悪魔の本懐

 あれから、ジャスティスを置いて馬車を進めた僕たちは、遂にサーディアに辿り着いた。ガウル達とも別れを告げた僕たちは、街の中をぶらぶらと歩いていた。

 街はすっかり暗くなり、夜の闇に覆われていた。


「流石サーディアですね、人が沢山います……」


 エトナが圧倒されたように言った。エトナの言葉通り、もう夜だと言うのに街は人で溢れていた。

 それに、サーディアは普通じゃない人が多い。普通じゃない人というのは、各地から流れてくる一流の戦闘職だったり商人だったりだ。それに加えてプレイヤーまでごった返しているのだから、闘技大会前だと言うのにサーディアは凄まじい。

 平常時は流石にファスティアの方が多いが、今ならばサーディアの方が多いだろう。それに、闘技大会が始まってしまえばこれに加えて沢山の観光客がやってくる。考えるだけで嫌気がさした。


「まぁ、折角来たんだし……先に招待状を届けに行こうか」


 招待されたあの場では保留にした僕は、あれから一週間以内に招待状をサーディア内のギルドか闘技場に届けなければならない。


「そうですね。どっちに行きますか?」


 闘技場か、ギルドか。


「うーん、偶には依頼も受けたいし……ギルドに行こうか」


 それに、今は懐が寂しくなってきている。一応、闘技大会での成績がよければ賞金も貰えるが、まだその日は遠い。


「お、クエストですか。良いですねー!」


 久々のギルドを前にエトナはワクワクした様子だ。メトは相変わらずの無表情で脇目も振らずに僕の横を歩いている。

 さぁ、今日はもう遅いしさっさと行こうか。




 ♢




 久しぶりのギルドの中は、外と同じく人で溢れていた。そして、ギルドに足を一歩踏み入れた段階で入り口の壁にもたれかかっていた男に声をかけられた。


「おい、坊主達……いや、嬢ちゃん達は大丈夫そうだが、ここは腕っ節のないやつが来れる場所じゃねえぞ。闘技大会前でピリピリしてる奴も多い。……強くねえなら、帰った方が良いぞ」


 それは、スキンヘッドで拳に棘の生えたナックルダスターを装着した強面の男だった。絵に描いたような悪人面に反して、その言葉に悪意は込められていないように感じた。


「心配してくれるのはありがたいけど……大丈夫だよ」


 僕は言いながら、懐から招待状を取り出してこっそりと見せた。


「……ッ! 闘技大会への招待状、か。どうやって戦うのかは知らねえが、偽物ではねえみたいだし、大丈夫そうだな。良し、時間を取らせて悪かったな」


「いや、大丈夫だよ。どうせ暇だしね」


 僕はヒラヒラと手を振り、受付に向かった。端っこにそれ専用の窓口があったのでそこに並んだ。数分後、直ぐに僕の番が来た。因みに、エトナ達は先にギルドの依頼表を見ている。


