テイムと説得

 まぁ、要するに『それ以上近付くと人質を殺すぞ』って言われなきゃ良いんだ。その点ただの魔物なら交渉のしようもないのでゴリ押しで勝てる。


「猶予は一日あるからね。穴に篭ったネズミを潰すくらいなら楽勝だよ。まぁ、ネルクスとエトナには突撃させる魔物の影に潜伏しといてもらうけどね。念の為に」


 万が一、事故で妹さんがやられたら大変だからね。


「あ、そうだ。アーテル。死体の受け渡しっていつなの?」


「あぁ、朝だ。朝の十時に受け渡しは行われる」


 十時か。じゃあ、まだ大丈夫だね。


「……貴方が優秀な魔物使いであるなら、それも良かったかも知れませんが……魔物を一匹も連れていない人に言われても信用できません」


 確かに、言われてみればそうだね……まぁ、全員魔物なんだけどね。僕はみんなの方をチラリと見ると、メトはいつも通り無表情で、エトナは明後日の方向を向いて口笛を吹いていた……吹けていないが。ネルクスは意味ありげにニヤニヤと笑っている。


「うーん、そうだね……じゃあ、どうしようかな……」


 まぁでも、一番手っ取り早いのは……そうだね。


「今からそこら辺の魔物をテイムしにいくけど、来る?」


「……まぁ、良いですけど。ここら辺に強い魔物なんて居ませんよ?」


 僕は微笑み、頷いた。


「大丈夫。安心して付いて来てよ」


 僕はクイクイッと霊園の外に手招いた。


「……やはり、スライムや強くてもゴブリンウォーリアー程度ですね」


「うん、そうだね。スライムにしたいんだけど、一番強いのは……あれかな?」


 僕が指差したのは、一際大きなスライムだった。色は緑色で、バランスボールを一回りくらいの大きさでポヨンポヨンと跳ねて移動し、紫がかった色味の草を食らっている。


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 グリーンスライム (Nameless) Lv.37


 《閲覧権限がありません》


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 スライムは色で性質が変わるんだけど、グリーンスライムはHPが特別高い耐久面に優れたスライムだ。打撃に対して強い耐性を持つスライムで、その上HPも高い……らしいが、斬撃とグリーンスライムはに弱い。


 そして、あれから様々な情報を仕入れた結果、スライムのテイム方法はいずれも魔力に関係する。その中でもグリーンスライムのテイム方法は簡単だ。


「……あった」


 僕はそこら辺に生えていた草を引き抜いた。この草の名前は魔力草。単純な名前だが魔力回復薬マナ・ポーションの原料になる草だ。まぁ、薬草と同じくらいどこにでも生えてるんだけどね。


「うーん、全部込めちゃおうかな」


 そして、この草には魔力を吸い取る力がある。と言っても、触っているだけで勝手に吸い取られることはないんだが。

 魔力草に僕は体内の魔力を全て送り込んだ。


「……あの、何をやっているのですか?」


「ん? テイムの下準備だよ」


 僕は魔力を込めた魔力草をスライムに見せつつ、魔物使いとしての能力を発動して話しかけた。


「やぁ、スライムさん。君の大好物の魔力草だけど……僕の仲間になるなら、食べても良いよ?」


 テイムの成功率、それは魔力草に込められた魔力の量と質に依存する。量は当然MP、質はINTだ。そして僕のMPは380、INTは450。これは結構高い数値である。どのくらいかと言えば、MPはエトナに並び、INTは大きくエトナを超えている。


「……ピキィ、ピキイィ! (た、食べるッ!)」


 僕は魔力草に飛びついて来たスライムに手を触れ、スキルを発動した。


使役テイム


 グリーンスライムが魔力草を呑み込むと同時に僕の手から光が迸り、グリーンスライムを包み込んだ。テイム成功である。


「……ね、成功だよ」


「いえ、成功したのは何となく分かりますが……スライム程度でどうするつもりですか?」


 アライの言葉に僕はニヤリと笑った。


「僕のテイムした魔物は通常以上の力を得られる……まぁ、見ててよ」


 僕はいつものようにスライムのステータスを開き、スキルを取得させた。


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Race:グリーンスライム Lv.37

Job:──

Name:ミュウ

HP:378

MP:122

STR:48

VIT:90

INT:67

MND:101

AGI:35

SP:0


■スキル

□パッシブ

【打撃耐性:SLv.8】

【魔力視認:SLv.6】

【斬撃耐性:SLv.4】

【HP自動回復:SLv.4】

【MP自動回復:SLv.3】

【溶解液生成:SLv.3】

【高速再生:SLv.3】

【毒液生成:SLv.2】

【火属性耐性:SLv.2】

【並列思考:SLv.1】

【悪食:SLv.1】


□アクティブ

【跳躍:SLv.2】

【光魔術:SLv.1】


□特殊スキル

粘体生物スライム


■状態

【従魔:ネクロ】

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 流石スライム、打撃耐性は元からSLv.8だ。これは打撃ダメージの八割カットを意味する。が、SLv.9とSLv10は5%ずつ、SLv.11からSLv.20までは1%ずつしか減らせないので、完全に無効化するにはSLv.20まで上げる必要があるということだ。と、そろそろ取得したスキルの話に移ろう。


 先ず、斬撃耐性をSLv.4までと火属性耐性をSLv.2まで取得させた。これは元々斬撃に対して弱いスライムの弱点と、火に弱いグリーンスライムの弱点を補完した。

 次に、並列思考は文字通り思考を並列できる……というか、スキルレベルに応じて思考を何倍にもできるスキルだ。今は二倍までだが、当然100SPも必要な高級スキルである。そして、これを取得させたのには理由がある。それに関しては後で説明しよう。あと、光魔術は単なる攻撃手段だ。


 それと、驚いたことは最初から悪食を持っていたことだ。もしかしてスライムってみんな持ってるんだろうか。まぁ、食べるものが草と空気中の魔力くらいだからそこまで育たないんだろうけどね。


「良し、終わったよ」


「……あの、何も変わっていないように見えるのですが」


 アライは困惑したように言った。確かに、見た目に変化は一切無い。


「うん。まぁ、僕がやったことは弱点を消したことくらいだからね」


「弱点を消した、ですか? 確かに、スライムは斬撃の弱点が無くなれば強力だとは思いますが……」


 本当にそんなこと出来るんですか? と言いたげに僕を見ている。


「あはは、そんなに疑うなら見ててよ。ミュウ、おいで……ちょっとごめんね」


 ミュウ、とはこのスライムの名前だ。僕が名付けた。一応由来は粘液から来ている。そして、痛覚は無いスライムだが一応断りを入れてから僕は短剣を抜いた。


「じゃあ、これを思い切り振り下ろしたらスライムは真っ二つになる訳だけど……」


 僕は鋼を断つものカリュプス・クーペを思い切り振り下ろした。が、僕の短剣はスライムの真ん中くらいで止まった。更に、裂かれた体はものの数秒で元に戻った。


「……手加減はしていませんよね? 本当なら、簡単に真っ二つになってるところですが」


 それもそのはず、スライムの斬撃弱点はダメージ二倍だが、その程度なら耐性を二段階取ることで中和出来る。更に僕が与えた耐性はSLv.4だ。寧ろ斬撃を二割カットすることができる。つまり、このスライムは今日から斬撃にちょっと強いスライムになったのだ。


 因みに、ゾンビの光属性弱点はダメージ三倍で、耐性が一段階だと二倍までしか落とすことはできないが、日光ダメージ程度なら無効にできる。


「まぁ、これである程度証明はできたと思うけど……折角だし、あそこのゴブリンウォーリアーでも狩ってきて貰おうか」


「ネ、ネクロさん。流石にゴブリンウォーリアーは無理じゃないですか?」


 ここまで黙っていたエトナも口を開いたが、僕は無視してスライムをゴブリンに突っ込ませた。

 確かに、ゴブリンウォーリアーはその種族の差だけでスライムの何倍も強い。レベルではこっちが勝っているが、普通なら圧倒的にゴブリンの方が強いはずだ。


「大丈夫。ミュウ、信じてるよ」


「ピキィ! (うん!)」


 ミュウは跳躍スキルを発動し、ゴブリンのところまで一跳ねで飛んで行った。ゴブリンも最初は眼中にも無いスライムが飛んできて驚いていたようだったが、敵意があることが分かるとその手に持った斧を容赦なく振りかぶった。


「ギャ、ギャギャッ!?」


 しかし、斧はスライムの肉体に僅かに切れ込みを入れるだけに終わった。まぁ、そうなるだろうね。あの斧は見た感じかなりボロボロで使い古されている。鋭さは半分以上失われて、斬撃属性と同時に打撃属性もあったのだろう。


「ピキィ!(いくよッ!)」


 すると、ミュウの体がふるふると震え出し……真っ二つに分かれた。


「え、こんなところで分裂しても……」


 確かに、普通ならこんなところで分裂しても意味は無い。自我が分かれ、別個体となって弱体化するだけだ。それがスライムの繁殖方法なのだ。

 だけど、僕はスライムのことだけが纏められた専門的な……というより最早宗教的なサイトを読み漁り、一つの知られていない真実を知った。


「「ピキィ! (光球ライトボール!)」」


 分裂した二匹のスライムからそれぞれ光の球体が発射される。


「も、もしかして……ッ!」


 そう、その真実とは『並列思考』というスキルを所持しているスライムは分裂しても一つの自我を共有し、スキルも共有する。HPとMPは半分になるらしいが手数は二倍だしINT依存の火力は落ちない。


 数分後、二対一でボコボコにされたゴブリンは生き絶えた。そして、その死体に二匹のスライムは覆い被さり完全に吸収した。この吸収もスライムの種族スキルであり、吸収するほどに体積が上昇していくらしい。


「……認めましょう。確かに、スライムがゴブリンを倒せるようになるのは……貴方にしかできない、特別な力でしょう。霊園の遺体を、預けます」


「ありがとう。そう言ってくれると信じてたよ」


 僕は微笑んで言った。が、別にこれは僕にしか出来ないことじゃない。テイマーのプレイヤーなら誰だって出来ることだ。

 というか、やはりテイマーが不遇とされているのは情報の少なさが原因だと思う。それぞれの魔物のテイム方法が広まればきっと返り咲けるはずだ。


「まぁ、他のテイマーが増えようが増えまいが僕には関係ないんだけど……っと」


 と、そこで従魔伝心テイマーズ・テレパシーによる着信が来た。


(もしもし……え、うん。あはは、そっか。まぁ、君は他の二人より小さいからね。うん、分かったよ。海なら、うん。僕からも使いを出しておくから、うん。そこは後でね。……まぁ、君も居るなら僕も安心だよ……え? うん、道中の敵は……そうだね。襲ってきたら倒しても良いよ。うん、じゃあ……そうだね。霊園で待ってるよ。そう、今僕が居るところ。じゃあ、またね)


 僕は通信を切断し、ニヤリと口角を上げた。



「レミックには悪いけど……今回の勝負、完全に僕の勝ちだね」



 月光が照らす墓の上、僕は月を見上げながら勝利を確信していた。

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