夕焼けが照らす山道で
♦︎……ネクロ視点
レミックを倒した後、僕たちは拠点の中にあった書類と残っていた化け物たち、怪しげな薬剤などを全て回収した。大量に置いてあった魔物の素材も回収させてもらうことにした。そして、綺麗なまま残っている死体は全てアライが引き取るらしい。
「……お兄ちゃん」
そして、一番の目的であるアーテルの妹であるウーレは、アーテルにべったりとくっついて離れようとしない。偶にお兄ちゃん、と呼んだりするが、特に用事があるわけではないらしい。多分、声に出すことでアーテルがそこにいることを噛み締めているのだろう。
「どうした、ウーレ」
だが、それを分かっていてもアーテルが返事をしたのは、帰りの山道を静寂が包んでいたからだろう。あのエトナでさえ疲れているのかあまり喋らない。
「ううん、何でもない」
ウーレはそう言って、さっきよりも強くアーテルにしがみついた。
「……その、なんだ。ウーレ、そこまでしがみつかれると、少し危ないぞ。山道だからな」
暗に歩きづらいと言われたウーレは、アーテルのズボンを掴んだまま少しだけ離れた。
そしてまた、静寂が山道を包み込んだ。
「ネクロさん」
静寂に耐えかねたエトナが、僕の背中を突いた。
「ん、どうしたの?」
夕焼けが照らす山道、エトナはスッと僕の横に並んだ。
「不思議ですよね。最初は霊園の調査ってだけだったのに、こんなことになるなんて……思いもしませんでした」
「うん、そうだね。……まぁでも、これで良かったとは思うよ」
僕が言うと、エトナは頷いた。
「確かに、そうですね……あの人を放っておけば、大変なことになっていたのは間違いないと思います」
レミックの恐ろしいところは、あの化け物たちを量産できる技術を持っていたというところだ。あの巨人や、赤い奴らや、彼が人魔融合体と呼んだ存在……アーテル、S-2、そしてレミック自身。それらを量産されていれば間違いなくサーディアは滅んでいた。
……そう考えると、なんだかこの世界は凄く危ういような気がした。ちょっとした拍子で全てが崩れて壊れてしまうような、そんな気がしてしまう。
今回だって、レミックの発見と抹殺が遅れていればきっと大変どころでは済まないことになっていたはずだ。もしかすれば、サーディアどころかナルリア王国そのものが危なかったかも知れない。
多分、主要な都市がいくつか滅びれば、きっと帝国はそれを好機と見て攻めてくる筈だ。そこからは全面戦争になると思う。
ナルリア王国には次元の旅人も多いけど、デスペナルティもあるから、生き返ってからすぐに戦いに行けるわけじゃない。プレイヤーは無限の戦力ではあるけど、無敵の戦力では無いんだ。
つまり、何が言いたいかっていうと……もしレミックに国を荒らされた後、帝国に攻められれば、多分この国は落ちていた。そして、この世界でもそこそこの影響力を誇るナルリア王国が帝国に呑まれれば……世界の均衡は大きく崩れるはずだ。そして、それはきっと良いことじゃない。帝国以外の国は団結するだろうけど、それでもナルリアを飲み込んだ帝国が弱小国の集まり程度に滅ぼされるとは思えないし……多分、聖国とかの影響力が強い国も帝国の敵に回るとは思うけど……いや、ナルリアと帝国の戦争の時に聖国が介入するかも知れない。
……やっぱり、僕なんかじゃ分からないけど、世界には目に見えない均衡があるんだろうね。もしかしたら、サーディアやセカンディアが落ちても周辺国の睨みに怯えて帝国は動かないかも知れない。
でも、もし動いたとしたら……きっと、沢山人が死ぬだろう。
「どうしたんですか、ネクロさん? ボーッとしてたら転びますよ、山道ですから」
「あはは、ごめんね。ちょっと、考え事をしてたんだ……もう、消えた可能性だけど……レミックを、僕たちが見つけてなかったら、あの時霊園の調査依頼を手に取らなかったら、どうなってたんだろうって」
僕が言うと、エトナは笑った。
