とあるプレイヤー達の災難
翌日、僕は朝五時に起きて諸々のリアルでやるべきことを済ませた後、ログインした。寝たのが一時過ぎくらいなのでクソ眠いがしょうがない。タイムリミットは明日の朝までだから急がないといけない。
昨日、僕はログアウトする前にグリーンスライムのミュウをエウルブ樹海に放し、適当に狩りをするように命令を出した。
霊園の周りで狩りをさせなかったのには二つの理由がある。一つは人里が近く、霊園に行こうとする一般市民も襲ってしまう危険性があること。もう一つは単に経験値になる敵が少ないということだ。
そして今日、眠っているエトナをベッドに放置し、メトにそれを見守るように告げた僕は霊園に来ていた。
「……あ、いたいた」
霊園の外の岩陰に、血塗れの斧を手に持ったオーガ・ゾンビ……ロアが胡座をかいて座っていた。
「……グォ」
僕に気付いたロアが、片手を上げて挨拶した。細められたその目はどこか疲れているように見えた。何かあったのだろうか。僕の目線に気付いたロアは気まずそうに目を逸らした。
「えっと、何かあったの?」
前見た時とは全然雰囲気が違うロアに、僕は思わず聞いてしまった。
「グオ……。(実は……)」
待ってましたとばかりに話し始めたロアを見て、僕は少し後悔した。
♦︎……???視点
俺は魔剣士のケンジ。本当の名前ではなくプレイヤーネームだ。今は三時も過ぎた深夜。当然空は真っ暗で道も暗いが、俺たちは徹夜してCOOの世界を楽しんでいた。
俺たち、というのは俺のパーティメンバーも一緒だからだ。俺を含めて四人、馬車に乗ってウオバンからサーディアまで向かっている。目的は当然闘技大会だ。
「……星、綺麗だよなぁ」
俺が呟くと、他の三人が笑った。
「おい、笑うことかよ」
俺が不機嫌そうに言うと、三人は更に笑った。
「あはっ、あはははっ、いや、なんていうか、ほら……深夜テンションみたいなさ?」
「悪い悪い……ハハッ、俺もそうだな。なんか眠いを通り越して楽しくなって来た」
僧侶のアントラーズが持っている杖で遊びながら言った。
「ふふっ…………これ、私も何か言った方が良いですか?」
魔術士のチエリは注目されていることに気付くと、笑いを引っ込めていつも通りの無表情を貼り付けた。
「いやぁ、言われてみればなんか楽しくなってきたなぁ……うし、動画でも撮るか」
俺はそう言いながら録画モードを起動した。こうして俺は偶に動画を撮り、SNSに投稿しているのだ。まぁ、あまり伸びてはいないが。
「またいつものか。今撮っても面白いものなんて無いだろう」
アントラーズが呆れたように言った。
「いやいや、あるだろ。ほら、この星空とか……絶対バズるぞ」
「ケンジ、そういうのは既に沢山の方がやってますから、今更貴方がやったところで二番煎じにもなりませんよ」
チエリが窘めるように言った。
「あたしは良いと思うけどね……確かに、馬車から眺めるこの夜空は最高に綺麗だしさ。全く、ビールでも飲みたいねぇ」
「あぁ、一応エールならあるが」
アントラーズが提案したが、アニラは首を振った。
「インベントリの中に入れてたやつはぬるくなっちまうからねぇ……誰か氷の魔法でも使えりゃ良いんだけど」
アニラは露骨にチエリに視線を送ったが、チエリは星空を眺めていた。
「ねぇ、チエリ。アンタ、氷を出せたりとかしないか?」
「残念ですが、氷魔術は使えません。あれは普通の属性魔術と比べるとちょっと高いんですよ」
星空を眺めたままチエリは言った。
「…………暇だなぁ」
馬車を包み込んでいる静寂を破るべく、俺は口を開いた。
「何だい、静かに動画でも撮ってりゃ良いじゃないか」
「いやぁ、やっぱり冒険ってのは何か起きた方が楽しいもんじゃん。……いやぁ、何か起きないかなぁ」
俺の言葉に、チエリはため息を吐く。
「起きるわけが無いでしょう。この道には魔物が嫌がる魔力が込められた黎明石が混ぜられているのですから、知性の低い大抵の魔物は近寄ってきませんよ」
同調するようにアントラーズが頷く。
「チエリの言う通りだ。諦めて寝て、ろ……?」
突然、アントラーズの語気が弱くなった。
「ん、どうした。お前が眠くなったか?」
「……違う。お前ら、後ろを見ろ」
俺たちは素直に馬車の後ろ側を見た。
「────おいおい、
そこには、猛スピードで道を走るオーガの姿があった。あの速さなら、あと十秒程度でこの馬車を追いつくだろう。
「アッハッハ、これフラグって言うのかい? アンタら、回収しちまったねぇ!」
アニラが豪快に笑うと、チエリはそれを睨みつけた。
「笑ってる場合じゃありません。その回収には貴方も付き合わされるんですから」
「いやいや、笑ってる場合さ。折角面白いことが起きたんだからねぇ!」
話している間にもオーガの距離は近付いてくる。
「おい、そろそろ追い付かれるぞ。俺が馬車を止める。お前らは先に降りろ」
アントラーズはそう言って俺たちに背を向けた。
「良っしゃ、行くぜ! 結構強そうだし、録画してるかいがあるかもな?」
俺はスピードが落ち始めた馬車から飛び降り、腰の剣を抜いた。隣には二人がいる。後ろを見ると、アントラーズが馬車から降りていた。
「かかって来いよッ、クソオーガッ!」
俺は剣を構え、オーガに斬りかかった。
「……グォ」
そんな俺を視認したオーガは面倒臭そうに斧を振るって俺の剣を迎撃し……俺ごと馬車まで吹き飛ばした。
「うぉッ?! やべぇ! HPがミリしかねえッ!」
マジで痛覚設定切っといて良かった……俺が焦りながらもアントラーズに視線を向けると、神官の力で俺を回復してくれた。
俺が回復されている間にアニラがナイフを持って急接近し、チエリが火球を放って援護している。が、アニラのナイフはオーガに浅い傷しか付けられず、その傷も直ぐに回復してしまい、チエリの火球は斧で掻き消されている。
「……おいおい、これでも俺たち四十レベルは超えてるんだぜ」
平均45レベルくらいの俺たちのパーティは、そこらのオーガ程度なら簡単に倒せるはずなんだが、何故かボコボコに圧倒されている。確かに、最初に見た時から普通の奴とは違うオーラはあったが……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
オーガ・ゾンビ (ロア) Lv.48
■状態
【従魔:ネクロ】
《閲覧権限がありません》
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル48、数値で言えば俺の一つ上だ。だが、従魔ってことは誰かの配下ってことだよな? それにゾンビ化してるってことは普通より弱いはずなんだが……クソ、分かんねえ。
「お前らッ、こいつはどっかのクソッタレ野郎の手下らしい。もう分かってるとは思うが、こいつは普通とは違うからなッ!」
「えぇ、理解していますッ! 私の魔法は簡単に対処されますし、アニラの攻撃も殆ど効いていませんッ!」
あぁ、畜生。確かに危機的な状況だ。だが、まだアニラは持ち前のAGIの高さで一撃も食らってないし、チエリの魔法を態々防ぐってことは当たればそこそこ効くってことだろ? しかも、こっちには圧倒的な優位点がある。
「……アントラーズ、
「確かに、言われてみれば普通のオーガよりも禍々しいな。……分かった、任せろ」
こいつを倒すには、剣でも槍でもダメだ。
……光だ、光が必要なんだッ!
