港町と指輪

 僕はウルカにこっそりと船の後ろからついてくるように命令し、船長や船員達と軽く話をした後、そのまま優雅に船旅を楽しんだ。と言っても、殆ど変わらない青一色の景色を眺めていただけなのだが。


「あ、ネクロさん。そろそろ着きますよ」


「うん。そうみたいだね」


 いつの間にか隣に座っていたエトナに言われて岸の方を見ると、遠くにチラリと見えていた岸がさっきよりも大きくなっている。


「おいお前らッ! そろそろ着くぞッ! 着港の準備をしろッ!」


 船長が船員に呼びかけると、数人の船員が慌ただしく動き始める。それを僕がボーッと眺めていると、前の席からクラペコとレンの二人が話しかけてきた。


「そういえば……ネクロさんは、何故サーディアに向かっているのですか? やはり、闘技大会への参加が目的でしょうか」


「うん、闘技大会に呼ばれちゃったからね。折角シード枠? で呼んでくれたみたいだから、断るのもちょっと申し訳ないし……それに、面白そうだからね」


 クラペコは少しだけ驚いたような顔をして、直ぐに戻した。レンの方は特に何の反応もない。


「シード枠ですか……冒険者としての活動も精力的にしている私たちは情報が伝わってもおかしくないですが、飽くまで一部のプレイヤーしか知られていない貴方がシード枠に推薦されるということは……ガネウス闘技会にはそこそこ発言力のあるプレイヤーがいるかもしれないですね」


 クラペコは考え込むように俯いた。


「おっしゃ、お前らッ! 着港するぞッ!」


 と、そこで丁度僕らの船は港に着いた。





 船を降り、クラペコ達とも別れた僕たちは、港辺りに戻ってこっそりとウルカのスキルを振った後、港町のウオバンを適当に散策していた。

 この辺りは至る所に屋台や茣蓙ござが敷かれた店があり、様々な商品や食べ物に飲み物が売られていた。だが、共通することとして高すぎるものはあまり売られていないようだ。


「あ、ネクロさんネクロさん! あそこでなんか変なもの売ってますよ?」


 変なものって何だろう。エトナの指が示す先を見ると、そこには『たこ焼き』と書かれた看板の貼られた屋台があった。その店主を解析スキャンすると、あっさりとプレイヤーであることが分かった。

 なるほど、地球の……というか日本特有の食べ物であるたこ焼きをエトナが知らないということは、それを売っているのはプレイヤーしかいない、ってことにはなるね。


「うん。僕は食べたことあるけど、結構美味しいよ?」


「本当ですか? だったら早速食べましょう!」


 エトナは我先にとたこ焼きを売っている屋台に近づいた。


「へいらっしゃい! お嬢さん達、どれがいいかい?」


「んー、食べたことないのであんまり分かんないですけど……じゃあ、おススメで! ネクロさんはどうしますか?」


 エトナは三つ四つ程度しかないメニューを見て悩んだ末、結局店主に任せることにした。


「僕は普通のでいいよ」


「……では、私も普通ので構いません」


 最近ではメトも文句を言わずに注文するようになった。何を言ったところで結局食べさせられるので諦めたのだろう。

 だけど、僕はメトがご飯を食べるときにちょっと頬を緩ませているのを見逃していない。多分、心の奥底では食べたいと思ってるはずだ。


「へいへい、じゃあ……プレーン三つ、お待ちでぃ!」


 威勢良く三つの木で出来た容器とそれに八つずつ乗せられたたこ焼きを店主は手渡した。


「お代は?」


「300サクのところを200サクにまけといてやるよ。可愛いお嬢さん達も居るからな。へへッ!」


 店主は満面の笑みを浮かべながら、僕の手渡した代金を受け取った。


「じゃ、また来てくれよなッ!」


「うん。たこ焼きは好きだからね。また来るよ」


 僕はヒラヒラと手を振り、たこ焼きの屋台を後にした。


「あふッ?! はふ、はふぃ! はふひッ!」


 碌に冷ましもせずに口の中にたこ焼きを放り込んだエトナは、その熱さに苦しむことになった。


「……あれ、メトってフーフーした?」


「ふーふー……? いいえ、普通に頂いていますが」


 メトは冷ましもせずに口の中に放り込んだようだが、その熱さで苦しんでいる様子はない。ある程度の熱には耐えられるようにできているのだろう。

 個人的には、はふはふ言ってるメトも見てみたかったので残念ではある。きっと、いつか言わせてみせよう。


「ごくッ……ね、ネクロさん、熱いですよッ、これッ! 食べたことあるんですよね? 何で知ってるのに言わなかったんですかッ! 私、怒ってますからね!」


 頰を膨らませ、僕を睨みつけるエトナ。精一杯の怒ってるアピールなのだろう。


「あはは、ごめんね。その代わり、ほら……次の店でなんか買ってあげるよ」


「むむっ! 本当ですか、ネクロさん! ……しょうがないですね。私は心が広いので許してあげます。その代わり、約束ですよ?」


 エトナは一瞬で機嫌を取り戻し、満面の笑みでたこ焼きをもう一つ口の中に放り込んだ。


「あ、あふッ!! あふひぃぃぃ!!!」


「……エトナって、アホだよね」


 素直な感想を述べた僕を、エトナはハフハフと激しく息を吐きながらも睨みつけた。





 数十分後、たこ焼きも完食し街をぶらついていた僕たちはある店に入っていた。


 そこは古ぼけた店で、沢山のガラクタが並んでいる。カウンターの向こうには怪しげな老婆が一人、座っていた。


「ほらほら、ネクロさん。見てくださいこれ、綺麗です!」


 エトナは大きな赤い宝石のようなものがついた金色の豪華なネックレスを指差した。そのネックレスは紫色の怪しげな光を発している。

 そして、そのネックレスの下にかけられた値札には有り得ないような値段が書かれていた。


「おっと、お嬢さん。それに目をつけるとはお目が高いねぇ……ちょっと値は張るけど、お嬢さんなら少し安くしてあげてもいいねぇ? そうだ、三十万でどうだい?」


 三十万サク。それだけの価値がこのネックレスにはあるのだろうか。正直、そんな高価な物を保護も無しに店に並べておくとは思えない。


「うーん、怪しい気がするけどなぁ」


 僕がそういうと、メトが深く頷いた。


「……エトナさん、金色の輪の部分は魔黄銅マブラスという空気中の魔力で紫色に光る有り触れた石で、赤い石は赤狼石という耐熱性が高いだけのただの丈夫な石です。いずれも、値札に書かれているほどの価値はありません」


「さ、流石メトさんです。石に詳しいんですね……」


 能力で様々な石を作り出せるメトは、その能力を戦闘に活かせるように様々な石や土の知識を良く知っているのだろう。


「な、何を言ってるんだい。全くのデタラメだねッ! アンタみたいな素人が適当なことを言うんじゃないよッ!」


 店主の老婆は怒りを露わにして怒鳴っているが、その額からは冷や汗がツーっと流れている。


「あ、そういえば……僕にはこれがあったんだった」


「は、これって何だい? 坊や、アンタもそこの生意気な嬢ちゃんに言ってやってくれッ!」


 解析スキャン


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魔黄銅マブラスのネックレス』


 魔力を受けることで紫色の光を放つ鉱石で作られたネックレス。飾りとして赤狼石が嵌められている。特に効果はなく、大した価値は無い。


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「……うん、ゴミだね」


 さっさとこうしておけば良かった。簡単にゴミとそれ以外を見分けられる。


「あ、アンタもかいッ!? 全く、これだから価値の分からんガキ共は……ケッ、帰った帰ったッ!」


「ふんッ、言われなくても帰りますよ! 全く、とんだ詐欺師お婆ちゃんですねッ!」


 詐欺師ババアくらい言ってやればいいのに。


「まぁ、取り敢えず帰ろ……いや、待って」


 僕は踵を返して帰ろうとしたが、何となく店の物を解析スキャンしてしまった。


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護念の指輪ガーディアン・リング』《伝説級Legendary


 魔鉛マレッドで出来た輪に蒼褪石ブルーフェードを嵌め込んだ指輪。強力な魔術と祈りによって強力な効果が付与されており、決して壊れることはない。


 [精神干渉無効、情報干渉無効、状態異常無効、不可壊]


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 それは、棚の端に置かれていた。色褪せた青い石が嵌め込まれた鉛色の指輪だ。埃を被っており、値段も高くない。


「……ねぇ、これ買っていい?」


「あぁ? そんなゴミを買いたきゃ勝手にすれば良いんじゃないかい?」


 老婆の投げやりな言葉に僕は穏やかな笑みを浮かべ、二千サクをカウンターに置き、指輪を手に取った。


「ありがとね。じゃ、行こうか」


「は、はい」


 不思議そうにしている二人を連れて僕は店を出た。


「じゃ、エトナ。これ、約束のプレゼントね」


「え、ゆ、指輪ですか?! ま、まぁ、よく見れば綺麗ではありますけど……」


 喜びながらも、少し納得のいっていない様子のエトナ。確かに、見た目は大して良くない。


「なんか勘違いしてるみたいだから言うけど、それは効果が強いから買ったんだよ?」


「へ、効果ですか? 確かに、言われてみれば魔術と……強い、思いが」


 エトナはハッとしたように指輪を見た。


「うん、そうなんだ。それは解析スキャンとかを弾いて、状態異常も効かなくて、精神攻撃も無効化して……ついでに壊れない」


「す、凄いですね……こんな指輪に、そんな力が……ネクロさん、ありがとうございますっ!」


「いやいや、別に良いよ。僕が持っててもしょうがないし」


 正直、最初はメトに渡そうかと思っていたのだが、さっきの約束を思い出してエトナに渡した。


「……マスター」


 寂しげにメトが呟いたのを、僕は見逃さなかった。


「あはは、大丈夫だよ。メト、次は君の分を買うからね」


「でしたら、構いませんが」


 メトはそっぽを向いて言った。頰は少し赤く染まっている。


「……じゃ、そろそろ行こうか」


 ウオバンでやれることはもう済んだ。ならば、次はサーディアに向かうのみだ。

 僕たちはサーディア行きの馬車乗り場を探すことにした。

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