「うふふ、ネクロさん。そんなこと考えたってしょうがないですよ。目に見えない可能性なんて、私たちには分からないんですからね。大切なことは、目の前にある大事なものを守ることだと思います。……というか、頭の悪い私にはそれしか出来ませんからね!」
「……胸を張って言うことじゃないよ」
でも、確かにそうかも知れない。あの時こうしなかったらだとか、こうしてたらだとか、考えてる暇があれば目の前にあるものを一つでも守るべきだ。偉大なる先人の言葉に『後悔先に立たず』っていうのがあるけど、最良の未来を選択しておきながら、既に消え失せた最悪の未来に怯えてる僕は論外だろう。
それに、あんまり杞憂だとかは僕には似合わない。楽観的なのは僕の短所でもあり、長所でもあったはずだ。
「そういえば、アーテルはこれからどうするの?」
僕が言うと、アーテルは意外そうに首を傾げた。
「俺か? ……腕っ節と生命力だけは自信があるからな。取り敢えず、魔物を狩って素材を売ったり、冒険者ギルドで依頼をこなしたり……まぁ、このサーディアで暮らしていくつもりだ」
「……そっか」
さっきから、何となく感じていた違和感の正体が分かった。僕は、ほぼ完全にこの世界をもう一つの現実として見ている。そもそも命の価値が低い世界だからか、人を殺してもあまり感情は湧かないが、それでもこの世界に生きる人たちは本当に生きているかのように見えている。
そもそも、高度に発達したAIと人間は何が違うのだろうか。電子回路か、脳みそか。無機物か、有機物か。それに、態々そこに違いを求める必要はあるんだろうか。
「……エトナ」
きっと、同じだ。人の感情だって、所詮は脳が勝手に作り出したものに過ぎない。だったら、電子回路が生み出した感情を模した何かも、きっと感情と同じだ。どちらも、同じ作り物だから。
「はい、どうしました?」
エトナは微笑みながら振り返った。彼女の笑顔は、山を覆う夕焼けよりも輝いているように見えた。
「……あはは、ごめん。何でもないよ。ちょっと、色々ね」
あぁ、全くもって僕らしくない。僕はエトナを追い越し、追い抜かされないように早足で歩いた。だけど、エトナは直ぐに僕の横に並んできた。
「ネクロさん。私、ネクロさんと居ると、楽しいです。……だから、そんな顔しないでください」
その言葉で気が付いた。あぁ、なるほど。僕は勝手に負い目に感じていたんだ。彼女たちと人と変わらないように接している癖に、本当は僕たち人間と何も変わらないと思ってる癖に、仮想の存在だからって、現実じゃないからって、心の何処かで遠ざけようとしていたんだ。心の奥底まで入り込まれないように、鍵をかけていたんだ。きっと、そうなれば僕はこの世界を直視せざるを得ないから……二つの世界で、生きなければならなくなるからだ。
所詮ゲームだ、そう割り切れればどれだけ良かったか。あの能天気な安斎の顔が浮かぶ。クソ、何が友達がいないからだ。お前のせいで僕はこんなに苦悩しているんだぞ。
「……そうだね」
だけど、そうだ。きっと、ゲームの中でも良い。仮想でも、良い。それに、さっき自分で結論付けたばっかりだろう。人もAIも、電子回路も脳みそも変わらない。違うのは無機物か有機物か、それだけだ。結局、どちらも同じように餌を必要として、演算処理を行うんだ。必要なものが、電気か栄養か、それだけである。
「マスター、私もです」
メトがいつも通りの無表情で睨みつけるように言った。でも、その内に込められた感情が本物であることを僕は知っている。
「うん、ありがとう。僕もみんなと一緒だと楽しいよ」
僕が笑うと、エトナは安心したように微笑んだ。
「えへへ、そうですよね。それなら、良かったです」
落ちていく夕焼けが、僕の頬を焦がす。小鳥たちの囀りが山に響く。木々が揺れ、葉がぶつかりあって騒めいている。驚くほどに自然だ。美しい山の中を、僕たちは歩いていた。
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