依頼受注と境界線
ネルクスを影に戻し、僕は急いでギルドに戻った。
「あ、ネクロさん。どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ。もう終わったから大丈夫……待たせてごめんね」
僕の言葉にエトナは首を傾げたが、特にそれ以上追求することはなかった。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それより、依頼なんですけど……幾つか候補は選んでみましたよ。どうですか?」
エトナは掲示板に張り出された依頼を一つずつ指差していった。結果、七つの候補があることが分かったが、それらの依頼には共通点がある。
「なんか、強い魔物の討伐依頼とかばっかりだね」
「はい、採取系はあんまり面白くないので……嫌ですか?」
エトナは不安そうに首を傾げた。
「いや、別に嫌じゃないよ。そうだね……だったら、これにしようかな」
そう言って僕はある依頼表を指差した。
「……カノシアラ霊園の調査、ですか?」
「うん、ちょっと気になってね」
気になること。それは、依頼表に書かれている内容だ。
[最近、この霊園に立ち入った人間が次々に行方不明になっています。一応、街にも調査を依頼しようとしましたが、遺体があるわけでも無いので取り合ってもらえませんでした。なので、この度ギルドに頼らせて頂くことにしました。行方不明の原因が分かっただけでも報酬はお渡ししますが、解決していただけた場合は更に別途で報酬をお渡しさせていただきます。霊園管理人:アライ]
……と、言うことらしい。ちょっと気になったのでこの依頼を僕は選んだんだ。
「……そっちはメトさんが選んだ方の依頼ですね。まぁ良いですけど」
なるほどね。だから二つだけ討伐系の依頼じゃ無いのがあったのか。
「まぁまぁ、こっちももしかしたらなんかの魔物が出るかもしれないよ?」
「魔物だったらもっと分かりやすいと思いますけどね。まぁ、依頼表が取られる前に先に依頼の受注だけしておきましょう」
エトナは依頼表を剥ぎ取り、僕たちを連れて受付に向かった。数分並んだ後、僕たちの番が来た。そこそこ美人な受付嬢が営業スマイルを浮かべて依頼表を受け取った。
その後、僕たちのギルドカードを受け取り、よく分からない作業を済ませると、ギルドカードと依頼表を返された。
「はい、こちらの依頼になりますと等級制限はありませんが依頼主の方に一度話を聞いていただく必要がありますが、問題ありませんか?」
受付嬢の言葉通り、依頼表にはそういう話も書かれていた。と言っても、依頼主と話をする必要がある依頼はかなり多いので、そう珍しい話でも無い。
採取系はギルドの仲介が必要になるような、余程の相手でも無い限りは大抵採取したアイテムを依頼主に渡しに行く必要がある。勿論、そうでないものもあるが。
「はい、大丈夫です」
「でしたら、期間は一週間以内ということになりますのでよろしくお願いします。依頼失敗時のペナルティはありませんが、その際の報酬は依頼主に決定権がありますので、ご理解ください」
僕たちはうんうんと頷いた。初めて依頼を受けるけど、結構説明が多いんだね。
「うん。分かったよ」
「……はい、完了致しました。では、頑張って下さいね」
依頼表の端に赤い印を押すと、受付嬢は最後だけ声色を優しくして言った。なるほど、こうやって男の冒険者たちを魅了していく訳だ。
「うん、ありがとね」
僕は依頼表を懐にしまうふりをしてインベントリに入れてギルドを出た。
数十分後、僕らは適当なところで宿を取り、三人で寝れる大部屋で転がっていた。
「うー、流石に眠いですね。ネクロさん」
「そうだね。僕もちょっと眠くなってきたよ」
今日は一応何度かログアウトはしたが、トイレと軽いご飯くらいしか用がなく、全然休んでいないので脳が疲れていそうだ。そして、眠い。
「じゃあ、僕はそろそろ寝るけど……そういえば、エトナってなんで黒くなれるやつを全身に使わないの?」
いつも、エトナは腕だけなどの一部分しか黒くしない。最初は人に見られるとマズイからかと思っていたが、ダンジョン内でもそうしていたので別にそういう訳じゃなさそうだ。
「うーん、簡単に言うと危険だからですね」
「……危険?」
僕は首を傾げた。
「はい、危険なんです。全身真っ黒にしてると、段々と良く分からない声が聞こえたり、自分が自分じゃないような気がしてきて……自我が失われてくるというか、ちょっとずつ、頭がおかしくなるんです。まぁ、一瞬くらいならなんともないんですけどね」
なんか、とんでもない事実を聞いてる気がする。なんだそれ、あの真っ黒になるのってそんな闇が深い力だったんだ。
「最初のダンジョンで真っ黒になってたのは大丈夫だったの?」
「あれは一分程度だったのでそこまでではないです。ただ、やっぱり精神が不安定になっちゃってて……ちょっと、ご迷惑をおかけしました」
「いや、大丈夫だよ。お陰で契約も出来たわけだしね」
なるほど、あの時はちょっとおかしくなってたのか。いや、ちょっとでもないかな?
