酒場と乱闘と配信者と

 ♦︎……ドらどラ視点


「うーん、そうですね。コメントでも多く言われているので、一旦酒場に行ってみましょうか」


 俺はDry Rad Lion、略してドらどラ。自分で言うのも何だが、登録者87万人の大手ストリーマーだ。今日はもう充分魔物も狩ったので街に戻り、ギルドで魔物の素材の清算を済ませると、やることも無くなったので酒場に行くことにした。


「んー、あはは! そうですね。ネクロさんは一目見てみたいですね。まぁ、会ったら戦闘になりそうな気もしますけどね。ただ、ネクロさんってあんまり街にも居ないから会えなそうですけどね」


 ネクロ、それは何度も何度も間接的に俺を殺してきた極悪魔物使いだ。ただ、ネクロの従魔に殺される度に再生数と登録者数がグンと伸びるので正直なところあまり憎めない。


「……さて、着きましたね。ここが『風の居所』という酒場です。多分、セカンディアでは一番有名な酒場だと思います。では、早速入りましょうか」


 俺は店に入り、適当な席に座った。店内は予想通り騒々しく、荒くれ者どもが飲んでくれて喚く声で溢れている。


「いやぁ、予想通りというかなんというか、結構うるさいですね……あはは」


 俺が乾いた笑いを漏らした時、カウンターの方から店の従業員と思しきオレンジ髪の女の子が歩いてきた。かなり容姿が良い。看板娘とかいうやつなのだろうか。


「いらっしゃいませ! ご注文お伺いします!」


 女の子が元気一杯に注文を伺ってきたので、俺はメニューを眺めて出来るだけ早く注文するものを決めた。ある程度腹に溜まるもので、酒でも頼めばそれでいいだろう。


「あー、じゃあ……コレと、コレと……後はエールで」


 蜂蜜酒ミードとか林檎酒シードルとかもあったが、甘い酒の気分では無かったのでエールにしておいた。あまりネットの評判は良く無いが、ビールを飲みたかったのでコレを注文した。


