真実

 爆心地で荒く息をするアーテルは、僕らを見ると焦った様子で走り出そうとした。


「行かせません」


 アライが杖を振ると、アーテルの周りに半透明の壁が構築されていく。結果、アーテルは半透明の箱に囲まれて動けなくなった。


「……クソッ。すまない、ウーレ……」


 アーテルは剣を何度振るっても障壁が壊せないことが分かると、膝を突いた。


「アライさん、凄いね。さっきのもこのバリアも、結構な強度みたいだけど」


「えぇ、私の職業ジョブは結界術士なので。と言っても、私の結界の強度はこの霊園内だからというのはありますが」


 ふーん、なんか自分の領域だと魔力が強くなったりするのかな?


「まぁ、それは置いておきましょう。今は……貴方です。何故生きているのかも気になりますが、先に人を襲い墓を荒らした理由を言いなさい」


 アーテルは目を瞑り、口を噤んだ。


「自分から言う気はなさそうだね……ネルクス」


「えぇ、私の出番ですねぇ」


 僕の影からニュルリと現れたネルクスが結界に手で触れると、結界が波立ち、そのままネルクスは結界を素通りしてアーテルの前に立った。何らかの力を使ったのだろう。


「……今、私の結界を素通りしたような……」


「あぁ、ネルクスは色んな能力があるからね。きっとそう言うのもあるんじゃない?」


 僕らが話をしている間に、ネルクスは戦意喪失している様子のアーテルの頭を掴んだ。すると、流石にアーテルは抵抗し始めたが、ネルクスの手の平から溢れた闇が体の中に入り込んでいくとアーテルは直ぐに気絶した。


「……ふむ、なるほど。これはこれは……クフフフ、面白いですねぇ?」


 ネルクスはアーテルの頭を掴み、目を瞑ったままニヤニヤして何かを呟いている。気持ちの悪い光景だが、きっと記憶を読み取ったりとかしているのだろう。


「ネルクス、分かったら出てきてね」


「いえいえ、もう分かりましたよ。さて、どこから話しましょうかねぇ……」


 ネルクスは思案顔で手を顎に当てた。


「……では、先ずは彼が霊園の墓を掘り返していた理由から」


 ネルクスはそこら辺の墓を指差しながら言った。


「彼は、この霊園の死体を持ち帰りある人物に預けていました。その人物の名はレミック・ウォーデッグ、バリウス帝国の犬です」


 バリウス帝国……ネルクスが封印されてたダンジョンのラスボス、ストラが元々居た国か。確か、ストラはあの国でも指折りの実力者である帝国十傑の一人で『狂剣』と呼ばれていた……とか言ってたはずだ。昔も碌な国じゃ無かったらしいけど、どうやらそれは今も変わっていないらしい。


「バリウス帝国の研究職であるレミックは、人や魔物の死体を使って何かをしようとしているようですねぇ。最終目的はこのサーディアの崩壊らしいですが」


「……それってレミック一人でやってるの?」


「えぇ、そのようですねぇ」


 なるほどね。ナルリア王国とバリウス帝国はかなり険悪で、今は停戦中だが戦争状態にあるらしい。多分、直に戦争イベントとか起きるんだろうけど。

 ……それは置いといて、帝国人のレミックが王国内で事を起こそうって言うことは、バリウス帝国は停戦期間を利用してナルリア王国を内部から崩壊させようとしてるのかな? その為にレミックを送ってきたとか……いや、にしては人員が少なすぎるね。本気でサーディアを滅ぼす気があるならもっと沢山の人員を送れば良いはずだ。

 てことは、レミックは一人でここに来て勝手にサーディアを潰そうとしてるのかな? それとも、左遷とか厄介払い的な何かで飛ばされてきたのか?


「あぁ、それとここで伸びているアーテルという男は人質を取られているようですねぇ。どうやら、妹を人質に取られて仕方なく従っているようですよ」


「……だったら、殺さなくて良かったね」


 完全な悪人じゃない人を殺したらカルマ値と言うのが溜まってしまう。まぁ、僕のカルマ値は各地で狩りを続けてる僕の従魔達のお陰で既に相当溜まっているんだけどね。直接は何もしてないのになぁ。


「えぇ、まぁそうですねぇ? それと、レミックはアーテルに死体百個を条件に妹を解放するらしいですよ。真偽は分かりませんがねぇ? クフフフ」


 ネルクスが不謹慎にも笑い声をあげると、そこで寝ていたアーテルがゆっくりと起き上がった。


「……そうだ。あいつは、人間の死体を百個持ち帰ってきたら人質を解放してやるって、そう言ったんだ。だから、俺は出来るだけ殺さずに済むように、霊園に埋められた死体をこっそりと持ち帰ってたんだ」


 そこまで言ってアーテルは拳を強く握りしめた。


「……だが、ある日俺が死体を持ち帰ると、レミックが溜め息を吐いて言った。一日に二体程度では遅すぎる、と。これからは最低でも五体は持ち帰って来いってな」


 確かに、アライの目を掻い潜って霊園の墓をこっそりと掘り、死体をバレないように運ぶのは透明化の能力があったとしてもかなり時間がかかるだろう。しかも、それが可能なのは人が少なくて犯行が目立たない深夜に限定される。

 それならば、さっさと殺しまくって運んだ方が早い。それが出来る力が、アーテルにはあるのだから。


「次の日、俺は達成できなかったと言って頭を下げた。だが、あいつは俺の謝罪程度で済ますことは無かった。……妹を目の前まで連れてきて、よく分からない棒を妹の首に当てたんだ。そこからは、地獄だった。あいつが棒のスイッチを押すと棒が光り、妹は苦痛に耐えきれずに叫び声を上げた。あいつは、俺が何度止めろと言っても止めずに……ただ、笑っていやがった。だが、俺にあいつをぶっ殺すことはできなかった。妹の首に嵌められた首輪が、あいつの言葉一つで吹き飛ぶと分かってるからだ」


 僕はうんうんと頷いた。にしても、言葉一つって凄いね。


「……透明化して、暗殺すれば?」


「できるならとっくにやっている。だが、俺の透明化能力は当然奴も知っている……というより、これは奴に植え付けられた能力だ。この異常な再生力と同じでな。……それに、あいつはどういう手段かは知らないが、俺の居る場所を正確に理解している」


 アーテルはため息を吐いた。


「そして、俺は今日任務に失敗した。滅多なことじゃ死なない俺は、きっと殺されはしないが……妹がどんな目にあわされるか……クソッ」


「……一緒に盗賊でも探す?」


 僕の言葉にアーテルはピクッと動き、次の瞬間には凄い形相で僕を睨みつけた。


「盗賊なんか、探して見つかるような存在じゃない。クソ。ふざけやがってッ、クソッ!」


 アーテルはこの世の理不尽全てを踏み潰すかのように、何度も地面を蹴った。


「まぁ……でも、そうだね。僕たちで力を合わせれば君の妹を助けるくらいならできると思うけど」


「……お前、どういうつもりだ」


 アーテルは僕を睨んだ。おちょくられてるとでも思っているのだろうか。


「どういうつもりも、こういうつもりも無いよ。言った通りに君の妹を助けるだけだよ。まぁ、その後の君の処遇についてはアライさんに任せるけど」


「……あの、ネクロさん。何で私たちも行くことになってるんですか? いや、別に良いですけど……ねぇ、ネクロさん」


 エトナが激しく責めるように言うので、僕は笑った。


「だって、僕の仲間だよ? だったら、僕が困ってる時には助けなきゃ……って思ったけど、待てよ。良いこと思いついたかも」


 結局のところ、問題は人質だけだ。レミックを殺せる状況になっても人質を盾にされれば逃げられてしまうだろう。


「……ねぇ、アーテル。君の上司ってどこに潜んでるの?」


「上司ではない。レミックはここから西に真っ直ぐ行ったところにあるウカ山の中腹にある洞窟。そこに研究施設を構えている。妹も当然そこに監禁されている。そして、その研究施設内にはあいつが作った化け物みたいなやつがうじゃうじゃ居るぞ」


 僕はそれを聞いてニヤリと口角を上げた。


「ねぇ、アライさん。今夜だけ死体を五つ持って行かせてあげてよ」


「なッ、何を言い出すんですかッ!? そ、そんな勝手に持って行かせるなんて」


 僕は怒るよりも驚いている様子のアライさんの肩に手を置いた。ニーツが威嚇するように吠えているが無視だ。


「大丈夫。死体は明日取り返すから、ね?」


「そ、そんなッ、取り返せる保証なんて無いじゃないですかッ!」


 やっと怒りが追いついてきた様子のアライさんに、僕は微笑みを消して言った。


「じゃあ、このまま必勝の保証も無く突入してみる? まぁ、多分単純な戦闘なら問題無く勝てると思うよ。でもさ、人質が居るんだ。流石に言葉一つで死ぬ人質を絶対に助ける手段なんて無い……よね?」


 僕は後ろのみんなを見た。


「そうですねぇ……透明化がバレるのでしたら私には無理ですかねぇ?」


「私も無理ですね……幾ら私が速くても、喋るのは防げないと思います。距離にもよりますけど」


「……有効な手段がありません」


 残念ながらダメみたいだ。


「だったら、やっぱり今ある命を守るべきだ。もしレミックを逃がしでもしたら、将来的に大変なことになる。だからきっと、ここに埋まってる人たちも未来ある命の為に体を託してくれるよ」


「……分かりました。認めましょう」


 アライは苦虫を噛んだような顔で俯いて言った。


「……ですが、方法を教えて下さい。納得できなければ、撤回します」


 アライの気迫迫る表情が僕を追い詰める。だけど、僕は自信があるので笑った。


「まぁ、僕の職業ジョブ魔物使いモンスターテイマーなんだけど……」


 僕の言葉に、アライは首を傾げた。



「────魔物を適当に突っ込ませれば、人質とか意味ないじゃん。言葉通じないし」



 アライは信じられないものを見るような目で僕を見た。

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