盗賊の襲撃
数十分後、僕らは数件の店を見て回りながらも馬車乗り場を発見した。
「うん、人はそこまでいないかな?」
「そうですね。待つ必要は無さそうです」
僕は何度も頷き、馬車乗り場に接近した。大きめの馬車の御者台には頭が禿げ上がった中年の男が座っている。
そこにトコトコとエトナが走っていった。
「あ、すみません! サーディア行きですよね? 三人で乗りたいんですけど、幾らですか?」
「三人なら三千サクだな。乗るかい?」
御者台に乗った男は言った。エトナがちらりと僕の方を見たので、頷いておいた。
「はい、乗ります! あとどのくらいで出発ですか?」
「席が埋まったら出発だが、あんた達で丁度みたいだな。乗ったら直ぐに出すぞ」
お、それはタイミングが良かったね。
「良し、じゃあ乗ろうか」
僕は率先して馬車に乗り込んだ。横倒しにされた布の円柱……というか、かまぼこのような形で覆われた馬車の中には五人も人が座っていた。その中には珍しい獣人族もいる。灰色の体毛が体中に薄く生えている男の耳は、狼のようにモフッと生えていた。突然入ってきた僕たちにビックリしたのか、目を瞑りながらも耳がピクッと動いていた。
因みに、プレイヤーも最初に獣人族を自由に選ぶことができるが、大抵の人間は普通の人族を選んでいる。その理由は、単純に行動範囲が限られるからである。
大抵の獣人は肉体的なステータスではただの人より優秀だが、魔法面が弱いというのが獣人族の特徴で、剣士などはこの種族の方が有利なはずだ。しかし、重大な欠点がある。
「隣、座ってもいいかな?」
それは、差別だ。この世界で最も広まっているティグヌス教のとある大きな派閥では、獣人を蔑視するような教えがあるらしい。それ以外にも、獣人を忌み嫌う人間というのは沢山居るのだ。
だから、獣人というのは活動が制限され、更には一部のNPCから軽蔑した目で見られることも多い。国によっては獣人が入国できないところもあったり、獣人が入れない店や地区というのは寧ろ一般的にある。そして、大抵の国を牛耳る貴族という存在は大抵が獣人嫌いだ。理由は知らないけどね。
「……あぁ、構わない」
灰色の獣人は少しだけ端によると、開いた目をまた瞑った。
「エトナ、メト、座って」
「はい! ……御者さん、乗りましたよっ!」
獣人の男はエトナの大声に僅かに目を開いたが、直ぐに閉じてしまった。
「おうおう、だったら早速行くぜ。あいよッ!」
御者が鞭で馬を叩くと、馬車はゆっくりと動き出した。
約一時間後、僕らは馬車に揺られながらも暇そうに外を眺めていた。周囲がゴツゴツした山に囲まれた何の面白みもない荒野だ。因みに、この馬車の中には一人だけしか僕以外のプレイヤーは乗っていなかった。
更に言えば、そのプレイヤーも外を眺めてボーッとしているだけで、エトナやメトのことはチラチラと見ても、僕の方は一瞥もしなかったので恐らく僕のことを知らない人だろう。何故だかホッとした心地がする。
「あ、ネクロさん。前方になんか居ますよ? 人ですかね?」
エトナに言われて前を見ると、前方の岩陰から次々と人が出てくるところだった。
「……おい、まさかアイツら」
誰かが言ったその言葉で、皆それぞれの武器を手に持ち、前方の集団を睨んだ。
「……間違いねぇ。間違いねぇぞ、ありゃ」
近づくにつれて姿が鮮明になっていく。そして、確かに確認できたそれは、ボロい布を纏い、それぞれ片手に武器を持ってニヤつきながら近付いてくる男たちの姿だった。
「────盗賊だ」
間違いなく、それは盗賊だった。気付いた時にはもう遅く、盗賊たちの先頭に立っている男が馬車の前に立ち、手に持ったカトラスのような剣を僕らに向けた。
「おい、テメエらッ!! 殺されたくなかったら全員武器を捨てて出てきやがれッ!」
先頭の男は、下卑た笑みを浮かべて言った。
「……どうする」
馬車の中に緊張が走る。御者の男が僕らに声をかけた。
「武器を捨てて出て行ったところでどうせ殺される。となれば、選択肢は逃げるか戦うかだ」
乗客の内の一人が言った。
「……逃亡するには近過ぎます。戦うしかないかと」
メトが無表情に言った。出来るだけ戦闘は避けたい乗客たちは、何か言い返そうと考えるが、何も思い浮かばないのか、沈黙が馬車の中を支配した。
その中で、一人の弱々しい男が立ち上がった。この馬車で僕を抜いてたった一人のプレイヤーだ。
「……あ、あの、だったら僕がなんとか、お、抑えま────」
遠慮がちに名乗り出たプレイヤーを、獣人の男は片手を伸ばして制した。
「────いい、俺がやる」
