悪魔と使役

 ストラの消滅を見届けた僕たちは、下へと続く階段を降りた。


「……もしかしなくても、これだよね?」


「絶対そうです。禍々しいオーラが凄いです」


 階段を降りた先にはそこまで大きくはない部屋があり、その部屋自体が祭壇のようなものになっている。更に、祭壇の中心には真ん中が黒と赤で濁った紫色の玉があった。


「ね。どう見ても邪悪っていうか────ッ!」


 瞬間、部屋の中に邪悪で禍々しい風が吹き荒れた。



「────邪悪とは失礼ですねぇ? 良い悪魔だって居るかもしれませんよ?」



 吹き荒れる風の中心には、高級そうな黒い服を着た黒髪赤眼の男が悠然と立っていた。しかし、その男の頭には二本の角が生えている。……悪魔だ。グランジェスが言っていた通りの悪魔がそこに立っていた。


「い、良い悪魔なんて見たことありませんッ、それに登場の仕方が邪悪そのものじゃないですか!」


「まぁまぁ、落ち着いてよエトナ……最初に聞きたいんだけど、君の名前は?」


 僕は飽くまでも冷静に、余裕を持ってその悪魔に問いかけた。


「……良いでしょう。私はネルクス、公爵級の悪魔です」


「こ、公爵級ッ?! や、やばいじゃないですかっ!」


 エトナが焦ったようにそう言う。メトも心なしか落ち着かない様子だ。しかし、それも当然かも知れない。悪魔のランク付けとして貴族と同じ爵位が用いられる。その中でも公爵は上から三番目で、上の二つはその名が歴史に残るレベルなので普通の悪魔としては最強格の強さということになる。


「いえいえ……エトナさん、と言いましたね? 貴方程の化け物ではありませんよ。まぁ、自分では気付いていないようですがねぇ?」


「え、私ですか?」


 エトナが化け物? 魔物だってことに気付いてる? いや、だとすれば自分では気付いていないって言葉の意味が分からない。


「えぇ、そうです。とはいえ、気付かない方が幸せかも知れませんがねぇ」


 気付かない方が幸せ……? あまり深掘りはしない方がいいだろう。


「あぁ、それと……私相手に警戒する必要は無いですよ。私のこの体は飽くまで幻に過ぎませんので、貴方方に触れることすら出来ません。さらに言えば、この祭壇の外に出ることも出来ませんからねぇ?」


「取り敢えず、僕は君と契約を結びに来たんだ。僕に従えば、君をこの封印から解放してあげるよ」


 僕の言葉に、ネルクスという悪魔は口元を三日月のような形に歪めた。


「クフフフ……悪魔と契約するという意味を理解しておられないのですか? しかも、公爵級であるこの私と契約するという意味を」


「いや、分かってるよ。破ったら魂を持っていかれるとかだよね? でも、大丈夫。君とする契約は悪魔の契約じゃない」


 ネルクスは不思議そうに首を傾げ、僕たち三人を見てから一つ頷いた。


「なるほど、貴方は……魔物使いモンスターテイマーですか」


「正解。僕は魔物使いモンスターテイマーだ。だから、主従を結ぶだけの契約なら君の力を使わなくても出来る」


 悪魔の契約の力というのは絶対的な強制力は無いが、破った際に魂を持っていかれるという恐ろしい代物だ。そして、得てして悪魔というのはあらゆる手段でその契約を破らせ、最後には必ず魂を奪うのだ。

 まぁ、当然僕はそんな契約を結ぶのは真っ平御免なので僕の力で契約させてもらう。


「……ここから出られるのならば良いでしょう。ですが、契約内容は平等に決めさせて貰いますよ?」


「勿論。僕だって従魔を奴隷みたいに扱う気は無いからね」


 さて、悪魔との交渉は苦労しそうだ。




 数十分後、協議の末に契約内容が決まった。


「では、確認しましょう……貴方は私の封印を解き、私は貴方の従魔となるが、死を強制するような命令は無視することができ、命令されていない間は自由に活動できる。そして、私が貴方の従魔である間は無許可で人と貴方の従魔を害することは禁じられる」