「ご注文は黒兎の煮込みシチューと、白パン、エールでよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


 女の子は注文を紙に書くと、頭を下げて慌ただしい様子で去っていった。確かに、これだけの客がいれば大変だろう。


「……ふぅ、なんか配信中にこうやって落ち着けるのは久しぶりですね。シチューとパンはネットの評判も良いので大人しく待っておきましょう」


 そう言いながらも、俺はこの酒場の雰囲気に飲まれてソワソワとしていた。周りの会話を聞く限り、プレイヤーも結構多そうだ。

 うーん、にしても暇だな。話すことも特に思い付かないしなぁ。


「あ、そうだ。闘技大会の話でも────」


 闘技大会の話でもしましょうか。と、言おうとしたところで酒場のウェスタンドアが勢い良く開かれた。



「────おぉ、いたいた。お前、ドラドラだよな?」



 酒場に入ってきたのは、荒くれ者のような見た目をした男だった。整えられていない茶色い髪に、ボロボロの服、そして無骨な大剣。何をどう見ても粗暴な印象しか受けない。


 そして、その男の後ろにはもう一人誰かが居た。


解析スキャンしたけど間違いないねぇ。あいつがドラドラだよ」


 それは、赤い髪の美青年だった。男は整った服装をしており、武器も華美とまではいかないがそれなりに装飾の施されたレイピアを腰に挿していた。


「……確かに、俺がドらどラですけど。どうかしましたか?」


 今は配信中だ。こういう時は余裕を持って、クールに対応することだ。そうすればいざという時も炎上はしないし、何より視聴者からカッコ良く見られる。


「はッ、透かしてんじゃねえよ。いいか? 要件は一つだ。俺と戦え。つっても、テメエは前菜オードブルに過ぎねえけどなァ」


「うん。もし勝てたら次は僕だよ?」


 ……何だろう。この二人組、凄いかませ臭がする。


「……良いよ。だったら表に出ましょうか」


「いやいや、何言ってんだ。テメエ、ここに来たことねえのか? あそこ、見てみろ」


 そう言って粗暴な男が指差した先はこの店の端っこ辺りだった。そこには、不自然に何も無いスペースがあった。


「……まさか」


 そこで、俺は一つの可能性に思い至った。


「そうだ。ここは酒場だぜ? 酔っ払いどもの諍いだってある訳だ。でも、店の中でただ暴れられちゃあ困るし、店から追い出すとなると面倒になる客もいる」


「だったら、いっそ見せ物として争わせて仕舞えば良いよねぇ?」


 やっぱりか。あの店の端に作られたやけに何も無いスペースは酔っ払い同士の決闘のための場所なんだ。


「まぁ、話題にもなるしな。喧嘩はこの店の名物みたいなもんだ。俺も偶に適当なやつに喧嘩売ったりするんだぜ?」


 知らねえよ。と言いたくなったが声に出すのはやめた。


「……それで貴方達の気が収まるなら、俺はそれで構いませんよ」


「はッ、透かしてんなぁ? 配信者ってのはみんなそうなのかよ?」


 その質問に俺は答えず、黙ってこのチンケな決闘場に立った。すると、酒場の酔っ払いどもが騒ぎ始めた。


「おい、あの小綺麗な兄ちゃんが決闘するらしいぞ!」

「は? 相手は誰だ? 酔っ払いか!?」

「い、いや違うぞ。ドレッドだ! ドレッドの奴と戦うぞ!」

「おいおいマジか! あんなヒョロイのがドレッドと戦えんのか?」

「おいそこの兄ちゃん! 俺が変わってやろうかぁ? ヒャハハッ!」


 酒場の喧騒は段々と強くなり、野次や賭けのコインが飛び交い始めた。


「はッ、大盛り上がりじゃねえかよ。良かったなぁ、こういうのが好きなんだろ? 配信者ってのはよぉ?」


「さぁね。御託はいいから……かかってきなよ」


 俺は片手を剣に当て、指先を曲げてドレッドと呼ばれた男を挑発した。






 ♦︎……ネクロ視点




 完全に崩壊したダンジョンを出た僕たちは、ネルクスに影の中に潜み僕を守るように命令し、セカンディアを歩いていた。

 ダンジョンを出てから気づいたが、『称号:昏き砂丘のカタコンベの踏破者』と『称号:昏き砂丘の解放者』を獲得していた。

 前者は単純にダンジョンクリア時の称号で、後者はダンジョンを完全にクリアした者に与えられる称号だ。効果はSP,AP+150と、SP,AP+300だった。

 つまり、合計で450ポイントもゲットしたということになる。使い道は色々とあるだろうけど、今は一旦落ち着きたいので放置することにした。


「はぁ……なんか漸く落ち着いたって感じですね」


「そうだね。まぁ、もう少ししたら闘技大会があるんだけどね」


 本当は、他のエリアの探索に行ったりしたいが、エトナとはあのダンジョンを攻略したら少しの間三人で休むと約束してしまった。


「にしても、お腹空きましたねー!」


「うん。僕はお腹が空くことは無いけど、何か食べようかな?」


 僕はそう言いながら辺りを見渡した。


「あの店はどうでしょうか?」


 そう言ってメトが指差したのは『風の居所』という酒場だった。中からは騒がしい声が聞こえてくるが、ネットでの評判は良く、飯が美味いらしい。


「うん。良いんじゃないかな? 行ってみよう」


「お、ネクロさんも乗り気ですね? 行きましょー!」


 まぁ、美味しいご飯が食べられるなら乗り気にもなるよね。財布の中身もまだ余裕はあるし、行ってみよう。


「最近はあんまりお腹いっぱいになるまで食べてませんでしたからね! 今日は一杯食べますよ? お邪魔します!」


 そう言って勝手に入っていったエトナを追い、僕たちも店内に入る。


「……喧嘩?」


 喧騒が轟く店内の端っこでは、黒い髪の男と茶色い髪の男が戦っていた。勝負は茶髪のボロボロの服を着た男が優勢で、黒髪の男は苦しそうな声を上げながらも何とか耐えていた。


