闇を統べ、光を司る者。

 よく見ると、空中に浮かんでいるダーク・ジャスティスの背後には大きな光の魔法陣があり、そこからは未だに光の刃が放たれ続けている。


「……って、あれ?」


 尊大に自己紹介したダーク・ジャスティスは良いが、降り注ぐ光の刃の最後の一つが僕らの馬車に向かって一直線に飛んできている。


「メト、お願い」


「了解しました」


 メトは馬車から飛び出すと、地面に手をついた。


「お、おいッ、なんか飛んできてるぞッ!」


 馬車に飛来する光の刃に気付いた他の乗客たちが騒ぎ始めるが、問題はない。


「……いきます」


 メトが手をついた地面が、突然盛り上がり、その地面は壁のように形を変えた。そして、光の刃が直撃する寸前、その壁はキラキラと光を反射する銀色の何かに変化した。


銀罫石ぎんけいせき


 銀色の石壁に光の刃が直撃し、眩い光を放ちながら爆発した。


「だ、大丈夫なのかッ!?」


 乗客の一人が心配して声をかけた。


「……問題ありません。この石は爆発に耐性があります」


 しかし、光の中からメトは表情を変えずに現れた。流石だ。


 と、その時。天空から光の翼を生やした男がゆっくりと舞い降りてきた。


「クハハハッ! 我がここを通りがかって良かったなッ! でなければ、貴様らは全員死んでいたかも知れんぞ? クハハハッ!」


 笑い声をあげながら地に降り立ったやかましい男、ダーク・ジャスティスだ。髪は金色で黒いメッシュが入っており、目は銀と赤のオッドアイだが、赤い瞳は黒いメッシュで隠されている。当然ながら秀麗な顔立ちをしており、地球ならば百人に九十九人が振り向くだろう。


「ジャスティスさん、でしたか?」


「あぁ、そうだッ! だが少し違うなッ、我はダークでもジャスティスでも無い……闇を統べ、光を司る者ッ、ダーク・ジャスティスだッ!」


 エトナは非常に鬱陶しそうな表情をしている。僕も念のために馬車を降り、いつでもエトナを守れるような体制をとった。メトには馬車を守るように言った。


「えー、じゃあ略してダスティスさんで。さっきの光の刃はダスティスさんの攻撃で間違い無いですよね?」


「うむ、間違いないなッ! 我が光の力を集約して刃の形とした必殺技だッ! ……それと、我はダーク・ジャスティスだ。断じてダスティスなどでは無い」


 エトナは面倒そうにしながらも警戒態勢を解除せず、問いかけた。


「だったら、私たちの馬車に飛んできたのもダスティスさんので間違いないですよね?」


 光の翼が生えた男は、ピタッと動きを止めた。


「…………そういうこともあるかも知れんなッ!」


 ダーク・ジャスティス、略してダスティスは豪快に大笑いした。


「……そういうこともあるかも、ではない。俺は死にかけたぞ。この男の強化魔法が無ければ危なかったかも知れん」


 いつの間にか馬車に帰ってきていたガウルが言った。そんなガウルは、服のところどころが破れており、ボロボロになっている。そうか、光の刃が降り注いでた時にガウルは馬車の外に居たからか。


「……むぅ」


 ダスティスは唸り、ガウルを忌々しげに見た。


「むぅ、じゃありませんッ! ちゃんと謝ってくださいッ! 私たちは無傷だからまだいいですけど、ガウルさんはボロボロじゃないですかッ!」


 エトナがダスティスに至近距離まで詰め寄って言った。ダスティスが息を呑み、少し顔を逸らした。


「き、貴様、名前はなんというのだ?」


「え? エトナですけど……名前なんてどうでも良いんですよッ!」


 ダスティスは一歩下がりながらも、エトナの顔を凝視した。


「……エトナか、良い名前ではないか。ふむ、ふむふむ……クハハ」


 ダスティスは申し訳程度に笑い声をあげると、何度も頷きながらエトナをジロジロと見た。


「……な、何ですか? 人のこと見てないで早く謝罪を────」


 エトナの言葉は、ダスティスによって制された。



「────エトナ嬢。この我との婚姻を許可しよう」



 それも、かなり気持ちの悪い言葉で。


「えッ、いや、嫌ですよッ!! そもそも、私には……そ、それよりも早くガウルさんに謝ってくださいッ! いいから早くッ!」


 好きなだけ文句を言うと、エトナは僕の後ろに隠れた。


「……おい、貴様。誰の許可を得てエトナ嬢の前に立っている」


 ダスティスは僕に光輝く黄金の剣を向けて言った。


「誰の許可も何も、エトナは大事な僕の仲間だよ。君こそ、誰の許可を得て僕の大切な仲間従魔に手を出してるのかな?」


 僕は敢えて挑発するようなことを言った。少し、イラついてるのかも知れない。


「何だと貴様ッ、その女子おなごは我のモノだぞッ!!」


 ダスティスが黄金の剣を握る力が強くなる。


「あはは、残念だけど……エトナは既に僕の従魔モノだよ」


 ダスティスが一瞬固まり、少しずつ動き出す。


「き、きッ、貴様ッ!!! 今この場で斬り伏せてやろうかッ!」


 ダスティスが憤怒の表情で叫んだ。


「君って、サーディアに向かってるの?」


「む、そうだが……それがどうしたッ!」


 僕はニヤリと笑った。


「もしかしなくても……闘技大会が目的だよね?」


「勿論そうだが……あぁ、そういうことか」


 ダスティスがいやらしい笑みを浮かべた。


「クハッ、クハハハッ! 良かろう……決着は、闘技大会でつけてやる」


「うん、そうしよう……まぁ、君が本選まで上がってこれたらだけどね?」


「それを言うなら貴様こそだ。本当に闘技大会で戦えるのだろうな?」


「あはは、大丈夫だよ。……なんてったって、僕はシード枠だからね」


 ダスティスはハッと目を見開いた。


「ほぅ、貴様がシード枠だと……? 面白い。信じてやろう」


「うん。じゃあ、そういうことで。だけど、それはそれとして……」


 僕はガウルの方を見た。


「……謝罪は良い。だが、この服の代金くらいは払ってもらうぞ」


 ガウルはダスティスを睨んで言った。


「むぅ……良かろう。金には別に困っておらんからな。幾らだ?」


「5000サクもあれば足りる」


 少し大目に言ったであろうガウルにダスティスは眉をひそめたが、渋々頷いた。


「……これで良いのだな?」


「あぁ、構わない」


 ガウルは金を受け取ると、自分の役目は終えたとばかりに馬車の中で目を瞑った。


「……そうだ。ネクロ、と呼ばれていたな? 支援、感謝する」


 ガウルは僅かに目を開いて言った。


「いや、大丈夫だよ。自分が助かるためでもあったからね」


「……そういってもらえると、助かるが」


 ガウルは再び目を瞑った。と、外のダスティスが何か言いたそうだ。


「それと……エトナ嬢」


「ん、何ですか?」


 エトナは僕の後ろからひょっこりと顔を出した。


「その、だな……せめて、ダスティスではなくジャスティスにしてくれないか?」


 ダスティスが、エトナに大人しそうな声色で言った。



「────嫌ですっ!!!」



 エトナは満面の笑みでダスティスを断ると、馬車に乗り込んだ。

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