獣人の男は腰に挿した湾曲した剣を抜き、馬車を降りようとしたが、プレイヤーが慌てて裾を掴んで止めた。
「ま、待って下さい! 一人では危ないですって!」
「……俺は、腕っ節だけは自信がある」
だが、心配する言葉も男には届かない。
「……ねぇ、エトナ。どうする?」
僕は小声でエトナに尋ねた。
「んー、あの人強そうだから多分大丈夫だと思いますけど……まぁ、一応危なそうだったら助けられる準備はしておきましょう」
「……確かに、揉めてまで加勢する必要もないかな」
何となくだけど、さっきのやり取りから加勢しようとしても断られる気がしていた。なので、僕たちは取り敢えず見守ることを決めた。
あ、その前に……
「ねぇ、君。名前なんて言うの?」
馬車を降りようとしていた男はピタッと足を止めた。本当は
「……ガウルだ」
「へぇ、良い名前だね。……じゃあ、ガウル。勝てるようにおまじないをかけてあげるよ」
そう言って、僕は
「ッ! これは、強化魔法なのか? 効果が、異常だ。俺の体が、世界から離れたみたいに、変だ」
世界から離れたみたいに……確かに、
「おいッ、いい加減にしろッ! さっさと出てこねえと皆殺しにするぞッ!」
盗賊が、痺れを切らして遂に叫んだ。
「────残念だが、俺一人だ。他の奴らは俺を倒した後にでも好きにするがいい」
ガウルは、手に持った湾曲した剣を天に掲げた。すると、鈍い銀色の光が剣から放たれた。間違いなく、エンチャントだ。
「へッ、そうかよッ! だったら先ずはキザってぇテメエからぶっ殺してやる! 行くぞッ!」
先頭にいた盗賊はどうやらリーダー格らしく、カトラスを掲げて突撃し始めると、後ろの十五人程度はいるであろう盗賊たちも動き出した。
「オラァ! 数の力でぶっ殺せッ!」
「一人で出てきたのが運の尽きだったなァ!」
「テメエみてぇなスカし野郎は八つ裂きにしてやらねえと気が済まねえんだよッ!」
盗賊たちは、それぞれ雄叫びを上げてガウルに突っ込んだ。
「死ねやッ、獣人風情がッ!!」
リーダー格が、カトラスを振り上げた。
「────遅い」
だが、ガウルに武器を振り下ろそうとしたリーダー格の男は、カトラスを振り下ろす前に首が離れていた。ザックリと、一刀両断だ。
「いや、俺が速いのか? まぁ良い……次は誰だ?」
ガウルが鈍色に光る剣の先を盗賊たちに向けると、彼らはヒッと怯えたような悲鳴をあげた。
「お、おい、大将がやられたぞッ!」
「こ、こんなの勝てるわけねえだろッ!」
「知らねえッ、俺は知らねえッ、やってられっかよッ!」
「俺は逃げるぞッ! 俺は逃げるからなッ?!」
盗賊たちは、口々に何かを言いつつも皆散りじりに逃げ始めた。そして、ガウルもそれを追う気は無かったのか、剣についた血を払いながら踵を返し、馬車に帰ろうとした。
だが、ガウルが馬車に辿り着く前に、前方で悲鳴が上がった。
「た、助けてくれッ! ま、魔物がッ!! クソッ、何でこんなにいやがるんだッ?!」
「ダメだッ、前は獣人で後ろと左右は魔物だッ!逃げられねえッ!」
悲鳴の原因は、低い砂の山の向こう側から現れた魔物たちだった。それは、砂のような色をした狼の群れだった。
「……エトナ、メト、あの量は流石に助けに行かないとマズイんじゃない?」
そう言って、狼たちを退治するべく僕と二人が立ち上がった瞬間だった。
幾つもの光の斬撃が天空から荒野に降り注いでいるのを、僕は発見した。
「……ねぇ、あれ何かな?」
「光属性版の
エトナも、呆然と降り注ぐ光の刃を見ていた。
「……威力、凄いね」
しかし、その光の刃の性質は全く
「えぇ、あれは……凄いです」
降り注ぐ光の刃が地面に触れた瞬間、光の刃は更に強い光を放ち、周囲を巻き込んで大きく爆発した。しかも、それが二十以上の数降り注いでいるのだ。
僕たちは暫くの間、狼たちと盗賊たちとこの荒野がボロボロに破壊されいくのを眺めていた。と、その時だった。
「ね、ネクロさん。あ、あれ……上を、上を見てくださいっ!」
エトナに言われ、光の刃の降り注いだ天空を見た。すると、夕焼けに重なるように浮いている何かの影が、僕の視界に映った。
そして、それは大きく腕を開いてゆっくりと降下してくる。
「────我は天より遣わされし神の使者ッ!」
光の翼を生やして空に浮かぶ男。その手には光り輝く黄金の剣が握られている。
「────闇を統べ、光を司る。我が名はッ、ダーク・ジャスティスッ!」
その正体は、掲示板で僕よりも有名な厨二病のプレイヤーだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます