見えざる者

 翌日、朝食を摂り早朝からログインした僕は、早速依頼主である霊園管理人の元へと向かっていた。霊園はかなり広く、サーディアから少しだけ離れたところの草原の中にあり、霊園の周りにはスライムなどの弱いモンスターしかいなかった。

 霊園は草花が低く生えているが、伸び過ぎてはおらず、道や墓のある場所は綺麗に刈り取られている。つまり、管理の行き届いた霊園だ。清潔で、朝だからというのもあるが、暗い雰囲気は無い。

 そして、木の柵で覆われた霊園の出入り口には紙束があり、ここを出入りする際は紙に記名しなければならないらしい。

 記名を済ませ、そこから中に入ると、木の小屋のようなものがあった。看板に書かれている内容から察するに、管理人の小屋であるらしい。


「依頼を受けてきたネクロです。居ますか?」


 僕は久々に敬語を使いつつ、木の扉を叩いた。


「……はい」


 木の扉が開くと、中から長い白髪に黒目の女が出てきた。テーブルの上には光の灯っていないランタンが置かれており、小屋の隅では大きめの犬が丸まって寝ている。


「霊園管理人兼、墓守のアライ・ソナックです」


 墓守は穏やかに微笑みながらゆっくりと喋った。


「アライさんね。僕はネクロ、こっちの二人は……」


 僕はエトナとメトに順番に視線を送った。


「A級冒険者のエトナですっ!」


「E級冒険者のメトです」


 あれ、僕も等級で言った方が良かったのかな? ていうか、メトってE級だったんだ。


「僕はF級だよ。等級通り一番弱いけど、一応このパーティのリーダーを務めてる」


「はい、A級の方がいてくださるなら安心です……では、ネクロさん。立ちながらにはなりますが、お話をさせていただきますね」


 僕が頷くと、アライは神妙な顔で話し始めた。


「最初は、いつも通りの深夜でした。墓守としてこの霊園に立ち入る人をチェックしながら、野生生物や墓荒らしがいないかを警戒していました」


 エトナは真剣に頷いている。


「その日、特に墓荒らしやスライムなどの侵入はありませんでしたが、一つだけ奇妙なことがありました。深夜にこの霊園に入った人のうち、一人だけこの霊園を出ないまま消えたのです。霊園のルールとして、出入りする際は記名して頂くようになっているのですが、入る際のチェックしかありませんでした。これだけなら、単に書き忘れたか面倒で書かなかったかのどちらかなのですが……」


 アライはため息を吐いた。


「深夜でしたから、霊園に入るにしても灯りを持って入るのが普通ですし、彼は実際に灯りを持っていました。そして、灯りを持っていれば離れていても霊園内なら大体見えます。この霊園の出入り口は一つしかありませんから、そこを通れば流石に私も気付くと思うので、最初は何か理由があって柵を越えて帰ったのかと思っていましたが……その事件は、次の日もその次の日も起きました」


 霊園に入った人が、出入り口を通った形跡もないのに消えている、と。そして、それが起こるのは深夜だけ。


「しかも、見失った方に知り合いがいたのですが、サーディアにある彼の家に行ってもいませんでした。他の方も数人はご家族に聞きましたが……帰ってこないと皆、不安げに言うんです」


 アライは悲しげに言った。


「そして、ギルドに依頼を貼っても中々誰もきてくれず……今や行方不明者の数は三十人以上になりました。当然、私も深夜の間警戒はしているのですが……これだけ広い霊園ですので、中々全ての場所を見張ることは出来ないんです。だから、数日でも良いので一緒に巡回と調査をお願いしたいと、そう思い依頼を出させていただきました」


「……なるほどね。一応聞くけど、いなくなるのは深夜の間だけなの?」


「はい、少しでも明るい間は起きません。一応、警備員のようなものを雇っていた間は行方不明者の量は少し減ったのですが、ずっと雇えるほどの金銭的な余裕もありませんし、原因は分かりません。なので、皆さんに調査を依頼したんです」


