巨人を穿つ黒罅

 ♦︎……ロア視点




 先程まで余裕があったが、何体かの強力な敵が現れたことによって事態は急変した。ネロは私たちとは違う道へと走っていったが、そちらでも普通ではない戦闘が行われているようだった。


「グォォオオッ!!!」


 私は斧を振り下ろし、眼前に突き立てられた先が鋭く尖っているひょろ長い尻尾を切断した。


 目の前には八体の真っ赤な体を持つ化け物と、三体の巨人。他にも敵は何体かいるが、この十一体と比べれば居ないも同然だろう。


「……グォ」


 しかし……尻尾を切断したところで、あまり意味はない。こうやって、直ぐに生えてきてしまうからだ。

 現在、私が相手をしているのは一体の巨人と三体の赤い化け物だ。他は全てグラに任せている。彼は私の数倍は強力なので、安心とまでは行かずともグラの方を振り返る必要はないだろう。


「グォォオオオオオッッ!!!」


 私は切れかけていた自己強化セルフブーストを掛け直し、猛然と奥の方にいる赤い化け物に飛びかかった。奥の敵を狙った理由は、単純に厄介だったからだ。赤い槍を同時に三つも作り出して遠くから撃ち続ける相手を放っておく訳にはいかない。

 私の斧は、人型で猫のような頭と尻尾を持った三つ目の赤い化け物を一振りで真っ二つに……することなく、近くに控えていた違う赤い化け物に防がれた。


「ガルルルル……」


 それは狼の頭を持ち、背中から異常に長い三本目の腕を生やした赤い化け物だ。それ以外に異常な点は無いが、その3つの手にはそれぞれ刀身が真紅に染まった剣が一本ずつ握られている。


 その狼の頭を持つ化け物の最も厄介なところは意識外の真上から剣を振り下ろしてくるところだ。当然、気を抜けば一瞬で殺されるだろう。


「ギシャァ!」


 瞬間、横からまたさっきの尻尾が襲いかかってきた。尻尾の先は白い菱形になり鋭く尖っているが、その先端からは緑色の液体がぽとぽとと零れ落ちている。


「グォオ!」


 その緑の液体とは、毒だ。零れ落ちた液体はジュワッと音を立てて地面を溶かしている。その危険な尻尾の持ち主は蛇頭を持つ足の無い赤い化け物だ。シュルシュルと地面を這って動く様は気持ちが悪い。

 そして、その毒のある尻尾をなんとか跳躍ジャンプで回避し、その回避先にいる猫頭の化け物に斬りかかった。


「フニャ!?」


 猫頭の化け物は驚いて腰を抜かしたようだったが、私の斧は隙だらけの猫頭の化け物までは届かなかった。その理由は単純……巨人がその身を呈して庇ったからだ。

 クロスされた巨人の腕に斧は直撃したが、巨人の前腕は青い金属のような何かで構成されており、私の一撃は傷をつけるだけに留まった。だが、スキルも使用していない斧の攻撃を防がれたところで何の問題もない。


「コロ、ス……」


 巨人は片言で何かを言いながら近付いてくる。私は斧を構えて迎え撃とうとするが、周囲の敵はそれを許さない。私が斧を構えた瞬間に左からは宙を舞う三本の赤い槍が、右からは先の鋭い尻尾が、後ろからは赤い剣が、同時に襲いかかってきた。


「グォオオオオッ!!」


 だが、そんな状況の打破くらいならば簡単にできる。寧ろ、攻撃のタイミングをずらした方がマシだっただろう。

 私は六、七メートルほどの高さの通路の中、強く地面を踏みしめ、大きく跳躍しながらも回転した。それだけで攻撃は回避できているのだが、更に回転しながら跳んでいた私は天井に足を付け、それを踏み台に更に跳躍した。


「……ギシャッ!?」


 そして、地面に向かって思い切り跳んだ私は魔力を流しながら斧を振りかぶった。武器の効果によって凄まじい重量と威力を持つ斧は、間抜け面を晒した蛇頭の化け物の頭を簡単に弾けさせた。