「オラッ、テメエは確かに一般人よりは強えがよォ! 対人経験が足りねえなァ! ん、対人経験を積むにはどうすればいいかって? はッ、PKすりゃあ良いんだよッ!!」


「ぐッ、お前みたいな奴に負けるわけには……ッ!」


 あ、そういえば黒い髪の方は知ってる。ドラドラっていう有名配信者だったかな。僕の可愛い従魔達の餌に何度もなってくれてるらしいから流石に耳に入ったよね。


「何言ってんだテメエはッ! 俺みてえな奴だろうが、聖人サマだろうが、仏様だろうがッ、負ける時には負けるッ! それがッ、殺し合いなんだよッ!」


 ドラドラの剣は茶髪には当たらず、当たっても剣で受けられているだけだ。対する茶髪の攻撃は大剣は当たらないが、至近距離での戦闘に織り交ぜられる拳や蹴りがチクチクと刺さっている。


「……クソッ、風烈刃ハリケーンカッターッ!」


「おいおいッ、幾らこの店の壁が硬えからってその魔法は危ねえぜ? 今のは俺が防いでやらなかったら壁に傷が付いてたところだ。そうなったら弁償だからな? ハハハッ!」


 ドラドラから放たれた暴風の刃も茶髪の無骨な大剣に防がれてしまった。


「おい、良いか? 坊ちゃん。魔法ってのはこうやって使うんだぜ?」


 ドラドラの影から闇に染まった腕が伸び、ドラドラを後ろに思いっ切り引っ張り、倒れかけたところに茶髪が斬りかかった。闇腕ダークアームか。


「ぐッ?! クソッ、足が斬られた……だが、ドレッド。俺は勝つ。絶対に勝つからなッ!」


「ハハハッ、やれるもんならやってみやがれッ!!」


 剣と大剣、魔法と拳、近距離から中距離、目まぐるしく状況が変わっていく狭い場での戦いはまだ続くようだった。


「……二人とも、座ろっか」


「あ、はい。でも、あの人たち凄く激しく戦ってますけど大丈夫ですかね?」


 エトナは席に座りながらも心配そうに言った。


「いや、大丈夫だよ。一応見てみたけど、どっちも次元の旅人だったからね」


 死んでも甦るからこそ、殺しても平気くらいの感覚で戦っているのだろう。


「では、マスター。先ずはメニューをご覧下さい」


「うん。良いけどメト、なんか店員みたいだね?」


 すると、僕が店員という言葉を出したからか、カウンターの方からオレンジ髪の女の子がトコトコと歩いてきた。


「いらっしゃいませ! ご注文お伺いします!」


 ニッコリと見事な営業スマイルを浮かべた女の子が、紙と鉛筆を持って立っている。


「うーん、そうだね……僕はこの黒兎の────ッ」


 注文を伝えようとした瞬間、僕のテーブルの上に黒い髪の男が飛んできた。店の端を見ると、腕を掲げている茶髪の男の姿があった。


「残念、負けたんだね。でも、邪魔だからどいてくれる?」


「……ぁ、ぁあ、すみません。直ぐに退きま……す……え?」


 僕のテーブルにぶっ飛ばされてきたドラドラは、僕たちを見ると固まってしまい、ピタリとも動かなくなった。


「そこの子がエトナで、そこの子がギルドで暴れてたメトって女の子で……っていうことは、もしかして……」


 ドラドラはいそいそとテーブルから降りると、信じられないものを見るような目で言った。


「お前がッ、お前がネクロかぁあああああああああッ?!」


 店内の喧騒を塗り潰すような大声で叫んだドラドラ。当然、店内の客全員にその名前が伝わる訳で……、


「お、おい。ネクロってあのネン平原のオーガの……」

「アボン荒野の土竜を倒したのもネクロだって噂聞いたけど、本当なのか?」

「なぁ、紅の森の巨人をテイムしてたっていう奴だよな? マジにプレイヤーなのかよ」


 そこそこ掲示板では有名人の僕を知ってる人はやっぱり結構居るらしい。



「────おい、お前。ネクロって言ったかよ」



 店の端からやってきた茶髪が言った。


「そうだけど、君は?」


「あ? 俺はドレッドだよ。趣味はPK、得意なことは人殺しだ」


 あー、PKなんだ。生で見るのは初めてかも。


「単刀直入に言わせて貰うぜ? ……俺と戦え、ネクロ」


 ドレッドはニヤリと口角を上げて言った。



「……え、普通に嫌だけど」



 だけど、残念。今の僕はオフなんだ。

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