「こんばんは。闘技大会の受付を頼みたいんだけど」


「はい、お客様は次元の旅人ですか? 一般の方ですと闘技祭の闘技大会は推薦か招待がなければ参加できませんが」


 次元の旅人以外は、平常時に週五くらいで開催されているふつうのトーナメントにしか出場できない。


「いや、次元の旅人だよ。あ、ステータスは見なくてもいいよ」


 そう言って僕は闘技大会への招待状とギルドカードを出した。


「……はい、確かに確認しました。では、ネクロ様への招待を……はい、完了しました」


「うん、ありがとね」


 僕は受付嬢から証明書を受け取り、ギルドの依頼が張り出された掲示板を見に行こうとした。が、そこでガシッと肩を掴まれた。


「……誰かな?」


 僕が振り返らずに言うと、後ろの誰かは口を開いた。


「お前、今招待状を渡したよな? それで、証明書を貰ったよな?」


 くぐもった声で男は言った。僕は肩の手を払い、軽く笑って歩き出す。


「うん。だけど、君には関係ないよね?」


「……待てッ」


 再び僕を掴もうとした男の手が肩に触れる前に僕は振り返った。


「何の用かな? 簡潔に言ってよ」


 男は、暗い赤色のローブを着てフードを被っていた。顔は見えない。


「……その参加証明書を寄越せ。それがあれば、大会に出れるんだろう?」


 確かに、これさえあれば誰でも大会に出れるかも知れない。


「さぁ、検査があると思うけど? 次元の旅人じゃない君はバレておしまいでしょ」


「ククク、そんなものを誤魔化す手段などいくらでもある。それに、そのための魔道具は既に持っている。値は張ったが、大会の賞金で元は取れる」


 まぁ、なんでも良いけどさ。


「そもそも大会で勝てる実力がある前提なのはどうかと思うけど……まぁ、当然渡す気は無いし、諦めることをお勧めするよ」


 僕は証明書をゆらゆらと揺らしながら言った。


「ッ、夜道には気を付けた方が良いぞ」


「いやいや、そんなことしなくても……ついて来なよ」


 怪訝そうな表情をした男を置いて、僕はギルドの外へ歩いた。


「あれ、ネクロさん。どうしたんですか?」


「ん、直ぐ終わるからここで待ってて」


 僕がチラリと振り返ると、男はついて来ていた。


「……ほら、ここなら良いでしょ?」


 ギルドを出て直ぐの場所。辺りは街の喧騒に包まれて音は周りに漏れず、人も全くいない。


「……そうだな」


 そう、ここはギルド近くの路地裏だ。薄汚くて狭いこの場所を態々通る人は中々いない。


「さて、かかって来なよ」


「ククク、一応言っておくが……俺はお前のようなバカを十人は殺している」


 フードを被った男は言った。


「へぇ、それ本当?」


「あぁ、本当だ。まぁ、お前が知ったところで十一人目になるだけだがな」


 僕は男の言葉に、首を振った。


「いやいや、君に聞いたんじゃないよ。僕が聞いたのは……」


 僕は視線を影に送った。



「────嘘は、ついていないようですねぇ。丁度十人、殺したのでしょう」



 影からひょっこりと頭を出した、執事服の男……ネルクスだ。


「なッ、誰だッ! 影の中に潜んでやがったのか?!」


 冷静さを一瞬で失った男を放置し、僕はネルクスを見た。


「ねぇ、十人も殺してるクズならさ……好きにして、良いよ?」


 僕の言葉に、ネルクスの表情は愉悦に歪んだ。


「ク、クフッ、クフフフッ! 本当によろしいのですか? えぇ、えぇ。では、遠慮なく頂きますとも。クフ、クフフフッ!」


「……な、なんだお前ッ! い、いや、俺は強い。それに、道具だってあるんだ。勝てる、勝てるッ、殺せるッ、殺せるッ!!」


 フードを被った男は、懐からナイフを取り出すと、一直線に走り出した。ぬらりとナイフが月光を反射して光る。よく見ると、毒かなにかが塗られているようだ。


「クフフフ……威勢がいいのは結構ですが、何故悪魔が魂を欲するか知っていますか?」


「し、知るかッ!」


 男はナイフをネルクスに突き出したが、簡単に避けられた。


「一つは味です。あぁ、美味なのですよ。穢れた魂も、純粋な魂も、それぞれの良さがあるのですが……いえ、それは良いでしょう」


 男は何度もナイフを振るうが、たったの一度も当たらない。


「そして、二つ目の理由。それはですねぇ……」


 ネルクスの手が、男の腕を掴んだ。


「ひッ、や、やめ────」


 男の声が、途切れた。



「────それは、魂を喰らえば喰らうほど強くなれるからですよ」



 ネルクスの手が、男の胸に突き刺さる。


「では、早速頂きましょうか。クフフッ!」


 男の心臓からネルクスの腕を伝って、何かがネルクスの中に入っていく。


「……これが、魂食ソウルイート


 僕は呟いた。魂食ソウルイート、それは悪魔の持つ種族スキルに含まれる力の一つだ。ネルクスの魂を喰らい、力を増すという言葉通り、悪魔は魂を食らって相手のスキルを奪うことができる。しかし、スキルを奪うというのも万能では無い。

 例えば、スキルレベルはそのままに奪えるわけでも無いし、全てのスキルを同時に奪える訳でも無い。


「クフッ、中々綺麗に喰らえましたねぇ」


 そして、魂を喰らうにしても食べ方というものがある。より綺麗に魂の形を保って喰らえば、より沢山のスキルを、より高いスキルレベルのまま奪えるのだ。

 そして、最も綺麗な形で魂を喰らうのに重宝するのが、悪魔の種族スキルの一つである契約の力だ。これで魂をそのまま抜き出し、喰らうことができる。そうして悪魔たちは力を増していく。


「……どう? なんかいい力はあった?」


「特に特殊なものはありませんでしたが、スキルレベルの高いスキルがいくつかありましたねぇ。クフフフ、味の方も中々悪くなかったですよ?」


 ネルクスは邪悪な笑みを浮かべて言った。フードの男の体はカサカサに乾き、皮だけのように薄っぺらくなっていた。

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