「グォオッ!」


 そして念の為に、頭の無くなった化け物の体に更に斧を振り下ろす。豪快な音を完全に木っ端微塵になった蛇頭の化け物は、流石にもう再生しなかった。


「キ、サマ……ヨクモ、ワガ、ナカマ、ヲ……ッ!!」


 更に怒り狂った様子の巨人は拳に冷気を纏わせ、それを私に振り下ろした。


「グォ」


 だが、タダで当たってやる訳もない。私は跳んで回避し、氷魔術で氷の槍を作って猫頭の化け物に飛ばした。単なる牽制の意味しか無いが、態々体を動かさなくていいのは投擲よりも便利だ。


 ……良し、今日初めての戦闘だったからまだ準備ができていなかったが……もう、完全に体は暖まった。ここからは、本気だ。


「グゥゥゥォオオオオオオオオオッッッ!!!!!」


 この洞窟全てに響き渡るような咆哮を上げた。そうすると、周りの敵は少し怯んだ目で私を見たが、逆に私は戦意が漲り始めた。目に入る全ての敵を破壊し尽くしたい……そんな、マグマのように熱い衝動に駆られながらも、私は冷静に自分を律して興奮する体と心を抑えた。


 咆哮の意味はある。私がこうして吼えることで、私の身体能力は上昇し、戦意が異常に滾るのだ。そして、弱い相手ならばビクビクと怯えて動けなくなる。


「グ、グルルル……」


「フ、フニャ……」


 狼頭も猫頭も僅かに怯えているが、流石に動けないほどでは無いらしい。そして、巨人に至っては全く動揺せずに私を睨みつけている。


「……シネ」


 巨人は冷徹な目で私を睨みながらもその凍てつく拳を振り上げ、私に振り下ろした。その拳が私に近付くにつれて私の近くの空気が凍っていくのが分かる。


「グォオオオオオッ!!!」


 だが、その拳を避ける必要はもう無い。私は大斧の刃の部分を地面に擦り付けながら勢い良く振り上げた。その瞬間、私の斧から炎が噴き上がった。


「グッ、グヌヌヌ……ナンダ、ソノチカラハッ!?」


 振り上げられた炎を纏う斧は、凍てつく拳と思い切りぶつかり合うと、巨人の拳を吹き飛ばし、更に大きく傷をつけた。


「グォオオオッ!!」


 私は斧を胸の前に出し、横に倒して持った。そして空いている片方の手で斧をゆっくりとなぞると……斧が妖しく紫色のオーラを放ち始めた。


「フ、フニャッ!」


 紫色のオーラを放つ私の斧を危険だと判断したのか、猫頭の化け物が三本の槍を飛ばしてきたが、無駄でしかない。


「グオッ!」


 私は三本の赤い槍を斧で打ち消し、地面を思い切り踏み砕いた。割れた地面の欠けらを拾うと、私は思い切りその礫を猫頭に投げつけた。石の礫は猫頭の首辺りに命中し、その礫よりも大きな風穴を開けた。倒れた猫頭は地面に這い蹲りながらも、逃げようとしたが、偶然通りがかったグラに轢き殺された。


「ガオォオオオオオッ!!!」


 と、そこで後ろから三本の剣を持つ狼頭が襲いかかってきた。


「グォオオオッ!!」


 だが、手数だけでは私には勝てない。私は連続で振られる三本の剣を避けながら、隙を見て斧を振り上げた。


「グルルッ!」


「グォオオオッ!」


 と、流石に高い反射神経を持っている狼頭は、私が斧を振り上げ始めた瞬間に飛び退いて回避したが、私はそこに目掛けて振り上げた斧を投げ飛ばした。

 更に、狼頭の後ろに氷の壁を作り出し、逃げられないように工夫する。


「グ、グルルッ!? ガォオオオオオッ!!?」


 斧に気付き、直ぐに飛び退こうとした狼頭だったが、氷の壁にぶつかって飛び退くことは出来なかった。そして、眼前に迫る斧を見た狼頭は悲鳴のような鳴き声を上げながらも剣で斧を防ごうとして……氷の壁ごと破壊され、グチャグチャの肉塊になった。


「……グォ」


 後一体だ。と、思った瞬間に後ろから巨人の拳が迫る。私は跳躍して回避し、さっきのように天井に足をつけた。

 だが、斧を投げてしまった私を逃す気は無いのか、天井に張り付いた私に巨人は高い身長を生かして拳を打ち込んできた。


「グゥォォォオオオオオオオオッ!!!」


 私は避ける訳でもなく、巨人の凍てつく拳を私の両手で受け止めた。


「シ、ネッッッ!!!」


 冷気を放つ巨人の拳を受け止めた私の両手は少しずつ凍っていくが、問題は無い。もう直ぐ、もう直ぐだ。もう直ぐ……来た。


「ヌオッ!?」


 弧を描くように、巨人の首筋を掠めながら、それは私の手元まで回転しながら戻ってきた。


「グォオオオオオオッッ!!!」


 そう、私の斧だ。あれは私の【斧術】にある技の一つで、さっきの紫色のオーラを放っている間に投げると、必ず私の手元まで帰ってきてくれる。

 そして、手元まで飛んできた斧を冷え切った片手で掴み、その斧に魔力を込めて重量を強化しながら思い切り巨人の拳に振り下ろした。


「グヌゥウウウウッッ!!! キサマ、キサマァアアアアアアッ!!」


 結果、斧は巨人の拳をぐちゃぐちゃに破壊した。使い物にならなくなった片手を見て巨人はまたもや怒り狂い、そしてもう片方の拳で私を破壊しようと、巨人は弧を描くように大きな拳を振るった


「……グォ」


 だが、そんな見え見えの攻撃に当たる訳がない。速さだって眼を見張る程のものではない。

 私は跳躍し、回避しながらまた天井に張り付くと、再度天井を蹴って巨人目掛けて跳んだ。


「キ、キサマッ!?」


 巨人は拳を戻しながらも何とか避けようと退がる。だが、私の斧は既に巨人の腕を捉えている。

 私が斧に力を込めると、斧は赤いオーラを放ち始め、それは私にも伝播し、私と斧は烈火のごとく赤いオーラを放つ。

 このオーラを放っている間は次に与えるダメージが強化されるが、逆に私が受けるダメージも大きくなる。


「グォオオオッ!!」


 結果、私の斧は巨人の無事な方の手がくっついている片腕を簡単に切り落とした。と同時に、赤いオーラも消滅した。


「キ、キサマ……ワレノ、リョウウデ、ガ…………ユルサンッ!!!」


 だが、巨人はまだ諦めず、その大きな足で私を蹴り飛ばそうと勢い良く足を振るった。と同時に、その足から風の刃のようなものが放たれた。大きな足から放たれたそれもまた当然大きく、逃げ場の少ない洞窟の中ではどうすればいいのか少し迷ったが……それだけだ。


「……グォ」


 私は氷の壁を作り出し、更に斧を横に構えて身を守る体勢を取った。風の刃は氷の壁と激しくぶつかり、そしてその壁を破壊してから私を襲ったが、勢いの弱くなったそれは私に幾つかの小さな切り傷をつけるだけで終わった。


「マダダッ、マダマ────ッ!?」


 そして、砕けた氷の壁の向こう側、まだ風の刃を放とうとしている巨人を見つけた私は一瞬で跳躍して近付き、また赤いオーラを立ち上らせた斧で、振り回されようとしている片脚を切り落とした。赤いオーラがシュンと消えていく。


「グォオオオッ!!」


 と、それから間髪入れずにまた赤いオーラを呼び覚まし、残った片脚を切り落とした。


「グヌァアアアアッッ!!! キサ、マッ! ヨクモ、キサマッ!」


 巨人は怒り狂った目で私を睨みつけている。すると、巨人の瞳に熱が集まっていき、瞳が赤く赤く染まっていく。そしてその瞳から……


「グォ」


 何も放たれることなく、無慈悲な斧によって巨人の瞳は切り裂かれた。もう片目も一気に潰してしまう。


「ミ、ミエヌッ! モ、モウヤメ────」


 なにかを喚いている巨人を無視して、私は無防備な巨人の首を持ちうる全ての力を使って真っ二つに両断した。硬い何かが首の中にあったが、私の斧はそんなものをものともせずに纏めて斬り裂いた。


「ヌ、ゥ……ァ……」


 流石に再生しないことを確認した私は、グラの方を見た。しかし、どうやらそっちも終わっているようだった。


「グォ……」


 さて、粗方片付いたとなれば……腹が減った。


 私はそこら辺に転がっている肉塊達を見て舌舐めずりをした。

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