況では完全に再生できないのか、少しずつ体が小さくなっていく。もしかしたら、ミュウの毒に対する再生にも力を回してしまっているのかも知れない。


「……キシャ」


 そして、足首と手首が完全に吸収されたレミックが体内から石の小さな針を沢山飛ばしたり、刃に変化させた腕でミュウを斬り裂こうとしたり、内部で小規模な爆発を起こしたりしても全く効果が無いのを見て、私は漸く安堵のため息を吐いた。




 約一時間後、やっとレミックの最後の一片が吸収された。


「ピキィ……」


 諸悪の根源を吸収し尽くしたミュウは、ゲップをするように満足げに鳴いた。


「……ピキィ?」


 そして、一時間と数十分間ずっとレミックを吸収し続けていたミュウは最初に来た時の三倍以上の大きさになっていた。


「キシャ」


「グォ」


「クキャ、クキャキャ!」


 私達が何とか身振り手振りでミュウの大きくなった体について伝えると、ミュウは少しだけ驚いたように鳴いてから自分の体を圧縮していき、元の大きさに戻った。

 だが、その体はより濃く、そして宝石のように綺麗な緑色に変わっていた。

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