vs PK

 空気が固まった。ドレッドの表情は氷のように固まり、動かない。


「……え、いや、だからね? 普通に嫌だよ?」


「いや、意味が伝わってねえわけじゃねえよッ!」


 ドレッドは何故か顔を真っ赤に染め上げ、僕を睨みつけている。


「あのなぁ、一応様式美として聞いてやったがそもそもお前さんに拒否権なんてねえんだよ。テメエは俺と戦って俺に殺される。最初からそう運命は決まってんだよ」


 ドレッドはさっきよりも少し落ち着きながらも、その目はきっちりと僕を睨みつけていた。熊に睨まれたらこのくらい怖いのかなって形相で僕を睨んでいた。


「まぁ良い。これで最後だ……俺と戦え、ビビリ野郎」


 ドレッドは拳を強く握り、戦闘態勢を完全に整えてから言った。


「あはは、嫌だね」


 僕は手をヒラヒラと振って言った。


「……舐めんじゃねえッ!」


 遂に痺れを切らしたドレッドが握りしめた拳を思い切り振りかぶった。酒場中から様々な感情の悲鳴が上がる。それは開戦を喜ぶ悲鳴であったり、新参者が叩きのめされる未来を喜ぶ悲鳴であったり、巻き添えを食らうのを恐れる悲鳴であったり……様々な悲鳴があったが、結果はどれも裏切られることになる。