「うん、そうだね。合ってるけど……本当にこれだけで良いの?」


 僕の言葉にネルクスは笑った。


「クフフフ……勿論、構いませんよ?」


 何か裏がある気がする。が、特に契約の穴も思いつかなかったのでその条件で受け入れることにした。


「じゃあ、いくよ?」


「えぇ、いつでも構いません」


 そう言ってネルクスは僕の前に跪いた。


「『我は汝が魂を認め、汝は我が魂を認める』」


 跪いたネルクスの頭を触り、魔力を注いでいく。


「『汝は我が従僕となり、その魂を我に捧げよ』」


 今度は、ネルクスから僕に魔力が伝わってくる。


「『故に契約せよ。我を守る盾となり、敵を貫く矛となることを』」


 ネルクスの存在が近付き、その魂の邪悪な匂いがするのを感じた。


「『主従の契約サーヴァント・コントラクト』」


 瞬間、お互いの魔力が急速に互いに流れ始め、ネルクスの手の甲に青い紋章が刻まれていき……契約は完了した。


「はぁ、やっぱり結構疲れるね、これ。魔力も食うし……」


「これはこれは、お疲れのようですね。我が主マイロードよ」


 ネルクスが愉快そうな表情で話しかけてきた。


「うん。君は余裕そうで何よりだよ……はぁ」


「勿論ですよ。私は公爵級の悪魔ですからねぇ?」


 確かに、そのランクの悪魔ともなれば魔力量も桁違いなんだろうね。


「さて、こんなに簡単に契約してくれるとは思いませんでしたが……貴方が死ねば、当然契約は解除されますよ?」


 ん? いや、そんなことは無いはずだ。僕らは死んでも復活するし、その際に契約が消滅することは無い。これは何回も調べたから間違いないはずだよ。


「まぁ、私や彼女らが守っている限り中々死ぬことは無いでしょうが……人には寿命というものがありますからねぇ? ここで何千年と封印されておくよりは人間の短い生に付き合ってやる方がマシですからねぇ」


 あぁ、なるほど。そういうことか。そういう風に勘違いしてた訳ね。僕が何かの要因で死んだ後に自由に暴れられればそれで良いやってことね。


「一応言っとくけど、僕は次元の旅人だよ?」


「ふむ。珍しいですねぇ……それが何か?」


 あ、そうか。昔から次元の旅人自体は居た設定だったね。死んでも甦るのは今の次元の旅人だけで、この悪魔は僕らが来るずっと前に封印されてるから、僕らプレイヤーのことを知らないんだ。


「今、この世界には沢山の次元の旅人が居るんだけど……死んだら、漏れなく復活するよ? 復活すれば、例え死んでも契約は切られない」


「……しかし、寿命で死んだ時には結局解放されるのでしょう?」


「いや、そもそも寿命で死ぬことはないかな。僕たちが老いることは無いから」


 僕の言葉を聞いて、ネルクスの動きが止まった。


「……………………ク、クフ、クフフフッ! 面白いッ、悪魔であるこの私が人間風情に騙されるとは……良いでしょう。貴方の魂が朽ち果てるその時まで、付き合ってあげましょう」


 ……いや、うん。騙したっていうか勝手に騙されたっていうか……言われてみれば、目の前にいる相手が死んでも無限に復活するなんて発想、普通は浮かばないか。まぁ、僕に害が無ければ何でも良いんだけど。


「まぁ、うん。気が向いたら契約を解除するかもしれないから。うん、多分大丈夫だよ」


「ク、クフ、クフフフ……漸く封印の中から出られたと思えば次は従魔ですか……クフ、クフフフ……私、これでも公爵級なんですがねぇ?」


 うん、あんまりな扱いだとは思うけどしょうがないよね。悪魔だし。


「まぁ、取り敢えずステータスを見させて貰おうかな」


 僕はネルクスに解析スキャンを使用……出来ない? 何だこれ、どういうこと?


「あぁ、見えませんか? そうでしょうねぇ。私が敢えて見えないようにしているんですから」


「んー、見えるようにして貰える?」


僕がそう尋ねるが、悪魔は微笑みながら首を振った。


「命令ならば受け入れざるを得ませんが……お勧めはしませんねぇ。何故なら、私のある能力によって私の真のステータスを見た者は発狂してしまいますからねぇ」


 うわ、何それ。なんか呪いの本みたいだね……いや、でもネルクスの言葉が本当って保証は無いね。


「ふーん……それって、本当のこと言ってる?