 うんうんと僕は頷き、霊園を見回した。


「……分かったよ。取り敢えず、今日の深夜にまた来るね」


「はい、よろしくお願いします」


 アライは深々と頭を下げた。


「ネクロさん、一応明るい間にちょっと見て回りませんか?」


 エトナが真面目な顔で言った。


「……うん、そうだね。ちょっとだけ見て回ろうか」


 僕は頷き、アライを見た。


「じゃあ、僕たちは少し見てくるので」


「あ、でしたら私も一緒に行きましょう。そろそろ私も巡回をしようと思ってたので……ニーツ、起きなさい」


 アライは眠っている黒い大きめの犬をニーツと呼び、揺り動かして起こした。


「……ワフ」


 ニーツは起きると、機敏な動きでアライの前に立った。


「じゃあ、行きましょうか」


 アライは壁に立てかけられていた杖を手に取ると、ニーツを先頭にして歩き出した。





 十分は経った頃。メトが怪訝そうな顔で墓を睨み始めた。


「メト、どうしたの?」


「……先程から、墓の上の土が微妙に乱れてるところが見られます。しかも、単に足で削られた跡ではなく、確実に掘った後に埋められています」


 そう言うと、メトは地面に手をついた。


「……今、私の能力で確認しましたが、幾つかの墓から遺体が失われています。埋葬されていた跡はあるので、恐らく何者かに奪われたものかと」


 アライは神妙な顔で首を傾げた。


「……墓荒らし、でしょうか。ですが、そんなことをしている方がいれば私やニーツが気付かないはずがありません」


 確かにそうだよね。そんなに沢山のお墓から死体をパクってたらどれだけコソコソとやってもバレるはずだ。


「しかし、実際に墓の下に埋まっているはずのものは失われています。念の為に掘り返してみますか?」


「……一箇所だけ、お願いします」


 メトは頷くと、目の前の地面を自身の能力で一部分だけ持ち上げた。


「恐らく、ここに本来は埋まっていたはずですが何もなくなっています」


「……本当、ですね。でも、なんででしょうか……」


 アライは不安そうに言った。


「……今は分からないけど、それは深夜の調査でハッキリさせよう」


 僕は遺体の消えた墓を睨んだ。




 ♢




 時刻は午前零時、真夜中である。

 一応、昼はサーディアに来ているというチープと会って色々と話したり、晩飯は普段の埋め合わせとして妹と食べに行ったり、空いた時間は主従伝心テイマーズ・テレパシーでアボン荒野のボルドロ達やアースなど、遠くの従魔達と話したりして時間を潰した。因みに、大会参加組であるロア達はこちらに向かっている。


 そして、深夜の霊園は流石に雰囲気がある。灯りは出入り口に設置されているのと自分で持っているランタンだけで、それ以外は真っ暗闇だ。


「……暗いね」


「そうですね、ちょっと怖いです」


 僕らは真夜中の霊園に怯えたように繰り返した。


「……私たちには関係ないと思いますが?」


 メトが冷めた声と表情で言った。確かに、メトの言う通り暗視の能力を持つ僕たちは夜の闇など恐るるに足らずって感じだ。


「メト、こういうのは雰囲気だよ。肝試しって知らない?」


「……知りませんが」


 メトの冷たい眼差しに僕は肩を竦めた。因みに、アライさんとニーツは別行動である。


「うーん、中々見つからないし、別れて探そうか」


 見つからない、というのは墓荒らし兼行方不明者の原因だ。僕らはもうこの事件は人が起こした意図的な事件であると断定していた。


「確かに、ここは結構広いですからね……じゃあ、私はあっちに行きますね」


「僕はこのまま真っ直ぐ歩くよ」


「でしたら、私は左に」


 三人で別々の場所を探すことを決め、僕らは別々の道を歩き出した。





 あれから数十分、何度か皆や墓参りに来た人とは会うけど、怪しい人物とは出会わない。


「……暇だなぁ」


 それは、あまりの成果の無さと退屈さに僕がため息を吐いた瞬間だった。



 ────ズサッ、ズサッ。



 何かが、聞こえた。エトナ達だろうか。その音の方のする方に振り向いた。


「…………墓が、地面が、勝手に動いてる?」


 僕は、余りに不自然な現象に思わず呟いた。地面が、勝手に動き土が舞い、まるで誰かが居るかのように地面が掘られていく。


「……まさか」


 これは、犯人の仕業か。僕はランタンを持ってその現象が起きている場所に近付いた。


「……止まった?」


 僕が現在進行形で掘り返されている地面に近付いた瞬間、その現象は止まり、不気味な静寂が霊園を包み込んだ。嫌な予感がした僕は、サッと飛び退き、辺りを見回した。


 運が悪いのか、それとも狙ってやったのか、近くにはランタンの光は見えない。つまり、誰も近くには居ないということだ。


 そして、僕が滲み溢れる恐怖に叫んで助けを呼ぼうとした瞬間。



「────口を閉じろ」



 僕の口を、何者かが塞いだ。そこにあるはずの手は何故か見えないが、夜の寒さで冷えていることは分かった。


『……口を閉じてれば、良いのかな?』


 僕は口を開くことなくそう言った。ご存知、音魔術だ。


「ッ! お前、どうやって喋った?」


 男は言いながら片方の手を首に回した。


「……いや、どうでもいい。それ以上喋れば、首を折る」


 僕の首が、ゆっくりと冷えていく。まぁ、もういいかな。


(ネルクス、もう良いよ)


 瞬間、僕の影が蠢いた。



「────残念ですが、そこまでですねぇ? 墓荒らし」



 ネルクスが影から飛び出すと、僕の拘束は外れ、男が遠ざかった気配がした。


「……何者だ、お前」


 僕が振り向くと、そこには誰も居なかった。



「……もしかしなくても、君って透明人間?」



 僕は厄介ごとの予感に嫌な汗を垂らしながらも、取り敢えず聞いておくことにした。

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