「なので、今でも一瞬だけなら全身真っ黒になることはありますよ」
「へぇ……そういえば、服は?」
服はどうなってるんだろう。体と同化してた気がするけど。
「服も纏めて黒く出来ますよ。あんまり試してないですけど、触ったものは一応、黒く出来ますよ。ただ、生き物とか意思のある道具とかは無理ですね。多分、特定の魔力が通ってるものは変えられないんだと思います」
僕はうんうんと頷いた。
「……そういえば、影に潜るのは大丈夫なの?」
「あれは別に関係ないですよ。あれは単純にそういう技なので」
あんまり良く分からなかったが、取り敢えず僕は頷いておいた。
「……まぁ良いや。ていうか、そんな大事な話があるなら今度からは先に言ってね」
「えへへ、すみません。気を付けますね」
エトナは頭を掻いて誤魔化した。
「……良し、メト。なんか話したいこととかある?」
「いえ、私は特にありません」
メトはふるふると首を振った。
「じゃあ、そろそろ僕は寝るよ。みんな、おやすみ」
「はい、私も寝ますね……おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、お二方」
僕はベッドの上で目を瞑り、ログアウトした。
♦︎
目を覚まし、時計を見るともう十二時を回っていた。というか、もうすぐ二時だ。僕は取り敢えずトイレと歯磨きに風呂を済ませ、明日の予定を念のために確認した後、メールもチェックし、特に問題ないことを確かめて自分の部屋に向かおうとした。
が、そこでリビングの方で音がした。恐らく、妹がまだ起きているのだろう。起きてるなら、寝る前の挨拶くらいはしてから床に就こう。
「あ、実。まだ起きてたんだね」
「そういうお兄ちゃんこそ、いつまでゲームやってるの?」
実はジトッとした目で僕を見た。
「あはは、ごめんね。ちょっと楽しくて、ね」
僕は言い訳しつつも、実の頭を撫でた。昔からこうすれば大抵のことは許してくれる。
「お兄ちゃん。昔みたいにそうすれば何でも許す訳じゃないんだからね? まぁ、ゲームをするのはお兄ちゃんの自由だから、私がとやかく言う権利も無いんだけど……私だって、一日中お兄ちゃんの顔を見てないと、ちょっと寂しいから、ね?」
「あはは……うん、分かった。流石に今日みたいに殆ど一日中向こうにいるってことは無くすよ」
言いながら、僕は気付いた。『向こうにいる』って言い方。COOがゲームじゃなくて、本当に別の世界だと無意識に思ってるみたいだ。僕はペチペチと自分の頰を何度か叩き、COOにのめり込み過ぎず、この現実に少しでも自分を縛り付けるための策を考えた。
「……そうだ、実もゲームしない? 僕がいつもやってる、COOってやつ」
「え、私が……お兄ちゃんと?」
僕は頷いた。これは名案だと思う。向こうの世界にのめり込み、囚われ過ぎるのは僕の精神がちょっと不安だ。だから、向こうの世界でも現実を意識できるようにすれば良い。それが、実だ。勿論、チープとかでも良いのだが、実が寂しいというなら、向こうの世界で話せばいい……と、思う。
「……分かった。でも、私はVRのおっきいやつとか持ってないし、ゲームも無いよ?」
「それは大丈夫だよ。僕も一応、お金はそこそこ持ってるからね。ただ、届くまでにちょっと時間がかかるかも知れないけど」
妹は難しい顔で唸っていたが、結局頷いた。
「うん。私も、ゲームは嫌いじゃないし……上手ではないけど」
「いやいや、COOに得意とか下手とかないよ。寧ろ、僕より運動神経がいい実の方が僕より上手になれると思うよ」
僕はニッコリと微笑んで言った。
「……お兄ちゃん、その胡散臭い笑い方やめた方が良いよ? 一応、ゲームの方は頑張って私もやってみるね。VRのおっきなのは直ぐには届かないと思うけど」
「うん、じゃあ注文しとくね。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、お兄ちゃん」
僕は部屋に戻り、スマホでそこそこ値の張る買い物を済ませてからベッドに横たわった。こっちの世界でも、向こうの世界でも僕が寝てると考えたら、ちょっと面白い。
なんて、そんなことを考えている間に、僕の意識は夢の彼方に消え去った。
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