 主として命令を行使し、ネルクスに真実を答えさせる。


「クフフ、命令ですか……えぇ、本当ですとも。嘘偽りなく、私を狂いますよ」


「あはは、疑ってごめんね。分かったよ」


まぁ、だったらステータスは放っておくしかないね。あ、そうだ。


「そういえばエトナ、悪魔って大会で出しても良いのかな?」


「い、いや、流石にダメだと思いますよ? そんなことしたら教会が黙ってないと思いますし」


 あー、そういえばそんな組織あったな。ティグヌス教はこの世界で最も広まっている宗教だ。信仰者が多いだけに力も大きく、政治的な影響力は凄まじい……らしい。それで、ティグヌス教は悪魔を毛嫌いしてるらしいから、闘技大会で出したら流石にやばいということだ。


「あ、そうだ。ネルクス。君って何が出来るの? 色々出来そうな感じはするけど」


「ク、クフ……得意なのは闇魔術と……あとは、影に潜れたりしますねぇ……クフ……」


 闇魔術と影に潜れたり……?


「あ、あれ? 私と被ってません?! ねぇッ! 影とか闇に潜れるってッ!」


 うん、だよねぇ。


「いえいえ、私が潜れるのは影だけですからねぇ。闇に潜るなんてことは出来ませんし……他には、幻を見せるだとか、精神を掌握するだとか、ですかねぇ? 一応、他にも色々魔術は使えますが。まぁ、言ってもキリがありませんねぇ」


「へぇー、本当に悪魔みたいだね」


「ク、クフフ……えぇ、正真正銘悪魔ですからねぇ!」


 ネルクスは初めて声を荒げた。何となく馬鹿にしてみたが、普通に強いよね。


「うん。結構強そうだね……じゃあ、早速影に潜ってくれる?」


「それは構いませんが……」


 何故? と言いたげにネルクスは僕を見ている。


「いやぁ、その角とか見られたらさ、一瞬で悪魔だって分かるじゃん?」


「いえ、これは隠そうと思えば隠せますが?」


「うーん。でも、教会の凄い人とかに見つかったら角を隠してても一目でバレそうだけどね」


「…………でしたら、影に潜らせていただきましょう」


 諦めたように言ったネルクスに、僕は笑顔で頷いた。ネルクスは僕の足元まで近付いてくる。


「あ、待って。ネルクス」


「はい、何でしょうか」


 ネルクスは立ち止まり、首を傾げた。


「いや、そういえばまだ封印解いてなかったよね。あはは、忘れてたよ」


「……えぇ、そうですか」


 ネルクスは冷たい目で僕を見た。


「えーっと、封印の解除は……このオーブに魔力を込めれば良いんだよね?」


 僕は祭壇中央にある紫色の玉を指差した。


「えぇ、そうすればオーブは壊れます」


 早速僕は祭壇のオーブに手を当て、魔力を込め始めた。


「おっけー、じゃあ早速行くよ?」


「お願いします、我が主」


 言葉に従い、僕は更に魔力を込めた。すると、直ぐにオーブにヒビが入り始め、数秒でオーブは弾け飛んだ。


「…………え、これで封印解けたの?」


「えぇ、解けましたよ。我が主」


 やけにあっさりだけど、封印は解けたらしい。と、その時。何か変な音がダンジョンから鳴り始めた。


「な、何ですか? なんか変な音が……あ、もしかしてっ!」


 エトナは思い付いた、と言わんばかりに手を叩いた。


「マスター、恐らくですがこのダンジョンはもう直ぐ崩壊します。グランジェスという者の言葉が正しければ、悪魔の封印が解けたこのダンジョンはもう存在意義を無くしたので、ダンジョンモンスターとともに消滅するのではないでしょうか」


「な、何で全部言っちゃうんですか!?」


 自分が言いたかったのか、メトを恨みがましく見ているエトナ。


「……我が主よ、崩壊するなら早く逃げた方が良いのでは?」


「あぁ、うん……そうだね。良し、脱出しようか」


 僕たちは部屋の前に戻り、青い光を放つ地面の魔法陣の上に乗った。暫く乗っていると、魔法陣は光を増していき……崩壊するダンジョンの中から、僕たちは脱出した。

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