「忘れたんですか、ケンジ。……私も、光魔術は使えるんですよ。
光の槍が、オーガを目掛けて飛んでいく。
「……グオォ」
オーガはまたもや面倒臭そうに声を上げると、カラフルなオーラが立ち上った。そしてオーガは足に力を込めると、思い切り跳び上がった。
当然、光の槍はオーガの元いた場所を通り過ぎて荒野の彼方に消えた。
「い、今のッ、
チエリが何かに気付いたように叫び出すが、それどころではない。空中に舞い上がったオーガの斧が、赤いオーラを帯びて徐々に燃え盛りながら落ちてきているからだ。
「チエリッ、アントラーズッ、空中のオーガを攻撃しろッ!」
俺がすかさず指示を出すと、光の槍と数本の白く光る矢が放たれた。それは遥か上から降下するオーガに命中し、肉を大きく削り取ったが、オーガの動きは止まらない。
「ダメかッ、狙いは……チエリかッ!」
オーガはチエリを捉えて真っ直ぐに落下してくる。猛スピードで落ちてくるオーガを避ける時間は、もう無い。助からないことを悟ったチエリは杖を構え、最後の一撃をお見舞いしようと魔力を杖に込めた。
「アンタを死なせる訳にはいかないからね、どきなチエリッ!」
と、オーガの斧がチエリに触れる一秒前、アニラがチエリを突き飛ばし、自分がオーガの下に躍り出た。
「ケンジッ、後は頼────」
無慈悲な炎の斧が、アニラの体を叩き潰した。
「────ア、アニラァアアアアアアッッ!!!」
俺は力の限りに叫び、手に持っている剣に力を込めた。
だが、オーガは俺の叫びに目もくれず、消滅しかかっているアニラの体を貪っている。
「……魔力の節約なんて、知らねえ。出し惜しみは無しだ。
荒野のゴツゴツした大地から力が流れ込み、茶色いオーラが俺を包む。体の奥底から煮え滾る炎の力が湧き上がり、赤いオーラが俺を包む。吹き荒ぶ風を纏い、緑色のオーラが俺を包む。暗い闇が俺の影から滲み出し、黒いオーラが俺を包む。青く澄んだ水が薄っすらと俺の体に沿って流動し、青いオーラが俺を包む。
「────
神聖なる光の輝きが剣から溢れ出し、神聖なるオーラが俺を包んだ。
効果はVIT,STR,AGI,MNDの上昇と自動回復、そして剣への聖属性と光属性の付与だ。更にチエリとアントラーズも魔法で強化をしてくれていたらしく、更に力が溢れるのを感じた。
「……食事は終わりか? だったら、行くぞバケモノ」
俺は身体中に満ちる力を確かめながら、剣を握りしめた。俺の後ろからはチエリとアントラーズが杖を構えて支援の体制を取っている。
「アニラの仇だ。人殺しの代償はその身で払えよ、クソ野郎」
オーガが俺を睨みつけ、斧を構える。俺もオーガを睨み、剣を構えた。
「『我が高貴なる光輝の刃、聖光放ちて邪悪なる
俺の剣は更に光を放ち、天の果てまで照らさんとばかりに輝いた。そして、俺はその光り輝く神聖なる剣を、強化され尽くした肉体にモノを言わせて可能な限りの速度で、力で、思い切りオーガに振り下ろした。
「……取ったッ!」
その剣はオーガの斧を持っていた腕を斬り飛ばした。オーガの斧と腕がボトリと地面に落ちた。俺はそのまま剣をオーガの首に向かって振るおうとした。
「……グォ」
が、届かなかった。剣が届く寸前、オーガの大きな手が俺の腕を掴んでいた。
「なッ! てめッ、やめろッ?!」
そして、オーガはゆっくりと手に力を込めていき……ぐちゃり、と俺の腕を握りつぶした。
「お、俺の腕がァアアアアアアッ!!!」
そしてオーガは潰された俺の腕を放し、ショックに声を上げる俺の腹に思い切り拳を叩き込んだ。
「ぐはッ! ……ぐッ、クッソ……」
俺は最初のように馬車まで叩き飛ばされた。チエリが光の槍を放ってオーガを攻撃するが、簡単に避けられる。
「すまんが、腕を頼む」
「あぁ、それが俺の役目だか、ら……おい、待て」
アントラーズに腕を治してもらおうとした瞬間、オーガは俺の剣を拾った。
「やッ、やめろッ!!」
「グォォ……グォオオオオオオオッ!!」
そして、オーガはそれを思い切り俺に投げつけた。俺の眼前まで光り輝く剣が迫る。
「し、死ぬ────」