「────少し、勘違いしていませんかねぇ?」



 ドレッドの拳が僕の顔を粉砕する直前、僕の影から黒い執事服の男が現れ、ドレッドの拳を簡単に受け止めた。


「な、何だテメエッ! どっから湧いて出やがったッ!」


「クフフフ……何処からといえば、影から。若しくは闇から。或いは……深淵から」


 奇妙な笑い声をあげる男に気圧されて一歩退くドレッド。


「ネルクス。言い忘れてたけど……僕を殺そうとする相手なら、遠慮せずに殺しちゃって良いよ。ただ……ここでやるのはマズいし、半殺しくらいで」


 流石に、酒場で殺しはマズイだろう。次元の旅人だからもしかしたら大丈夫かも知れないけど、迷惑になるのは事実だし。


「ネルクス……? 誰か知らねえが、俺の邪魔をするならお前も纏めてぶっとばッ?!」


 何か言おうとしたドレッドが、突然吹き飛び壁に叩きつけられた。


「ど、ドレッドッ!? クソッ、次は僕がッ?!」


 ドレッドが吹き飛ばされるのを見て近付いた赤い髪の男は、燃え盛るレイピアを持ってかなりの速度で近付いたが、一瞬で吹き飛ばされた。


「クソ……テメエ、一体どんな能力を使いやがったッ!」


 壁際で立ち上がったドレッドが叫んだ。


「能力? 能力ですか? クフフフ……そんなもの、使っていませんよ?」


「つ、使ってねえだと?! じゃあ、今のはテメエが普通にぶん殴っただけだって言うのかよッ!」


 喚き散らすドレッド。赤髪の男も信じられないというような表情で睨みつけている。


「……あの、ネクロさん。あれ、私も出来ますからねっ! 私なら指一本で出来ますからねっ!」


 エトナが小さな声で喚いている。まぁ、実際エトナのスピードなら出来るだろう。


「うん、凄いね。エトナは凄いよ」


「……雑ネクロさんです」


 だから何なんだよ、それ。


「ブレイズ……こうなったら、同時にかかるぞ」


「そうだね、ドレッド……もう、形振り構ってられないよ」


 エトナと話している間に、二人は完全に立ち上がり、お互いの得物を構えた。


「ブレイズ、行くぞッ!」

「ドレッド、行くよッ!」


 二人が同時に、別の方向から襲いかかる。ドレッドは大剣を思い切り振り下ろし、ブレイズは燃え盛るレイピアを突き出した。そして、その両方の攻撃がネルクスに命中した。


「クフフフ……どこを見ているのですか?」


 が、攻撃が命中したにも関わらず、ネルクスの声は二人の背後から聞こえた。


「なッ、今確かにお前を斬ったはずだッ!」


「そ、そうだッ、僕も今正に君を貫いたぞッ!」


 二人は背後に現れたネルクスに文句を言いながら、再度攻撃し、その攻撃はまたもや命中する。


「クフフフ……少し頭を使っては如何ですか? 敵が動かずに攻撃を受けると思いますか?」


 しかし、ネルクスの声はまた二人の後ろから聞こえた。


「クソッ、何でまた後ろに居やがんだテメエッ!」


 ドレッドは叫び、大剣を振り回す。


「ドレッドさん、でしたか? そんな攻撃では掠りすらしませんよ? そして、そろそろ教えてあげましょう……私の力の片鱗を」


 そう言ってネルクスは指をパチンと鳴らした。


「なッ、何も見えねえッ!」


「く、暗い……視界が、真っ暗だッ!」


 何か喚き散らしているドレッドとブレイズだが、この店の中では一切の異常が起きていない。


「クフフフ……気の所為ですよ。何故なら、全て幻なのですから」


 あぁ、そういえば言ってたね。幻を見せられるとか。


「ま、幻だとッ?! だ、だが、本当に視界は真っ暗で何も見えねえぞッ!」


「ぼ、僕もだッ! クソッ、どうすれば良いんだッ!」


 最早視界の確保は諦めたのか、滅茶苦茶に得物を振り回し始める二人。


「おやおや、店内で暴れてはいけませんよ? 他のお客様にご迷惑がかかりますからねぇ?」


 振り回された二人の武器が机や食器を壊す寸前、ネルクスが軽く手をあげると、二人の影から黒い触手が伸び、二人を一瞬で拘束した。


「ぐッ、ダメだ、動けねえッ!」


「あぁッ、瞬歩ステップ小跳躍ショートジャンプッ、ダメだッ、抜けられないよッ!」


 二人は自分の影から伸びた漆黒の触手に雁字搦めにされ、地面に固定されて動けなくなった。


「じゃあ、ネルクス。こいつら適当に外に出しといてよ」


「了解しました、我が主よ」


 ネルクスは頷き、二人に手を伸ばそうとしたところで動きを止めた。


「おっと、何もしてこないので忘れていましたが……貴方も、我が主に敵意を向けていましたよね? クフフフ」


 ネルクスの指先は、地面に体操座りして戦いを眺めていたドラドラだった。


「…………え、俺?」


「えぇ、貴方です。まるで積年の恨みを晴らす時のように大声で我が主の名前を叫んでいましたよねぇ? その声の中には、敵意や憎しみもありました」


 ネルクスは不気味に笑い、ドラドラに近付いた。


「い、いやいや、感謝もあったでしょ?! 取れ高感謝って気持ちもあったはずだからッ!」


 ドラドラは必死に手を振って言った。


「いえ、残念ながら負の感情しか読み取れないのですよ。まだまだ私は未熟ですからねぇ? クフフフ……」


「こ、怖すぎだろ、この執事服ッ! 大体お前、ネクロッ! こいつは何なんだよッ、こいつも魔物なのか?!」


 ドラドラはネルクスを指差して叫んだ。そういえば、今のネルクスには角が無いが、消せるらしい。

 ただ、一応言っておくと、闘技大会は検査があるのでネルクスは連れていけない。


「クフフフ、私はただの従者ですよ? 魔物だなんて、とんでもないですねぇ」


「さて、三人全員、店の裏に転がしておきましょうか……クフフフッ!」


「な、ちょッ、待てッ、やめろッ! え、いやこれどうなって────」


 ネルクスはドラドラの首元を掴み、自分の足元まで持ってくると……なんと、自分の影の中にドラドラを押し込んだ。

 続いて、ドレッドとブレイズも影の中に収容し、店の外へと出て行った。


「……じゃ、注文しようか。みんな」


 僕がパンッと手を叩いて言うと、二人は一瞬だけ固まった。


「い、いや、この空気で注文するの無理ですよっ!」


「マスター、残念ながらマスターは時々空気が読めていません」


 そんなことないと思うんだけどなぁ……。僕はみんなのあんまりな反応にため息を吐いた。




 数分後、少し荒れた店内を元通りにした僕たちはテーブル席に座り、再度注文し直すことにした。


「えっと、黒兎の煮込みシチューと……パンでいいかな」


「私はこのドリアで! あ、それとエールも!」


 僕とエトナが注文し、視線がメトへと向かう。


「私は、別に……煙亀スモークタートルの煮込みをお願いします」


 最初は断ろうとしたメトだったが、僕らの視線に耐えかねて注文した。


「はい。えっと、お二人はお飲み物の方は……?」


 あ、そっか。水がサービスで出て来たりとかしないんだったね。でも、僕はまだ未成年だからなぁ……ゲーム内とはいえ、お酒はやめとこうかな。


「……エールをお願いします」


「んー、僕はミルクで」


 それを聞いて従業員の女の子は困ったような顔をした。


「え、えっと、あの……ミルク、とかは無いです。ここにはお酒しか無いので……」


 お酒しかない、かぁ。


「んー、水も無い?」


「え、いや、水なら有りますけど……売り物じゃないです」


 女の子は困り顔で言った。


「だったら……この林檎酒シードルってやつで」


「は、はいっ! じゃあ、注文の確認をしますね……」


 そう言って女の子は料理と酒の名前を確認していく。


「そ、それではごゆっくりどうぞっ!」


 女の子は注文を書き込んだ紙を胸に抱えると、逃げるように去って行った。

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