俺が目を瞑り、死を覚悟した瞬間。隣から衝撃が襲った。
「ダメだッ、絶対倒せッ! ケンジッ!!!」
地面に倒された後、急いで起き上がると……アントラーズの胸には光輝を放つ剣が刺さっていた。
「……ちくしょうッ、畜生がッ! アントラーズ、お前まで……ッ!」
「気にするな、ケンジ。俺はもう助からんが……お前は、勝てよ」
馬車にもたれかかったアントラーズが潰された俺の腕を握ると、俺の腕は一瞬で元の形に戻った。そして、それから直ぐにアントラーズは消滅し……あいつの胸から落ちた俺の剣が地面に刺さった。
俺は剣を引き抜き、オーガの方を見た。
「なッ、嘘だろッ! チエリッ!!」
「出来る限りの時間稼ぎは、しました。それに、一発……ぶち込んでおきましたから。後は、頼みます。それと……そんな顔は、貴方には似合いませんよ」
チエリは足元から少しずつ消えていく。
「────ケンジ、絶対勝って」
チエリは、優しく微笑みながら消えていった。
「クソ、やるしか……やるしか、ねぇのかッ!」
残るは、俺一人だ。オーガの片腕は無く。胸には大きな穴が空いている。これがチエリがさっき言っていた『ぶち込んでおいた一発』だろう。
「アニラ、アントラーズ、チエリ……俺、やるよ。あいつを、ぜってえ倒すッ!!」
俺は光を放つ魔法剣を絶対に放さないように握り、目を瞑って三人のことを頭に浮かべた。
『ケンジッ、後は頼────』
『お前は……勝てよ』
『────ケンジ、絶対勝って』
三人の、最後を、意思を、魂を、俺は引き継いでいる。忘れちゃ、いけねぇ。
「絶対に忘れねぇ。最後の言葉も、あいつらの願いもッ!!! その為に、テメエをぶっ殺すッ!」
もう時間は無い。魔力消費は激しくなるし、難易度も上がるが詠唱は破棄だ。きっと、今なら出来る。クソ難しい魔力操作でも、今なら出来る。俺なら、出来んだろうがッ!
「────
細い目で睨みつけるオーガに、俺は三人の意思を乗せ、剣を光らせながら駆け出した。
「死ねぇ、クソオ────」
光の剣が、あと少しでオーガの首に届く。
「……グォ」
あと少しで、届く。だが、その少しは届かなかった。気が付けば俺は地面に倒れ伏し、俺の腹には拳くらいの大きさの風穴が空いていた。
「……なんだ、これ」
俺は眩む視界に耐えながら、オーガを見た。その手には、斧では無く……石が、礫が握られていた。
「ハハッ、そうかよ……そうだよな。仲間のお陰で何度も助かった奴が、仲間が居なくなって、勝てる訳……無いよな。ハハッ、俺は勘違いしてたのか……俺は、ただのちょっと強い剣士で、この世界の主人公なんかじゃ、無いんだ」
朧げながら、オーガが斧を持って近付いてくるのが見える。
「……グォ」
オーガは、無慈悲にも斧を振り下ろした。視界が血で滲んでよく見えないが、きっと俺の臓器は弾け飛んでいるんだろう。
「あぁ……そうか。お前、もう、腕……治ってるん、だな……」
最後に見えたのは、俺に食らいつくオーガと、既に八割くらい再生している斬り飛ばしたはずの片腕だった。
「みん、な……すま、ねぇ……」
ゆっくりと目を瞑ると、俺の意識は完全に消滅した。
♦︎……ネクロ視点
ロアは一通り語ると、グフゥとため息を吐いた。
「へぇ、大変だったんだね」
どうやら、こんな戦闘を軽く十回は繰り返してここまで辿り着いたらしい。軽くネットで調べてみると、何件か被害者の動画が上がっていた。ごめんね。
「グォ、グオォォ……(はい、それでですが……)」
ロアは何箇所かにヒビが入った鋼鉄の斧を置き、僕の目をしっかりと見た。
「……グォオ、グオ。(スキル振りを、頼みます)」
「あ、そうだね。確かに結構レベルも上がってるみたいだし……うん、良いよ。なんか希望とかあったら聞くけど?」
僕の言葉に、ロアは神妙に頷いた。
「……グォ。(やはり、攻撃のバリエーションが少ないかと)」
「うん。その一鳴きに随分意味を込めたね」
言いながらも、僕はロアの意見に賛同していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます